捌:罪
重い沈黙の中、広間に入って最初に口を開いたのはグスタフだった。
「皇帝陛下、愚弟ダリウスの度重なる失態、ビスチェン公爵家の者として心よりお詫びを申し上げます」
皇帝に向かって深々と頭を下げる彼に、皇帝は頭を上げろと短く答えた。
「確かに、魔族の甘言に耳を貸したダリウスの罪は重い。だが、必要以上にそなたが業を背負う必要はない。ビスチェン公爵家の力無くしては、我が国は平穏を保つこともできなくなるのだからな」
実際、ビスチェン公爵家は豊かな領地を持ち、納税額も群を抜いている。それは当主である公爵の経営手腕が優れているからに他ならない。
それだけでなく、現宰相でもある公爵は相当に優秀で、彼がいなくなったら誰にもその穴埋めはできないといわれている。
逆に言うと、公爵が優秀過ぎて評価が高まった結果が、ダリウスの傲慢さを育てたということでもあるが。
「……イザーク殿、ダリウスの罪はどうなりますか?」
「甘言に惑わされたこと自体は、魔族との魔力量の差を思えば致し方ない部分があるため、情状酌量の余地があると判断されると思われます。しかし、彼の罪状をより重くしているのは、彼が上官殺しを企てた事実と、彼の普段の勤務態度です」
彼がウィルフリードを殺そうとしたのは、甘言に惑わされたからとか、魔族に操られたからではない。
元々彼の中に、侯爵家の出身であるのに自分より上の立場になっているウィルフリードを気に入らないと思う感情があり、それが殺意になったのだ。
「……ただ今回、魔族に利用されて皇女殿下に呪詛魔法が込められた魔法道具を渡した、ということも、帝国軍人としてはあるまじき失態であることは事実です」
保有する魔力量に差があれば、それだけ操作魔法などは効きやすくなる。当然、魔族による操作魔法にかかってしまった、というだけで罰せられるのは理不尽という考えがこの世界では一般的だ。
しかし、それでも実際に皇族に危害が及んでしまっては、仕方ないの一言では済ませられない。
「……いや、今回は独断で収監中のダリウスに面会したエレオノーラにも責任はある。まして、ダリウスから真実を映す魔法道具と聞いていたにせよ、得体の知れない魔法道具を受け取って使用したのだ。全責任がダリウスだけにある訳ではない」
「……確かに、皇女殿下があの魔法道具を手にして、何も気づかなかったのは不自然ですね」
ふと、イザークが呟く。
そうだ。エレオノーラには強い魔力がある。
少なくとも、魔力量だけなら国家魔法使い並みだ。
魔法として昇華させる才能がないだけで、強い魔力を有している者は、感覚で相手の魔力量がわかったり、魔法道具と普通の道具が区別できるものだ。
イザークが発見した時、手鏡からは微量ながら不穏な魔力が漏れ出ていた。それは手鏡自体に込められた魔法の気配だ。
エレオノーラほどの魔力量があれば、その気配に気付かない訳がない。
「……皇女殿下は、あの手鏡が真実を映すものではなく、他者を呪う物だと気付いていた可能性が高そうですね。確信はなくても、心のどこかで『そうかもしれない』、と期待しながら行使した可能性が高いかと」
「エレオノーラがヴィオラ嬢を故意に呪おうとした、と言いたいのか?」
「あくまで可能性の話です。確定するには、皇女殿下に直接確かめるしかありません。ただ、そう仮定すると全ての辻褄が合うことは事実です」
イザークがそう断じると、皇帝は苦々しい表情で額を押さえた。
「実際に、真実を映し出させようとした、という可能性はないのか?」
「あの手鏡からは、ヴィオラ嬢あるいはアインハルト殿の魔力が検知されました。それは、あの手鏡が正確に起動して呪詛魔法が発動したことを意味しています」
手鏡から発せられた呪詛魔法は、使用者が呪いたいと思った対象者に向かっていく。
ただし、相手の魔力量が強かったりして届かなければ、呪詛魔法は使用者の元へ撥ね返る。
