零:訪問者
北の国境の地で、魔王討伐隊の兵士の訓練が始まって半月が経った。
兵士たちの強化魔法の練度は徐々に向上してきており、ヴィオラは訓練の成果を実感し始めていた。
その日、強化魔法の訓練指導を終えたヴィオラが屋敷へ戻ろうとしているところに、ウィルフリードがやって来た。
「アインハルト殿、間に合ってよかった」
「ストランド卿、何かありましたか?」
走って来た様子の彼を見て、ヴィオラは首を傾げる。
「いや、少し話したいことがあってな。歩きながらで構わない。少し時間を貰えるか?」
「わかりました」
並んで歩き出し、少し進んだ所でヴィオラがウィルフリードを一瞥する。
「……あの、話したいことって……?」
沈黙を破って尋ねると、ウィルフリードは少々気まずげに頬を掻いた。
「……すまない。最近まともに君の顔を見ていなかったから、ついな……」
「職務中では?」
「今日はもう勤務外だ」
そう答えると、ウィルフリードは立ち止まって周囲を見渡した。
誰もいないことを確認して、ヴィオラの手を取る。
魔法の指導中は甲冑を着用しないため、素手同士が触れ合う。
「……魔王討伐を成し遂げるまでは、まともに時間が取れないことは覚悟の上のつもりだったが……いざそうなると、無性に顔が見たくなってな」
至極真面目な顔でそんなことを言うウィルフリードに、胸が締め付けられるような心地になるヴィオラだ。
と、遠くに人の気配を感じて、二人はぱっと手を放した。
そちらを振り返ると、一人の青年がシシェル家の屋敷方面に向かって歩いてくるのが見えた。
纏っているのは神官が纏う僧服で、ルビーブラウンの髪にグレーの瞳、二十代前半ほどの青年だ。
彼はヴィオラを見るなりぱっと顔を明るくした。
同時に、ヴィオラが驚いた顔をする。
「ランドルフ!」
名を呼ばれた青年が嬉しそうに笑いながら駆け寄って来る。
「久しぶりだな! ……あれ? ヴィオラ?」
今は騎士服を纏っている。誰が見てもアインハルトなのに、彼は間違いなくヴィオラの名を呼んだのだった。
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