壱:幼馴染
アインハルトに扮しているヴィオラを見てヴィオラの名を呼んだ青年に、ヴィオラとウィルフリードはぎょっとした。
一方で、ランドルフと呼ばれた青年は怪訝そうに首を傾げた。
「アインハルトが英雄になったっていうのは聞いていたけど、ヴィオラも騎士団に入ったのか?」
「……彼は?」
ヴィオラとアインハルトの名を呼び捨て、親し気な様子を見せる青年に、ウィルフリードがヴィオラを振り返った。
「あ、すみません。彼はランドルフ・パラストです」
「パラスト……伯爵家の息子か」
「はい、ランドルフ・パラストと申します。今はスワイゲンの神殿で修行しています」
スワイゲンは、北の国境から近い比較的大きな街だ。
神殿があり、多くの神官が修行のために集まっている。
「パラスト伯爵家の領地がシシェル領に隣接しているので、昔から親交があるんです」
つまりは幼馴染ということか。
親し気な様子に納得しつつ、ウィルフリードは少々険しい顔で頷いた。
「ウィルフリード・ストランドだ。帝国軍の大佐をしている」
「ストランド大佐! お目に掛れて光栄です」
彼は裏表のない笑顔で頷き一礼する。
「……で、何故、ヴィオラだと……?」
ウィルフリードが低く尋ねると、ランドルフは目を瞬いた。
「ええ? そりゃあ、一目見たらわかりますよ。ヴィオラはヴィオラ、アインハルトはアインハルトですから」
「……ランドルフ、私はアインハルトの影武者として騎士をしている。この格好をしている時は、アインハルトとして接してくれ」
「え、そうだったのか。それは悪かった……でも、その様子だと、ストランド大佐はご存知だったのですね」
「……ああ」
ウィルフリードは内心面白くないと思いながらも、ヴィオラの友人関係に口出しする気にはなれず、二人の様子を伺う。
「ところで、ランドルフがうちの領地に来るなんて、何かあったのか?」
ヴィオラが、アインハルトの口調のまま尋ねると、ランドルフはウィルフリードをちらりと一瞥してから、少し照れ臭そうに笑った。
「正式に神官になったから、一度報告のために実家に帰ってきたんだけど、折角だし、シシェル家の皆にも久しぶりに会いたいと思ってこちらに寄ったんだ」
「そうか。それはおめでとう」
「……ヴィオラ、君にも話があるんだ。一緒にシシェル卿の所に行ってもらえないだろうか?」
「私も? それは構わないが……」
目を瞬くヴィオラに、何かを察したウィルフリードが彼女の肩を掴んだ。
「パラスト殿、ヴィオラは俺の婚約者だ。いくら幼馴染だとしても、気安く名前を呼ぶのは遠慮いただきたい」
ぴしゃりと言い切った瞬間、ランドルフは目を瞠ってヴィオラを見た。
「え……ヴィオラ、本当に……?」
「あ、ああ……本当だ」
「そ、そうなんだ……それは、おめでとう。ごめん、知らなくて……」
修行中の神官は俗世間と隔離されるため、社交界のゴシップなど届かなくなるので知らなくても無理はない。
「……じゃあ、僕はシシェル卿に挨拶に行ってくるよ」
貼り付けたような笑みを浮かべて、ランドルフはシシェル邸に向かって足早に去って行ってしまった。
「……ランドルフ……?」
「……あの男、君に求婚するつもりだったんだろうな」
「えっ?」
ウィルフリードの言葉が予想外で、ヴィオラはばっと振り返った。
「そんなまさか……ランドルフはただの幼馴染ですよ?」
「いや、間違いないだろうな。君を見る目が語っていた。それに、見習いから正式に神官になれば、結婚することができる。このタイミングでシシェル領を訪れたのは、どう考えても君に求婚するつもりだったからだろう」
神官になれば結婚できるのは事実だ。
見習い中は修業が優先となるため結婚は認められないが、神官以上の地位の者には認められるのである。
「そんな、ランドルフが私になんて……」
信じられない、と呟くヴィオラの脳裏に、幼少期の思い出が駆け巡る。
領地が近く、親同士の親交もあったため、ランドルフとはよく遊んだ。二つ年上の彼は面倒見がよく、ヴィオラとアインハルトに色々なことを教えてくれた。
それこそ、ヴィオラのことを実の妹のように可愛がってくれていた。
「……君は……もしかして彼のことが好きだったのか?」
「いえ! ランドルフは兄のような存在で……」
即座に否定したヴィオラに、ウィルフリードはほっと息を吐いた。
「……とにかく、くれぐれも気を付けてくれ。今君は、俺の婚約者なんだから」
「……わかりました」
頷いたヴィオラは、ウィルフリードがまだ不満げな顔をしていることに気付いて目を瞬いた。
「……あの、まだ何か思うことでも?」
「……俺の知らない君のことを知っている男がいるという事実が気に入らないだけだ」
「……ウィルがそんなヤキモチ妬くなんて意外です」
思わず本音が零れ出てしまい、それを聞いたウィルフリードが僅かに目を見開く。
それから、彼は自嘲気味に唇を歪めた。
「……俺だって、自分がこんなに狭量で、嫉妬深いなんて知らなかったよ……」
そう呟いてから、彼は一度瞑目し、何かを思い切った様子で顔を上げた。
「だが、君がウィルと呼んでくれたから、少し持ち直せそうだ」
彼が表情を緩めたところで、シシェル家の屋敷前に到着した。
「では、また明日」
「はい、また明日」
ヴィオラの答えを待ってから、ウィルフリードは踵を返して去っていった。
自宅に戻ったヴィオラが着替えを済ませたところで、執事のカステンに呼ばれ、父の書斎に向かった。
そこには既にランドルフとアインハルトも来ており、父と何か話していたようだ。
「……ヴィオラ、ランドルフが神官になったと報告に来た」
「ええ、先程お会いしました」
「お前とアインハルトのことを、一目で見抜いたそうだな」
「……ええ」
ロクスもその話を聞いたらしい。
「安心してください、他言はいたしません」
「……まぁ、ランドルフなら信用できる。その点は心配しておらん」
嘆息して、ロクスはヴィオラとランドルフを交互に見た。
「今日は神官への昇格祝いと再会を祝して夕食にお誘いした。だがその前に、ヴィオラ、少しお前と話したいそうだ」
ロクスの言葉に、ヴィオラは目を瞬く。
少々困惑した様子を見せたヴィオラに、ロクスは頷く。
「無論、ヴィオラは現在ウィルフリード・ストランド卿と婚約中だ。他の男と二人きりにするのはよくない。アインハルトが同席しなさい」
「わかりました」
頷いたアインハルトと、ランドルフ、ヴィオラは一度書斎を出て、隣の応接室へ移動するのだった。
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