参:急な来客
ヴィオラが北東の国境から戻って数日後、魔物が群れで押し寄せてきた。
アインハルトに扮して討伐に出たヴィオラが、いつも通りに一掃して屋敷に戻ると、豪華な馬車が停まっていた。
馬車に刻まれていた紋章を見て、ヴィオラはぎょっとした。
帝国の皇帝の紋章とよく似たそれは、ビスチェン公爵家の紋章だ。
戸惑っていると、執事のカステンが大慌てで走ってきた。
「おかえりなさいませ! 大変でございます! ダリウス・ビスチェン様がいらして……!」
ダリウスとは、ヴィオラに縁談の申し込みをしてきた人物だ。
縁談自体は、まずは見合いという形で、会って話したいと娘が言っている、という内容でロクスが返事をした。
伝書魔法ですぐに送ったが、その返事はヴィオラが壁の外へ討伐に出た時点ではまだきていなかった。
帝都から北の国境まで、普通の馬車では十日ほどかかる。
逆算すると、縁談の申し込みの手紙を出すと同時にここへ向けて出発していることになる。こちらからの返答も待たずに。
「大至急、ご準備をして応接間にいらしてください。正面玄関は鉢合わせる可能性がございますので、裏口から……」
カステンに促されるまま、ヴィオラは裏口から屋敷に入り、浴室へ向かった。
湯浴みを終えて身支度を整え、応接室に入ると、そこには父ロクスと、その向かいに一人の青年が座っていた。
金髪碧眼の、麗しい細身の青年だ。
「ああ、来たか……ダリウス様、我が娘のヴィオラでございます。ヴィオラ、こちらはダリウス・ビスチェン様だ」
父の紹介に、ヴィオラは一礼する。
「ヴィオラ・シシェルと申します」
と、ダリウスと呼ばれた青年がすっと立ち上がった。
「ダリウス・ビスチェンです。この度は急な訪問、誠に申し訳ありません」
ヴィオラに対して丁寧にお辞儀をすると、ダリウスはにこやかに続けた。
「帝国軍による国境の定期視察の時期がまもなくでしょう? 縁談の申し込みをするに当たり、北の国境の状況を直に拝見したいと思い、私が自ら参ったという次第です」
「そうでしたか」
そう頷きつつダリウスの碧の瞳を見た瞬間、ヴィオラは得体の知れない畏怖のようなものを覚えた。
目の奥が笑っていない。
本心が全く読めないのだ。
「……慌ただしい地ではございますが、どうぞ心置きなくご覧いただけますと幸いですわ」
ヴィオラはなんとかそれだけ言って父を一瞥し、彼が頷いたのを確認して退出する。
ダリウスの意図はわかった。
もしもシシェル家に婿入りすることになれば、当然彼もここに住むことになるので、その地の視察と、ついでにヴィオラの顔を見ておこうと思った、といったところだろう。
実際、帝国軍による国境の視察は定期的に行われていて、この北の国境もそろそろその時期であるのは事実だ。
いずれにせよ、彼が訪問理由にヴィオラとの面会を挙げなかったので、彼女がこの場に同席する義理はない。
応接室を出たヴィオラは、縁談相手との初対面に、正直複雑な心境でいた。
公爵家からの縁談は、相手から断ってくれるように仕向けるつもりでいた。
お見合いの席でがさつさでもアピールすればいいかと思っていたが、ダリウスの目を見て、それは無理かもしれないと察した。
魔物と対峙しても畏怖など感じたことがないのに、彼に対してはそれを感じ取った。
彼の魔力の気配は間違いなく人間のものだ。一般人と比べたら強いが、ヴィオラの方がやや上。
畏怖する理由が、わからない。
と、静かに嘆息したヴィオラの背後で、僅かな衣擦れの音がした。
「……疲れた顔をしてるね」
聞こえた声に、ヴィオラは振り返った。
廊下の角から姿を見せたのは、双子の弟である本物のアインハルトだった。
淡い銀髪に、透き通るような白い肌。
細い身体を支えるように壁へ軽く手を添えている。
「アイン……」
「ビスチェン公爵の三男が来たって聞いたけど……」
「ええ。今挨拶してきたところよ」
「大丈夫だった?」
アインハルトは穏やかに尋ねる。
ヴィオラは肩を竦めてみせた。
「大丈夫よ。相手は人間。何も心配いらないわ」
「……でも、その割に浮かない顔をしているね」
昔からそうだが、アインハルトは妙に鋭い。
病弱な分、人の心の機微に聡いのだ。
特に、双子であるヴィオラのこととなると殊更そうで、彼女がどんなに隠そうとしても、アインハルトはすぐにそれに気づいてしまうのである。
「……印象は、決して悪い人じゃなかったのよ……」
「うん?」
「でも、目の奥が笑っていないというか、微笑んでいるのに感情が読めなくて……私は本能的に”怖い”と思ったの」
「……そうか。ヴィオラが怖いと思うって、それは相当だね」
アインハルトはふむ、と頷き、それから応接間の方に視線を投じた。
「……まぁ、高位貴族って、笑いながら人を値踏みするものだからなぁ……」
「……値踏み、ね」
当然といえば当然だ。
ダリウスは、ヴィオラに縁談を申し込んできている。とんとん拍子にことが運べば、自分の伴侶となるのだから。
その相手がどんな人物なのか、探るのは当たり前だ。
と、次の瞬間、アインハルトはふっと表情を和らげた。
「……ヴィオラ」
「うん?」
「無理に嫌われようとしなくていいんだよ」
ヴィオラは目を瞬いた。
「え?」
「父上が、ヴィオラが変な真似をするんじゃないかって心配していたよ」
図星だった。
「がさつに振る舞って、向こうから断らせようとか考えてただろう?」
「……少しだけ」
「少しじゃないって顔してる」
アインハルトはまた笑う。
「まぁ、いずれにしてもヴィオラだけが全部背負わなくて大丈夫だよ。父上もちゃんと考えてるから」
「そうかしら……」
確かに、父はこの縁談に乗り気な訳ではない。
ただ相手の方が格上なので、初手で断れなかっただけだ。
シシェル家には、この地を守るという使命がある。
今でこそ最前線に出るのはヴィオラだが、数年前まではロクスがこの地を守っていた。
今は後衛として、壁に対して広範囲に結界を張っている。
「……シシェル家にとって跡取りは大事だけど、公爵家の三男が婿入りすることで、この地の防衛力が下がるようなことがあってはならないからね」
意味深長にそう言うアインハルトに、ヴィオラは首を傾げるしかできなかった。
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