漆:呪いの真相
だん、と鉄扉が叩かれた音が無機質に響く。
「……ダリウス、お前は、まだ自分のしたことがわかっていないのか?」
「兄上……?」
「なぜ私が今までお前に面会しなかったのか、それすら分かっていないのか?」
ヴィオラはグスタフがダリウスに面会をしていなかったと聞いて内心驚いていた。
てっきり面会をして今後の公爵家の対応や、立ち振る舞いについての助言をしているだろうと思っていた。
なるべく罪が軽くなるように、と。
しかし、そうではなかったらしい。
「ダリウス、お前は我が公爵家の名誉を穢した。私はお前を決して許さない」
冷たい目で弟を見下ろし、そして目を細める。
「……ビスチェン中将、ダリウス殿の罪状はまだ確定しておりませんよ」
イザークが咳払いをして、グスタフの隣に立つ。
「ダリウス殿、これから私がする質問に、『はい』か『いいえ』で答えてください。いいですか、これは尋問です」
尋問魔法。
相手に嘘偽りを許さないと強制できる高位魔法だ。
嘘を答えたら、心臓を握り潰されるとされている。
「……はい」
それを理解したダリウスが頷くと、イザークはゆっくりと口を開いた。
「ここ数日以内で、第二皇女エレオノーラ様とお会いになりましたか?」
「っ!」
ダリウスの顔色が変わった。
答えを聞くまでもない。
「……はい」
頷いた瞬間、グスタフが何か言いかけたが、イザークが目でそれを制した。
「その時、呪詛魔法についてのお話をされましたか?」
「いいえ」
「では、特定の魔法道具についての話をされましたか?」
「……はい」
ダリウスの回答に、皇帝が口を開いた。
「では、お前がエレオノーラを呪ったのか?」
「いいえ! 私は誓って皇族の方を呪うようなことは致しません!」
つまり、相手が皇族でなければ、呪ったことがあるのか。
そうとも取れる言い方だったが、イザークはそれには触れず、じっとダリウスを見た。
「ダリウス殿、貴方が皇女殿下にお話しされたという魔法道具は、手鏡の形をした物で間違いありませんか?」
「……はい」
項垂れるダリウス。
ここで、グスタフが眉を顰めた。
「手鏡の魔法道具? それが呪詛魔法が組み込まれていたという物か?」
「ええ、そうです……ダリウス殿、話してください。皇女殿下にいつ、何を話したのか、どのようにして、その魔法道具を渡したのか」
その問いに、ダリウスは諦めたように瞑目し、小さく嘆息してから口を開いた。
「……皇女殿下が最初にいらしたのは、私がここに収監された直後でした。ストランドが皇女殿下との縁談の打診を断ってヴィオラ・シシェルに求婚したと聞いたと……殿下は、先にヴィオラ嬢に求婚したのはお前のずなのに、どうしてお前が収監されてストランドがヴィオラ嬢に求婚するような事態になったのだと、詰め寄って来ました」
その様子が目に浮かぶようだ。
やや呆れたような目をしながら、ウィルフリードはその先を待つ。
「それで、私が捕らえられた事情を説明し、その時は殿下も戻られました。そして今日、数時間前に怒り狂った様子でいらして……」
ああ、広間の前でウィルフリードが正式に婚約したと聞いた直後か、とすぐに合点がいくヴィオラだ。
その時、牢の向こうにいるダリウスの眼に、昏い光が浮かんでいることに気付き、ぞわりと肌が粟立った。
ダリウスは、ニヤリとした笑みを浮かべ、ヴィオラを見ながら続けた。
「……だからお教えしたのです。ヴィオラ嬢はアインハルトの名を騙り戦場に立っている嘘つきだと」
「……は?」
ウィルフリード以外のその場にいる者が、唖然とした様子でヴィオラを振り返る。
「何を言っているんだ? アインハルト殿が、ヴィオラ嬢だと……?」
困惑するグスタフを尻目に、イザークは語気を強めた。
「ビスチェン中将、もしもそれが事実だったとしても、今はそれを追及する場ではありません」
静かだが重々しい声色に、ダリウスがひゅっと息を呑む。
「その話と、呪詛魔法が込められた手鏡が、どう関係するのですか? 手鏡から、貴方の魔力が検出された理由は?」
「……手鏡は、真実を見せる鏡だと聞いていた……だから皇女殿下の役に立つと思って、それを委ねる代わりに、私の罪を軽くするよう陛下に進言してくれと頼み、お渡ししました」
「地下牢にいた貴方が、どうして手鏡を持っていたのですか? 収監時に持ち物は全て没収されたはずです」
イザークが尋ねると、ダリウスが目を瞬いた。
「……あれ? どうして私は手鏡を持っていたんだ……? 真実を見せる鏡だと聞いて……あれ? 誰から……?」
本気で戸惑っている様子のダリウスに、イザークが目を細めた。
「嘘は言っていませんね。おそらく、件の魔族に魔法道具を渡され、その際に記憶を改竄されたのでしょう」
件の魔族、とは、エイク・ブラットに化けていた魔族のことだ。
その魔族はウィルフリードを殺すことを条件に、ダリウスに何かしらの取引を持ち掛けたとされていたが、その件についてはまだ調査中だった。
というのも、ダリウスはあまりその魔族について覚えていなかったのだ。
「……これについては、国家魔法使いによる尋問が後手に回った結果ですね。魔族が魔法道具に遮蔽魔法を掛けた上でダリウス殿に渡し、然るべき時にその存在を思い出すように記憶を改竄したのでしょう」
「しかし、収監時に身体チェックを受けるはずでは……?」
「遮蔽魔法を掛けられた魔法道具は、魔法使いがそれを探そうと意識していない限り、見落とされても仕方がありません」
身体チェックを行うのは帝国軍の兵士だ。
簡単な魔法であれば使える者も多いが、魔法使いとして仕事をしている者に比べると精度は低い。
しかも、今回の魔法道具が魔族に渡された物だとしたら、人間が使う遮蔽魔法とは術式が異なる可能性が高い。
兵士が見落としたとしても仕方ないといえる。
「……とりあえず、手鏡の入手経路はわかりました。戻りましょう」
イザークに促されて、一同はダリウスを残して再び会議を行なっていた広間に戻るのだった。
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