終:門出
屋敷に戻ったヴィオラは、事情を父ロクスに報告し、荷物をまとめた。
ロクスはヴィオラが不在にすることに渋い顔をしたが、皇帝陛下から直々に指名があったと言われてしまうと、反対することはできず小さく頷いたのだった。
小さな革袋に荷物をまとめたヴィオラは、自室の隣のアインハルトを訪ねた。
帝都に行くことを告げると、弟は驚いた顔をしたものの、受け入れて頷いた。
「わかった。気を付けて」
「アインも、私がいないからって、くれぐれも無理はしないでね」
「わかっているよ。僕が鎧を着たところで、ヴィオラみたいにはなれないから……でも、僕には僕の役目がある。ここのことは気にせず、行っておいて」
役目、という言葉が僅かに引っ掛かったが、シシェル家に生まれた者としての役目のことを言っているのだろうと結論付け、ヴィオラは片割れに暫しの別れを告げ、屋敷を後にした。
広場に向かって少し進んだところで、ウィルフリードが木に寄り掛かるようにして立っていた。
「ストランド卿……」
彼が滞在しているのは帝国軍の兵士が使っている建屋だ。集合場所に指定された広場はシシェル家の屋敷との間、この先にある。
手荷物を見る限り準備は終えたようだが、わざわざ広場を通り過ぎて来たのだろうか。
「……帝都に戻る前に、聞いておきたいことがある」
「何でしょうか?」
神妙な面持ちで切り出したウィルフリードに、ヴィオラは目を瞬く。
「……求婚の返事だ」
驚くヴィオラに、ウィルフリード至極真面目な顔で続ける。
「本当は、もっと時間を掛けて距離を縮め、口説いた上で返事を聞くつもりだった……だがもしも、第二皇女が皇帝陛下にどうしても俺と結婚したいと頼み込んでいたら、勅命として俺に第二皇女と結婚しろと命じてくる可能性もある」
ヴィオラの脳裏に、あの第二皇女エレオノーラの顔が浮かぶ。
あの皇女なら、ウィルフリードの気持ちなど無視して皇帝である父に結婚したいと頼むくらいのことはしそうだ。
もしも勅命という形で皇女との結婚を命じられたら、ウィルフリードにはそれを断る術がない。
ただ、皇帝はウィルフリードが皇女との結婚の打診を断ってヴィオラに求婚することを一度許している。
その事実がある以上、ヴィオラが求婚に対して承諾をした状態であれば、それを無理矢理白紙にして皇女と結婚しろなどということは、流石にないだろうと思われた。
「……え、ええと……?」
言葉を探すヴィオラに、ウィルフリードは一歩歩み寄る。
「君の気持ちを無視して強引に結婚の話を進めるつもりはない。だが、もし、少しでも俺のことを前向きに考えてくれているのなら、しばらくは求婚を承諾したふりをしてくれないか」
「承諾したふり……?」
「ああ。もし仮に君に断られたとしても、俺はあの皇女とだけは絶対に結婚したくない……だから、可能であれば彼女が諦めるまでは、俺の婚約者のふりをしてほしいんだ」
そう言われてしまうと、断りづらい。
実際、自分が男だったとして、あの皇女と結婚するのは確かに嫌だな、と思ってしまうヴィオラである。
「……わかりました。まずは、婚約者のふりって、ことで……」
渋々答えると、ウィルフリードはぱっと表情を明るくした。
しかめっ面が多い彼の、初めて見る顔だった。
「っ、ありがとう!」
「で、でも! 今回帝都に行くのは、ヴィオラではなく、あくまでも、アインハルトですよ」
「わかっている。君は『妹は婚約を承諾した』と証言してくれればいい」
ウィルフリードそう言って頷く。
小さな仕草一つ取っても、彼が浮かれている様子なのがわかり、ヴィオラはくすぐったい気持ちになるのだった。
足取りの軽いウィルフリードに促されて、ヴィオラはイザークが待つ広場に向かう。
こうして、ヴィオラとウィルフリードとイザークがの三人は帝都へ向けて旅立った。
この先に待ち受けるのは、世界の闇に潜む、新たな脅威。
しかし、この時はまだ、そんなことは誰も知る由もないのであった。
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