漆:大魔法使い
状況の説明と、呪詛魔法で魔族を倒すという案の相談をするため、ヴィオラとウィルフリードはイザークを騎士団の会議室に案内した。
ウィルフリードが事前に手紙で雷を操る魔族の存在を伝えてくれていたおかげで、イザークが状況を把握するのに時間は掛からなかった。
「……雷を操る魔族……それはかなり厄介ですね」
「ああ。それに、先日現れた魔族は魔王の存在を口にしていた。早急に対策を練る必要がある」
そう言いつつ、既に案があるような口ぶりのウィルフリードに、イザークは興味深げな目を向けた。
「ストランド卿の考えを聞きましょうか」
「呪詛魔法で魔族を倒すことを考えている」
「呪詛魔法ですって?」
イザークは目を瞠る。
そして、静かに首を横に振った。
「危険すぎます。雑魚相手ならいけるかもしれませんが、少なくとも雷を操れるほどの魔力を有する魔族相手に呪詛魔法を仕掛けて、効果があるとは思えません。万が一撥ね返されたら、こちらの命に関わります」
「それをどうにかする手立てはないのか?」
ウィルフリードが食い下がる。イザークは一瞬視線を泳がせた。
それを見逃さず、ウィルフリードはやや語気を強める。
「知っているぞ。お前が、大魔法使いロジーナがロクス・シシェルと結婚すると聞いて、呪詛魔法の研究を始めたことを」
「え……」
ヴィオラが思わずイザークを振り返る。
彼は諦めた様子で嘆息した。
「ええ。僕の敬愛するロジーナ様を奪ったあの男が許せませんでしたからね……とはいえ、ロジーナ様が自らのご意思であの男を選んだのも事実……僕は愛するロジーナ様の愛するものを認めることにしたので、結局呪詛魔法は行使しませんでした」
なんと不穏な思考回路の持ち主だ。それが国の魔法使いのトップでいいのか。
ヴィオラが唖然とするのを尻目に、ウィルフリードは続ける。
「シシェル卿は魔法使いとしても優秀だ。そんな彼に呪詛魔法を掛けようと思ったら、それこそ撥ね返りの危険を考慮するだろう……お前なら、解決策を知っているんじゃないのか?」
図星だったようで、イザークは一瞬言葉を詰まらせた後に溜め息を吐いた。
「……呪詛魔法には、相手との魔力に差があればあるほど効果が出る、という特性があります。相手の方が弱ければ、それだけ速く相手を死に至らしめることができますが、逆に、相手の方が魔力が強い場合は、撥ね返される危険が一気に上がります」
「あの、先程から撥ね返す、と仰っていますが、呪詛魔法を防ぐ方法は、守護魔法のみなのでは? 撥ね返されることがあるのですか?」
ヴィオラが口を挟むと、イザークは頷いた。
「ええ、守護魔法が呪詛魔法を確実に防ぐ唯一の方法であることは間違いありません。ただし、呪詛魔法に限らず、魔法は原則撥ね返すことが可能です。それが容易かどうか、はまた別の話ですが」
「呪詛魔法でも、撥ね返せるんですか……?」
「ええ。呪詛魔法は禁術とはいえ、魔法の原則から大きく外れたものではありませんから。ただし、確実に撥ね返すには、術者の倍以上の魔力が必要です」
すらすらと答えるイザーク。流石は大魔法使いだ。
「倍以上……」
「あくまでも、確実に撥ね返すなら、です。逆に言えば、倍以上の魔力差がないのであれば、呪詛魔法が効果を発揮する可能性が少なからずあるということです」
「それなら、魔族にも効くんじゃ……?」
「魔族の多くは、一般的な人間よりも強い魔力を有しています。これまでの魔族の様子からみれば、魔法の精度は人間の方が高いと思われていますが、呪詛魔法が効く保証もありません」
イザークは、自身が調べたという呪詛魔法に関する情報を教えてくれた。
呪詛魔法は、その強力さ故に少しでも撥ね返りがあると術者本人の命が危うくなること。
また、撥ね返りの一部が、対象者の近しい人物、特に家族などの血縁者に飛ぶ可能性もあるということ。
魔族相手に、人間と同様の効果があるかは完全に未知数であること。
「……ですが、それを踏まえた上で、国家魔法使いたちに、対魔族に向けた呪詛魔法を研究させて、高い精度で魔族を倒せるような魔法を考案させるのは、ありかもしれませんね」
「新魔法の開発となると、気の長い話だな。それほどの猶予があればいいが……」
腕を組んで唸るウィルフリード。
新しく魔法を作り出すとなると、当然かなりの時間がかかる。
しかし、それが完成するまであの魔族が待ってくれる訳ではない。
「……あの、呪詛魔法が術者に撥ね返されたとして、それを再び撥ね返すことは不可能なんですか?」
「不可能ではありませんが……」
歯切れ悪く返すイザークは、思案するように唸った。
「魔法として飛ばされた魔力は必ずしも矢のように真っ直ぐ飛ぶ訳ではありません。まして、一度撥ね返されたものは、よりその軌道が複雑になります。更にそれを撥ね返そうと身構えていても、狙い通りに返ってこないことも充分ありえます。それを正確に相手に向けて打ち返すのはかなり厳しいでしょう」
そして、撥ね返されて行先を失ったその呪詛魔法が、どこでどのように発動するかはわからない。
つまり、絶対的に不可能という訳ではないが、現実的ではない、ということだ。
「……まぁ、呪詛魔法を研究して対魔族に通用する魔法を考案する、という件については、俺から皇帝陛下に進言しよう」
「いえ、ストランド卿、それは僕から伝書魔法で一報入れましょう。皇帝陛下は、呪詛魔法の解禁にはかなり慎重になるでしょうから」
「……それはそうだろうな」
納得した風情で頷くウィルフリードに、ヴィオラが首を傾げる。
と、ウィルフリードは彼女を見て目を瞬いた。
「……時の皇帝が呪詛魔法を禁じた理由を知らないのか?」
「危険だから、ではないのですか?」
「そうだ。では、誰が最も危険に晒されると思う?」
「……あ」
気が付いたヴィオラは思わず呟いた。
そうか。時の皇帝が呪詛魔法を禁じたのは、自らが暗殺されることを防ぐためだったのか。
皇帝は帝国を統治すると同時に支配する人物だ。
国の最高権力者である彼の周りは、常に権力を欲する貴族たちで溢れ返っている。
「実際、当時の皇帝の正妃は、呪詛魔法で亡くなられたそうです。公にはなっていませんがね」
イザークの補足に、ヴィオラは息を呑む。
辺境の地で魔物と戦ってばかりの自分にとっては、他人を呪詛魔法で殺すなんて理解し難い話だ。
権力は、そこまで人を狂わせるのか。
「とにかく、この件は一旦僕が預かります。今は、雷を操る魔族の対策の方が優先でしょう」
イザークの言葉に、ヴィオラとウィルフリードは頷くしかないのだった。
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