陸:容疑者
皇帝とイザークが飛び出していった後、広間はしんと静まり返っていた。
「……ビスチェン中将、いかがされますか?」
「……方針は決まった。解散したいところだが……少しだけ待機しよう。皆、楽にしてくれ」
皇帝の許可なく解散してよいものか判断しかねたグスタフが皆にそう告げると、皆ふっと肩の力を抜いた。
「……黒い紋様って言っていましたが、皇女殿下は大丈夫なんでしょうか……?」
ヴィオラがウィルフリードに小声で尋ねる。
「……どうだろうな。黒い紋様は、魔族による特殊な攻撃を喰らった場合なんかにも見られるが……もしかしたら呪いの類かもしれない」
「呪い……」
ヴィオラの胸に嫌な予感が広がっていく。
帝都に来る前に、呪詛魔法で魔族を倒せないかと考えた。それを思いついたのは、エレオノーラがウィルフリードが求婚した自分に対して逆恨みで呪詛魔法でも使うのではないかという可能性が頭を過ぎったからだ。
そんな彼女が、逆に呪いに侵されているかもしれないなんて。
と、そこへ皇帝と共にイザークが戻ってきた。
「皆、すまないが、会議は終了だ。ビスチェン中将とストランド大佐、アインハルト殿のみ残り、解散するように」
皇帝の言葉に、皆が戸惑った様子を見せつつ、素直に従って退出していく。
残った三人が、怪訝に思いながら皇帝とイザークを見比べる。
皇帝に促されたイザークが、一歩前に出た。
「……第二皇女エレオノーラ殿下がお倒れになりました。呪詛魔法によるものです」
「呪詛魔法だと……?」
グスタフが瞠目する。
「一体、誰が皇女殿下を呪うなんてことを……」
目的がわからない、言外にそう滲ませながら呟くグスタフに、イザークが続けた。
「エレオノーラ殿下の身体にまとわりつく異質の魔力から探知しようとしたところ、その魔力には霧が掛かったように追えませんでした。しかし、同じような魔力を発するものが、殿下の部屋に置かれていたのです」
「……呪詛魔法を込めた魔法道具か?」
「ええ。かなり古い物だったので、創られたのはおそらく呪詛魔法が禁止される前の時代でしょう。その魔法道具に残る魔力を鑑定したところ、その魔力の主と思われる容疑者は三人います」
そう言ってグスタフ、ウィルフリード、アインハルトに扮するヴィオラを順に見るイザーク。
三人は驚いて首を横に振る。
「私が皇女殿下を呪うはずがないだろう!」
「俺だって殿下を呪う理由などないぞ!」
反射的にグスタフとウィルフリードが答えると、イザークは頷いた。
「ええ、ビスチェン中将とストランド卿は容疑者ではありません」
その言い方に、二人が同時にヴィオラを振り返った。
「……まさか、アインハルト殿が容疑者だと言うのか?」
剣呑な表情で唸るように問うウィルフリードに、イザークはすまし顔で首肯する。
「ええ、あくまでも状況的に、という話ですが」
「他の二人というのは?」
グスタフが焦れた様子で尋ねる。
イザークは、一瞬迷うようなそぶりを見せたが、真っ直ぐにグスタフとウィルフリードを順番に見ながら答えた。
「ヴィオラ・シシェル嬢と、ダリウス・ビスチェン殿です」
「は?」
ヴィオラが思わず間の抜けた声を出す。
自分は当然皇女を呪ったりなどしていない。
北の国境に残して来た本物のアインハルトだって、呪詛魔法を使うような人間ではないし、皇女相手に使う理由がない。
「ダリウスが……? 城の地下牢に入れられているのにそんなことができるものか」
グスタフが信じ難いと如実に顔に出す。
「本当に、その三人の魔力が?」
「厳密には、魔法道具から検知された魔力は、エレオノーラ殿下のもの以外に二つです」
「二つ?」
容疑者は三人ではないのか、と眉を顰めるグスタフに、イザークは頷きながら続ける。
