拾:今後
イザークの読み通り、ヴィオラがアインハルトの影武者として戦場に立っていた、という話を聞いた皇帝は、あっさりとそれを容認し、グスタフにも口外しないようにと命じたそうだ。
実際にそれでシシェル家を罰した場合、北の国境の守りが劇的に弱まってしまう。
それは帝国としても本意ではない。
「とりあえず、何とかなってよかった……」
イザークの分身から話を聞いたヴィオラが安堵して息を吐く。
「ところで、ダリウスは何故、アインハルトの正体を知っていたんだ?」
ウィルフリードの問いに、イザークがヴィオラを見た。
「そのことですが……今後余計な証言をして世間を混乱させないために、ヴィオラ嬢がアインハルトの影武者だったということをボンクラ三男に伝えました。その際にどこでそのことを知ったのかと問い詰めたのですが……エイク・ブラットに化けていた魔族との戦闘中に気付いたと言っていました」
そう言われて記憶を手繰り、ヴィオラははっとした。
エイクに化けていた魔物に刺されて倒れたダリウスと、命を狙われたウィルフリードを助けるために、ヴィオラはその魔族と戦った。
その時、彼の攻撃を受けそうになったヴィオラの名を、ウィルフリードが叫んだ。アインハルトではなく、ヴィオラの名前だった。
倒れていたダリウスの意識があったことは、その後のやり取りでわかっている。
「……まさか、あの時……?」
ウィルフリードがアインハルトに対してヴィオラと呼んだだけで気付いたというのか。
違和感を抱くのは当然かもしれないが、それだけで、あれほど自信満々に獄中から証言したとなると浅はかと言わざるを得ない。
「……すまない、俺が迂闊だった……」
ウィルフリードも、自分の失態であると気付いて申し訳なさそうに眉を下げる。
「あの時は状況が状況でしたから、仕方ありません」
ヴィオラの言葉に、ウィルフリードはまだ納得していない様子で視線を落とす。
と、場の雰囲気を変えようとでも思ったのか、イザークが思い出したように口を開いた。
「……そうそう、第二皇女殿下の容態ですが、状況は変わっていません。僕の神聖魔法で進行は遅らせていますが、刻一刻と、呪詛魔法が進行している状態です。浄化魔法を操れる聖者もしくは聖女が現れない限り、彼女は救われないでしょう」
「残された時間は?」
「もって一ヶ月というところですね」
それだけの間に、聖者あるいは聖女が現れるとは思えない。
先代の聖者が没してもう十年は経過している。浄化魔法が使える人間は非常に稀有なので、数十年見つからないこともざらにあるという。
「……ただ、国家魔法使いで探知魔法が得意な者に、大陸北部を探知したのと同種の魔法を改良して、浄化魔法に適性がありそうな者を探させています。平民の中には、自分に魔法使いの素質があることに気付かず普通に過ごしている者も多いですから」
魔法を学ぶには金がかかる。
大きな都市には魔法学校が存在するが、通える人間は基本的に裕福な家の者のみだ。
稀に、才能に溢れた平民の子供を見つけた学校関係者が特待生として入学させることもあるが、地方に住む貧しい村の子供などには才能を見てもらう機会さえないのが実情だ。
「……正直、一ヶ月以内に見つけられるかどうかは賭けですね」
イザークが嘆息する。
「まぁ、もしも助かったとしても、呪詛魔法を行使した罪は消えない……皇女からしたら、死ぬより辛い罰が待っているかもしれないな」
ウィルフリードの言葉に、ヴィオラも視線を落とす。
呪詛魔法の行使は重罪だ。
それは皇族であっても変わらない。
彼女があの手鏡を使ったことを認める、あるいは国家魔法使いによって使用した証拠が提出されれば、彼女は投獄されることになるだろう。
「……そういえば、ヴィオラ嬢はその後お体に異変はありませんか?」
イザークの質問に、ヴィオラは目を瞬く。
「え? はい。特に何も……」
何故そんなことを聞くのか、と顔に出たヴィオラに、イザークは真面目な顔で答えた。
「ああ、良かった。第二皇女殿下が手鏡を使って呪詛魔法を行使した相手は、ヴィオラ嬢とみられています。おそらくヴィオラ嬢の魔力の方が強かったがために、呪詛は成立せず撥ね返った、という見立てですが、呪詛魔法は強力である上に、あの魔法道具はかなり古かったので、今後ヴィオラ嬢へ呪詛が飛んで行かないとは言い切れません。もし何か異変を感じたらすぐに教えてください」
「わかりました」
ヴィオラが頷いたところで、イザークは退出していった。
騎士団の宿舎内の会議室に二人きりになったヴィオラとウィルフリードは、机の上に置かれた魔王討伐隊のスケジュールの記された紙に視線を落とした。
「……とりあえず、君とアインハルト殿の件が大事にならずによかった。これからは魔王討伐に集中できるな」
「そうですね……討伐隊で私の指導を希望した兵士たちはまもなくこちらへ到着するそうですし、しばらくの間は慌ただしくなりそうですね」
ヴィオラの言葉に、ウィルフリードは少々複雑そうな顔をする。
「……どうしました?」
「仕方のないことだと理解しているが、指導のためとはいえ、君が他の男共の世話をしてやると思うと、どうにも不愉快だ」
まさか冷徹大佐と謳われるウィルフリードがそのようなことを口走るとは予想外で、ヴィオラは面食らってしまう。
「……君からしたら仮初の婚約を了承しただけだと、わかってはいる。だが、魔王討伐を成し遂げたら結婚してほしいという俺の求婚を受けてくれた……だから、浮かれているんだろうな」
そう、今の二人の関係は非常に曖昧だ。
表向きはヴィオラとウィルフリードは婚約したことになっている。
しかし本当は、ウィルフリードが第二皇女との結婚を回避するために、ヴィオラに頼んで婚約者のフリをしてもらっている状態だった。
その上で、魔王討伐を遂げた暁には結婚してくれというウィルフリードの求婚を、ヴィオラは承諾している。
もういっそ、フリを辞めて名実共にウィルフリードの婚約者になってしまってもよいのではないかということが頭を過ぎるが、それを自分から言い出すのはなんだか負けた気がして、もう少しこのままの関係でいよう、と先延ばしにするヴィオラなのであった。
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