拾:招請
それから数日、北の国境は特に変化なく、平穏そのものだった。
それが破られたのは、イザークによるこの言葉だった。
「皇帝陛下より連絡がありました」
騎士団の宿舎の会議室で、ヴィオラとウィルフリード、騎士団の精鋭三名と、帝国軍の少佐と大尉を前に、彼は淡々と話し出した。
「正式な魔王討伐隊を組織することになったそうです。ストランド卿と、アインハルト殿はそのメンバーに選ばれました。会議および任命式出席のため、至急、僕と一緒に帝都へ向かっていただきます」
「え、ち、ちょっと待ってください」
最初に口を挟んだのはヴィオラの部下の騎士だ。
「魔王討伐隊に選ばれたということは、魔王を倒すために壁外へ出るということですよね? それだけでなく、帝都の会議や任命式に出席するとなると、それだけで往復ひと月近くかかるはず……団長は北の国境に必要な人です。そんなにも長期間団長不在で、この地を守ることは……」
それはヴィオラも同じ考えだ。
部下たちの実力は信じているが、結局一番強いのは自分であることをよく理解している。そのため、長期間北の国境から離れることは考えたこともなかった。
しかし、魔王討伐隊の一員に選ばれたということは、皇帝から直々の指名を受けたということであり、それを断ることは基本的に許されない。
と、イザークは表情を崩すことなく答える。
「問題ありません。ストランド卿が敷いた極大魔法もまだ効果が残っていますし、僕が分身をこの地に残して行きますので」
「ディクバウム様の、分身……?」
目を瞬く騎士に、イザークは頷く。
「分身を残していけば、有事の際に僕は即座に駆けつけられます。分身が異変を察知した時点で、本体と共にいるストランド卿とアインハルト殿にもそれを伝えられますし、転移ポータルを設置していけば、一瞬で戻れます」
転移ポータルとは、転移魔法を組み込んだ魔法道具のことだ。
あらかじめ指定した場所への移動に限定されるが、転移魔法が使えない者でも少量の魔力消費で長距離移動が可能になる優れ物である。
しかし、ただでさえ転移魔法は高度な魔法なので、それを道具として創り出せる魔法使いがほとんどおらず、所有者はごく限られた王侯貴族のみという、ほとんど幻の魔法道具である。
「て、転移ポータルですか……? そんな貴重な魔法具を……?」
「しかし、転移ポータルは、万が一魔族や魔物が侵入した時に、ここから帝都に一瞬で入り込まれてしまうという危険性があると……」
騎士が困惑した様子で呟く。
魔物に攻め込まれた時、速やかに増援を送る必要がある国境の地に、転移ポータルが置かれない理由の一つがそれだ。
万が一魔族や魔物が壁の内側に侵入し、転移ポータルを使われてしまえば、一気にこの国の中枢である帝都に入り込まれてしまう。それを危惧して、これまで設置されなかったという経緯がある。
また、転移ポータルは非常に繊細な術式付与が必要な道具故に、一度に多数の人間が使用すると壊れてしまうという危険がある、という理由もある。
「一方向のみの転移にして、更に使用者を限定すればその問題も解決です」
「使用者を限定するなんて、できるのですか?」
今度はヴィオラが首を傾げる。
これまでの転移ポータルは、相互間の行き来を目的に作られているものが主だったが、転移魔法の術式としては相互間の行き来を可能にする場合と一方通行とではそこまで大きく変わらないはずなので、一方向のみの転移ポータル自体は実現可能だろう。
だが、使用者を限定するにはそれなりに術式が複雑になる。
「技術的には可能です。まぁ、術式がやや複雑になるので、並の魔法使いでは難しいでしょうね」
言外に、僕にはできますが、という自信と余裕がありありと滲んでいる。
今代最強の魔法使いという称号は伊達ではない、ということなのだろう。
「実は既に転移ポータル自体はできています。そこに、ストランド卿とアインハルト殿の魔力を登録することで、いつでもこの地に戻ることが可能となります」
イザークの言葉を受けて、ウィルフリードが頷いた。
「そうか。それなら心配はいらないな。討伐隊の任命式はいつだ?」
「指名された者たちが集まり次第、ということですが、一番遠い地にいるのが僕たちですので、僕たちが到着次第ということになりますね」
「討伐隊の隊長は?」
「ビスチェン中将です」
さらりと出された名前に、ヴィオラとウィルフリードが苦虫を噛み潰したような顔をする。
ビスチェン中将。つまり、ダリウス・ビスチェンの次兄である。
ヴィオラは彼に会ったことがないが、部下である弟の不祥事を色々揉み消したと聞いているので、正直良い印象は抱いていない。
そんな人物が、討伐隊を仕切り、自分がその下に入るとなると、不安な気持ちになってくる。
「……ボンクラ三男のことは聞いていますが、中将は元々は真面目な男です。この討伐隊で功績を残して公爵家の名誉挽回を図るつもりのようなので、多少の無茶はするかもしれませんが、下手なことはしないはずですよ」
いくら逮捕されているからと言って、公爵家の三男をボンクラ呼ばわりとは、イザークはなかなかに口が悪い。
大魔法使いらしく帝都の高位貴族の内情にも詳しい彼は、ウィルフリードを振り返った。
「それに、ストランド卿もご一緒ですから、あまり心配はいらないかと」
たしかに、ウィルフリードが一緒だと心強い。
咄嗟にそう考えてしまったヴィオラは、ウィルフリードと目が合って慌てて逸らした。
「……ということで、早速帝都へ向かいましょう。ストランド卿、アインハルト殿、準備ができましたら後ほど広場へお願いします」
話をまとめたイザークに、ヴィオラとウィルフリードは頷いて会議室を退出するのだった。
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