壱:謁見
北の国境を出てから三日、普通の馬車では考えられない速さでヴィオラたちは帝都に到着した。
帝都ラガーハウス。
帝国を建国した十二の王国のうち、最も大国だった王国の名を冠する首都。
初代皇帝はラガーハウスの国王であり、現在の皇帝はその末裔である。
帝国の威厳を示すかのように、華やかな街並みで有名であるが、一方で、魔物の襲撃に怯えるかのように、高い壁で覆われており、出入り口は東西南北に一か所ずつ、堅い鉄扉に守られている。
円形をした帝都の中央には、皇帝の住まいである城が聳えている。
鉄扉を潜ったイザークの馬車は、まっすぐに城へ向かっていった。
「すごい、もう着いたのか……」
「僕の創った馬車ですからね」
ふふっと得意気に笑うイザークに、ヴィオラは素直に感心する。
馬車は程なくして城の正門を潜り、城の正面入り口で止まった。
「さ、参りましょう」
イザークに促され、ヴィオラとウィルフリードが馬車を降りる。
ウィルフリードがさっと手を出そうとして来たので、ヴィオラは視線を向けてそれを断った。
今のヴィオラは英雄アインハルトだ。エスコートされる謂れはない。
ウィルフリードもすぐに気付いて手を下げ、誤魔化すように馬車のドアを閉めた。
皇帝に謁見するに当たり、今朝最後の宿屋を出発する時点で、ウィルフリードは軍服に、ヴィオラも騎士としての正装に身を包んでいる。
イザークに続いて歩みを進めると、重厚な木製の扉の前で立ち止まった。
「ここです。入りますよ」
一言声をかけてから、イザークが見張りの兵士に声をかけ扉を開けさせると、堂々とした様子で中に足を踏み入れた。
皇帝の威厳を象徴するかのように、豪華絢爛なその部屋の最奥は数段高くなっており、そこに豪華な装飾の施された椅子が一脚置かれ、そこに一人の男が座っていた。
四十代半ばか後半くらいのその男は、金髪碧眼の精悍な顔つきをしていて、座していても逞しい体躯をしているのがわかる。
ゴッテスフルス帝国の皇帝、ゲーアノート・ゴッテスフルスその人である。
「偉大なる我が君にご挨拶申し上げます。大魔法使いイザーク・ディクバウム、ただいま戻りました」
恭しく一礼したイザークに、皇帝は小さく頷き、ウィルフリードとヴィオラに目を向けた。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます。ウィルフリード・ストランド、御前に参上いたしました」
「偉大なる皇帝陛下に謹んでご挨拶申し上げます。アインハルト・シシェルにございます。拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極にございます」
深々と頭を下げたヴィオラを、皇帝はじっと見つめる。
「……そなたが、北の英雄か……噂よりも随分と小柄だな」
ヴィオラは女の中ではかなり長身の部類に入るが、兵士や騎士のような体格のよい男たちと比べると、かなり小柄で華奢だ。
本物のアインハルトが病弱故に、二人はあまり体格が変わらないのだが、英雄として傍から見られると、どうしても意外だと思われてしまうのだ。
「まぁよい。北の国境を守り続けてくれるシシェル家の者に、我は常に感謝しておる。そなた自身の働きも聞き及んでいるぞ」
「恐悦至極に存じます」
「そなたさえよければ、我が娘と結婚させたいくらいなんだが……」
突然とんでもないことを言い出した皇帝に、ヴィオラは思わず目を瞠る。
そんな彼女の顔を見て、皇帝は悪戯っぽく笑った。
「皇女である娘を、本人の意思を無視して危険な国境地帯に嫁がせる訳にはいかん。かといって、そなたを帝都に呼びつければ、北の国境を守る者が不在になる。今の状況ではとても難しい」
ヴィオラが返す言葉に困っていると、イザークが口を挟んだ。
「畏れながら、陛下、少々お戯れが過ぎますよ。ロジーナ様の御子息であるアインハルト殿に、無礼なことを仰るのは、僕が許しません」
「……お前は、相変わらずロジーナが絡むと途端に思考回路がおかしくなるようだな」
