伍:呪詛魔法の紋様
黒い紋様、それは呪詛魔法を受けた場合に見られる特徴の一つだ。
しかし、それを知る者は少ない。呪詛魔法自体が法律で禁じられ、関連する書物も全て禁書とされているからだ。
だが、個人的にそれを調べたことがあるイザークはそれを知っていた。また、呪詛魔法を禁じた者の末裔である現皇帝も同様だ。
部屋を飛び出したイザークと皇帝が、第二皇女エレオノーラの部屋に向かうと、護衛の女騎士によってベッドの上に移されたらしい彼女の姿があった。
目は固く閉ざされ、荒い呼吸を繰り返し、呼びかけには反応しない。
首筋から左頬にかけて、蔦のような黒い紋様が浮かび上がっている。
「エレオノーラ! 何があった!」
声を荒らげる皇帝に、彼女の護衛は顔を見合わせた。
「そ、それが、私たちにも何があったかは……」
「お部屋に戻られて、殿下は一人にしてくれと仰ったので、私たちは部屋の外で待機していたのですが……」
「突然大きな音がして、慌てて中に入ったところ、殿下がお倒れに……」
その証言を聞きつつ、イザークはエレオノーラの顔の前に手を翳し、目を細めた。
「……呪詛魔法ですね……何者かがエレオノーラ殿下を呪ったか、あるいは……」
イザークが意味深長に言葉を切り、皇帝を見る。
その視線の意味を察した皇帝は娘に視線を落とし、一度瞑目した。
「……イザーク、呪詛魔法を解除することはできるか?」
「呪詛魔法は、発動させた術者が解除しても効果は残ります。それを完全に消すことができるのは、浄化魔法しかありません」
「浄化魔法か……」
皇帝が唇を噛む。
浄化魔法は、ただでさえ適性が無ければ使えないとされる神聖魔法の中で、最高難度の魔法だ。
あらゆる穢れを祓ったり、解毒したり、状態異常を無効化することができるとされている。
浄化魔法が使える者は、男なら聖者、女なら聖女と呼ばれ、神官の更に上の地位につくことになる。たとえ出自が平民だったとしても、貴族並みの地位を得られるなどの厚遇を受けられるのである。
そして現在、浄化魔法が使える者はおらず、聖者と聖女の地位は空席となっている。
「……僕が扱える神聖魔法では、呪いの進行を多少抑えることしかできません。大至急、浄化魔法を使える者を探さなくては……同時進行で、解析魔法で呪詛魔法の出所を突き止めて術者に解除させることも大前提です。状態異常を無効化しても、呪詛魔法が発せられ続けていれば鼬ごっこですから」
「わかった……」
皇帝は渋い顔をして頷き、使用人たちに看病を命じて退出した。
その後ろ姿を見送って、イザークは溜め息を吐く。
「……僕は神聖魔法は得意でないんですけどね……」
仕方ありません、そう呟きながら、彼は諸手を掲げる。
得意ではない、そう言いながらも、実は彼はこの国の大神官と同等の神聖魔法を使うことができる。
ただ、他の魔法に比べて扱いづらいという本人の主観により、不得意だと判断されているに過ぎない。
そんなイザークでも、浄化魔法は一切使えない。
浄化魔法が『神が特に祝福を与えた者のみが使える神聖な力』だとされているのは、そのためだ。
どれだけ修練を積んだ大魔法使いであっても、才能が無ければ発動しないのだ。
「……ふう、これでなんとか進行を遅延させることはできそうですね……」
自信が掛けた神聖魔法の効果に手ごたえを感じたイザークは、続けて探知魔法を展開した。
これにより、この呪いがどこからきたのか、発生源がわかるはずだ。
と、イザークは眉を顰めた。
本来なら、エレオノーラから発せられる異様な魔力を検知し、それを手繰るようにして術者の正体を突き止められるはずだった。
しかし、異様な魔力は検知したのに、その先が霧が掛かったように何も視えなかったのだ。
「……遮蔽魔法が使われている……?」
遮蔽魔法は姿や気配を隠すための魔法だ。
応用すれば、魔法の気配を消し、魔法を掛ける対象者から探知されないようにすることもできる。
だが、国で禁止されている呪詛魔法に遮蔽魔法を掛けるなんて、並みの魔法使いでは不可能だ。
よほど熟練の魔法使いによる呪いか。
だが、エレオノーラが狙われた理由がわからない。
皇位争いとは無縁の第二皇女を呪い殺して利を得る人物など、そういない。
寧ろ、エレオノーラの性格を考えたら、彼女が誰かを呪った撥ね返りだとした方がしっくりくる。
まして、エレオノーラは長年懸想してきた相手であるウィルフリードがヴィオラと正式に婚約したと聞いたばかりだ。
呪詛魔法を使う動機は充分ある。
しかし、イザークが知る限り、エレオノーラは強い魔力を有してはいるものの、魔法に変換する才能がないためほとんど魔法は使えないはずだった。
もし仮に皇族の権限を使って神殿に保管されている呪詛魔法について記された魔法書を見ることができたとしても、そこに書かれた内容を理解することもできなければ、習得することも不可能だろう。
「……皇女には無理ですね」
意識を失ったまま荒い呼吸を繰り返す皇女を見下ろして、イザークは呟く。
彼女の魔力を視ればわかる。彼女はほとんど魔法を使えないし、使ったような気配もない。
できたとしてもせいぜい魔力を放出して威圧するくらいが限界だろう。
魔力の強さと魔法使いとしての強さは必ずしも比例しない。
強い魔法使いは皆強い魔力を有しているが、強い魔力を有していても魔法が使えない者は意外と多い。
そして、魔法が使える者と使えない者の魔力にはそれぞれ特徴があり、熟練の魔法使いならば魔力を視ればすぐにそれがわかる。
魔法の研鑽を積むと魔力は研磨されたかのように滑らかになるが、魔法を使ったことがない者の魔力は『ざらついている』『尖っている』などと表現される。
そのため、魔法を使える者が使えないふりするのは難しいとされている。一定以上のレベルの魔法使いが視たら一目でわかるからだ。
皇女の魔力は、イザークの眼にはざらついて視えた。魔法をほとんど使えない者特有の魔力だ。
簡単な魔法なら多少は使えるかもしれないが、高度な魔法は絶対に無理だ。
しかし。
「……僕の勘って、残念なくらい当たるんですよねぇ」
独り言ちながら、イザークは部屋を見渡す。
そして、ある物に目を留めたのだった。
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