その際に、呪詛対象の魔力に当たっていれば、撥ね返った呪詛魔法には対象者の魔力が混ざった状態になる。
つまり、手鏡からヴィオラの魔力が検知されたのは、エレオノーラが手鏡を使ってヴィオラを呪おうとしたから、ということを示しているのだ。
結果、エレオノーラよりも強い魔力を有していたヴィオラにはそれが届かず、呪詛魔法はエレオノーラに撥ね返った。
「呪詛魔法に限らず、魔法道具に込められた魔法は正しい手順を踏襲しないと発動しません。魔法道具の効果を誤って認識した状態の使用者が使用しようとしても、発動しないのです」
そう、効果を誤認した一般人による誤作動を防ぐため、帝国では魔法道具が創られ始めて割と早い段階で、誤作動防止のための措置が取られた。それが、正しい手順を踏襲することだ。
手順は魔法道具ごとに異なるが、大概手順の中に、正しい効果をもたらすためのものがある。
例えば真実を映す鏡だったなら、「誰の」「何を」「映せ」というキーワードを呪文として唱えないといけなかったりする。それが呪詛魔法となると、「誰を」「呪う」のか、それを明確に指定しなければならない。
つまり、呪詛魔法の魔法道具が発動したということは、エレオノーラが「誰を」「呪う」のか、指定した上で使用した、ということ。
先程のダリウスの言葉と反応から、彼が手鏡を呪詛魔法の魔法道具だと認識していなかったことはわかった。
そして、遮蔽魔法で隠されているらしく、ダリウスの手に渡るより前の魔族の気配は検知できなかった。
使ったのはエレオノーラで間違いない。
「……陛下、皇女殿下が呪詛魔法の魔法道具を使ったことをお認めになった場合、いかがされますか?」
「……呪詛魔法の行使は重罪だ。呪詛魔法が込められた魔法道具の所持すら、法律で禁じられている。それを、皇族という理由だけで、無罪にすることはできん」
ふむ、と頷いて、イザークはヴィオラを振り返った。
「……という訳で、皇女殿下の意識が戻り次第僕が尋問したら、この件は片付く見込みになりました……アインハルト殿、次は貴方の話です」
きた、とヴィオラは唇を引き結んだ。
「先程、ダリウス殿が、ヴィオラ嬢のことを『嘘つき』だと言っていました。アインハルト殿の名を騙っている、と……」
イザークが、青の瞳をじっとヴィオラに据える。
「つまり、それが本当なら、今ここにいる貴方は、ヴィオラ嬢ということになります……それについて、何か言うべきことはありませんか?」
皆が固唾を飲んでヴィオラの言葉を待つ。
ウィルフリードだけが、ただ一人心配そうな眼差しを向けている。
ダメだ、これはもう誤魔化せない。
そう悟り、腹を括る。
「……わ、私は……」
ヴィオラが覚悟を決めて口を開いた、その時だった。
イザークが突如はっとした顔をして、右手を己の耳に当てた。
「……っ! 北の国境にて、魔物の大群が確認。先頭に魔狼に跨った魔族の姿あり」
それは、北の国境に置いてきた彼の分身が見た光景だ。
「なんだってっ?」
色を失うヴィオラとウィルフリード。イザークはさっと皇帝を振り返り一礼した。
「陛下、緊急事態につき、アインハルト殿とストランド卿を北の国境へ送ります。尋問はまた改めて行いましょう」
「……仕方あるまい」
皇帝が頷いたので、イザークは懐から懐中時計のような何かを取り出した。
「ストランド卿、アインハルト殿、よろしいですね?」
「ああ」
二人が頷いたのを確認して、彼はその懐中時計のような何かを床に置いた。
刹那、そこから淡い光が発せられ、太い柱のようになる。
「北の国境に設置した転移ポータルへ繋がっています。どうぞ」
その言葉を受け、ヴィオラとウィルフリードは、その光の柱に飛び込むのだった。
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