皇帝は呆れた様子で嘆息するが、イザークの言葉に対し特に不敬だとは思わなかったらしい。
と、ウィルフリードがヴィオラにそっと耳打ちした。
「イザークは大魔法使いという立場上、陛下と親しい関係で、軽口を叩いても罰せられることはないんだ」
大魔法使いは、その力の強大さ故に、皇帝に忠誠を誓い、破ったら死ぬという呪いにも似た制約を課せられていると聞いたことがある。
軽口くらいで忠誠を破ったということにはならないのだろうが、それでも怒りを買えば不敬罪として首を刎ねられかねないのに、よく軽口など叩けるものだ。
そう感心しながらイザークを見るヴィオラである。
「ああ、そういえば、結婚といえば、ストランド卿から陛下に報告があるそうですよ」
急に矛先を向けられたウィルフリードが僅かに驚いた顔をしたが、これ幸いとばかりに皇帝に一礼した。
「北の国境のシシェル伯爵令嬢、ヴィオラ・シシェル嬢への求婚について、出発直前に承諾を得ましたことを、報告いたします」
「ほう、それはめでたい。北の英雄の一族と帝国軍の結束が強固になることは、帝国にとっても吉報だ。エレオノーラは残念がるだろうが、我は祝福しよう」
「ありがたき幸せにございます」
と、ここで皇帝がこほんと咳払いをした。
「……さて、本題だが、魔王の存在が確実視されるようになったため、討伐隊を組織し、魔王討伐に乗り出すことにした。そこで、魔物退治の実績があるウィルフリードと、北の英雄アインハルトに討伐隊に加わってもらうことにした」
加わってもらいたい、ではなく、加わってもらうことにした、と言う以上、拒否権はないのだろう。
ヴィオラは複雑な心境でそれを聞いていた。
「他のメンバーについて伺いたいのですが」
「隊長はビスチェン中将だ。彼の直轄部隊から五十人の兵士、それから志願兵三十人、イザークの他、国家魔法使い四人だ」
「八十人超の討伐隊……しかし、魔王に関する情報は何もありませんが……」
「もちろん、今の状態ですぐに出立する訳ではない。今、国家魔法使いが総出で、大陸北部に対して占星魔法と探知魔法で、魔物や魔族の拠点を探している」
皇帝の言葉に、ヴィオラは目を瞬いた。
「畏れながら、皇帝陛下。魔物や魔族の拠点は、昔から大魔法使いでも探し出せずに今に至っているはずです。何か見つかる算段がついたのですか?」
そう、これまで魔王の存在が不確定とされていた理由の一つはそれだ。
昔から、魔物を根絶やしにしてしまえばいいという考えはあった。しかし、魔物や魔族が普段どこにいるのか、拠点はあるのかなど、優秀な魔法使いをもってしても調べることができず、生態は謎に包まれてきていた。
「ああ、イザークの研究により、新たな探知魔法が考案されてな。時間はかかるが、大陸北部のどこに魔物がいるのか、詳細に調べることができるようになったのだ」
皇帝が満足げにそう答える。
なるほど、だから今のタイミングで魔王討伐隊を組織したのか。
「討伐に出る間、国境の守りについてはどうなさるおつもりですか? 北の国境には、罠魔法に加えて強大な魔力攻撃に反応して発動する極大魔法を仕掛けてありますが、北西と北東は……」
「無論、手は打つ。そのための会議を、任命式の後で行う」
「任命式はいつになさるのですか?」
「そなたたちが到着したので、明日行う。そのまま、式が終わり次第会議に移る」
話がさくさく進んで、皇帝が下がるように軽く手を振ったので三人はそのまま退出した。
「……というわけで、明日までは自由時間ですね。まだ日暮まで時間もありますし、折角なので帝都の街を見ていらしたらどうですか?」
イザークの言葉に、ヴィオラよりも先にウィルフリードが頷いた。
「そうだな。案内しよう。今夜の宿は、帝国軍の宿舎を使うといい」
ウィルフリードの厚意に甘えることにし、ヴィオラは帝国軍の宿舎に向かうことにしたのだった。
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