「一つはダリウス・ビスチェン殿、もう一つは、アインハルト殿、またはヴィオラ嬢のものです」
「または、というのは?」
「双子だけあって、アインハルト殿とヴィオラ嬢の魔力は非常によく似ています。魔法道具に残った魔力の残滓だけでは判別は困難です」
「探知魔法で魔力の主を追えないのか?」
「魔法道具自体が古い物で、魔力を貯めておくことはできない構造になっていました。そのため、効力が切れたら魔力は残らず消えていきます。実際、先程僕が魔法道具から魔力を感じ取った後、すぐに魔力は薄れてしまいました。逆に言うと、僕が見つけた時、発動直後だったということですが」
つまり、もうその魔法道具から魔力の主を探すことはできないということだ。
「ヴィオラ嬢は北の国境にいるんだ。どう考えても不可能だろう。アインハルト殿だって、昨日俺たちと帝都に来るまで、ほとんど俺と一緒にいた。皇女にそんな物を渡したり、部屋に忍ばせるなんてできるはずない」
ヴィオラを庇うウィルフリードに、イザークは困ったような顔をする。
「ええ、僕もそう思っています。ただ、その魔法道具から、ヴィオラ嬢かアインハルト殿いずれかのものと思われる魔力と、ダリウス・ビスチェン殿の魔力が検知されたことは事実です」
「……そして、アインハルト殿以外の二人は、物理的にエレオノーラと接触するのは難しいということだ」
皇帝が嘆息しながら、アインハルトとしてこの場にいるヴィオラを見る。
「わ、私は皇女殿下を呪うなんてしておりませんし、そんな魔法道具も知りません!」
咄嗟にそう答えると、イザークは頷いた。
「ええ、まだ、アインハルト殿が皇女殿下を呪ったという証拠が出た訳ではありません。それに僕は、地下牢にいるはずのダリウス殿の魔力が検知されたことの方が気になっています」
「……ダリウスが怪しいと?」
グスタフが目を細める。
「ええ。だから、ビスチェン中将に残っていただいたのです」
イザークはそう言うと、くるりと踵を返した。
「皆さん、地下牢へ参りましょう」
彼の言葉に、皆若干戸惑いを見せつつ、断る理由はないので大人しくついて行った。
豪華絢爛な城内が北の棟へ向かうにつれて、装飾がどんどん質素になっていき、地下牢へ続く階段の前に着く頃には、廊下も床も石畳が剥き出しになっていた。
階段前には見張りが二人、分厚い鉄扉に大きな錠前がぶら下がっている。
イザークと皇帝を見て居住まいを正す兵士の横をすり抜け、五人は階段を下っていく。
壁に魔法道具によって明かりが灯されていたが、階段も、その下に続く廊下も薄暗く、湿った空気と陰鬱な雰囲気に満ちていた。
「……ダリウス殿の牢は、最奥の独居房です」
イザークは来たことがあるような様子で、迷いなく進んでいく。
そして一番奥、廊下の突き当りの扉の前で足を止めた。
頑丈な鉄扉には、顔くらいの高さに鉄格子があり、中の様子がわかるようになっている。
中を覗くと、質素なベッドが一つと木製のイスとテーブルがあるだけの部屋。奥の壁に凭れるように、床に座り込んでいるのは、ダリウス・ビスチェンに違いなかったが、ぼんやりと床を見つめる碧の瞳には生気がなく、先日北の国境で会った時とは別人のようにやつれていた。
「ダリウス……」
思わずといった様子で弟の名を呼んだグスタフに、ダリウスはのろのろと顔を上げた。
「兄上……?」
碧の瞳が実兄の姿を捉えると、ゆらりと立ち上がってふらつく足取りで鉄扉に近づいてきた。
「兄上! 聞いてくれ! 私は嵌められたんだ! それに、英雄アインハルトは嘘つきで……!
早口に捲し立てるダリウスがそこまで言った瞬間、グスタフが苛立った様子で鉄扉に拳を叩きつけた。
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