伍:恋敵
今後の方針と、暫定的な対策が固まったところで会議は終了し、ヴィオラも休息のために自宅へ戻ることにした。
自宅の扉を開けると、執事のカステンが慌ただしく駆けて来て、応接間にエレオノーラ皇女が居座って、ヴィオラに会うまで帰らないとごねていると告げてきた。
ヴィオラは深々と溜め息を吐いて、仕方なく準備ができ次第行くと伝え、ただでさえ疲弊しているのに、更に重くなった気がする身体を引き摺るように自室へ向かった。
手早く湯浴みを済ませ、身支度を整えたヴィオラが応接間に向かうと、かなり苛立った様子のエレオノーラと、疲れた顔の女騎士二人がいた。
「第二皇女エレオノーラ殿下にご挨拶申し上げます。ヴィオラ・シシェルと申します」
「遅いですわ! この私をどれだけ待たせるつもりですの!」
ヴィオラの挨拶を遮るように、エレオノーラは強い口調で非難した。
魔族と戦ってましたとは言えないので、カステンが誤魔化すために使ったという言い訳をそのまま口にする。
「領地内の視察に出ておりましたので。事前にご連絡さえいただけておりましたらお出迎えいたしましたが、いらっしゃることを存じ上げず大変失礼いたしました」
ヴィオラが領地経営を手伝っているということは社交界でも知られているので、その言い訳は不自然ではない。
事前の通達もなく突然訪問してきたのはエレオノーラの方なので、彼女は悔しそうにしながらも口を噤んだ。
「皇女殿下が、私にどのようなご用件でしょうか?」
向かいのソファに腰を降ろしながらにこやかに尋ねると、彼女は腕を組んで鼻を鳴らした。
「ウィルフリード様は貴方に相応しくないわ。求婚は辞退なさい」
「……はい?」
彼女の用件がウィルフリードからの求婚の件だろうとは思っていたが、まさか単刀直入にそう言われるとは思っておらず、ヴィオラは首を傾げる。
と、エレオノーラは苛立った様子で声を荒らげた。
「呑み込みが悪いわね! 辺境の伯爵令嬢が、侯爵家のウィルフリード様と釣り合う訳ないでしょう! 少し考えたらわかることでしょうに、これだから田舎者は……!」
初めて会う相手に、ここまでこき下ろされるのは初めてだが、いっそ清々しい程の嫉妬の念だと、妙に感心してしまうヴィオラである。
何と返そうか言葉を探すヴィオラだが、そんな彼女の対応に焦れたエレオノーラがちっと舌打ちした。
「さっさと頷きなさい! 私はウィルフリード様に相応しくないので辞退しますと!」
そう叫びながら彼女がすっと右手を上げたのを見て、ヴィオラは咄嗟に己の右手を構える。
エレオノーラの魔力がぶわりと舞い上がる。
皇帝一族は皆、とても強い魔力を有している。
特に現皇帝は、自身が国家魔法使い並みの魔法の才を有しているらしく、その子供である皇子と皇女も、強い魔力と秀でた魔法の才を有していると聞いたことがある。
「……私に攻撃するおつもりですか?」
いつでも防御魔法を展開できるように構えながらヴィオラが尋ねると、エレオノーラはうっそりと笑った。
「あら、そんなことはしないわ。貴方が大人しく、ウィルフリード様からの求婚を断ると、約束さえしてくだされば」
「ストランド卿ご本人にお返事する前に、他人にそんな約束をするような不誠実な真似、私にはできません」
「っ! この……!」
ヴィオラがきっぱりと断わると、エレオノーラの魔力が明確な敵意を孕んで更に部屋中に広がった。
その、刹那。
ヴィオラの目の前に魔法陣が顕現した。
エレオノーラの攻撃魔法かと一瞬構えたが、違う。
これは―――――。
「転移魔法……?」
離れた空間を移動する、超上級魔法だ。
移動する距離と人数に応じて、魔力の消費が増えるという特性がある。
淡い光が弾け、その場に現れたのは、今まさに話題に上っていたウィルフリードだった。
「ストランド卿……」
「ウィルフリード様……!」
二人が愕然とする中、ウィルフリードは即座に状況を把握したらしく、さっとヴィオラを庇うようにエレオノーラに対峙した。
「殿下、私が先程何と申し上げたか、もうお忘れですか?」
冷たく尋ねると、エレオノーラは視線を泳がせた。
「わ、私は別に……」
「何もしていないと? それなら何故、私が彼女に持たせた『その身に危険が迫ったら知らせる魔法道具』が反応したのですか?」
ヴィオラははっとして首元を見た。
湯浴み時に急いでいたことと、普段ペンダントなど着けないことから、外すのを忘れていた。
なるほど、敵意の籠った魔力などに反応する魔法道具だったのか。
エレオノーラが絶句して項垂れる。
その肩を、女騎士の一人がそっと叩く。
「殿下、今日の所は城へ戻りましょう」
そう諭した後、更に何かを囁いたようだったが、ヴィオラには聞き取れなかった。
エレオノーラは唇を噛むと、ふんとそっぽを向くようにしてそのまま応接間を後にしていった。
「……突然屋敷に上がり込む形になってすまない。君に危険が迫っているのかと思ってつい……」
「いいえ、ありがとうございました」
あのままだったら、皇女相手に魔法での戦闘になっていただろう。
そんなことになれば自分は不敬罪に問われかねない。
「……まさか、皇女があんな暴挙に出るなんてな……君にペンダントを渡しておいて正解だった」
深々と溜め息を吐いたウィルフリードは、嫌な予感を覚えてヴィオラを振り返った。
「だが、あれで引き下がるとも思えない……くれぐれも気を付けてくれ」
「わかりました」
同感だと、ヴィオラは頷く。
もしも皇女が暗殺者を雇って自分を殺そうとしてきたとしても、並みの人間であれば勝つ自信はあるが、用心するに越したことはない。
もしかしたら、呪詛魔法を使って呪い殺そうとしてくる可能性もあるのだ。
呪詛魔法は、遠隔地にいる相手を呪い、死に至らしめる魔法だ。帝国の法律によって堅く禁じられている禁術であり、それに関連する魔法書は、帝都の神殿の禁書棚に封じられているらしいが、皇女ならそれを見ることができるかもしれない。
呪詛魔法を防ぐ方法は、一つしかないとされている。
守護魔法という、神聖魔法に分類される特殊な魔法による防御だ。
それを扱える者は魔法使いの中でも一握りであり、魔法が使えない一般人では呪詛魔法を防ぐ手立てがないため、時の皇帝が呪詛魔法の使用を禁止したという経緯がある。
ヴィオラは守護魔法を扱えない。もしも呪詛魔法で呪われたら防げない。
そこまで考えて、ヴィオラはあることに思い至って顔を上げた。
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