肆:第二皇女
壁内に戻り、騎士の宿舎にある会議室に向かったヴィオラとウィルフリードは、そこで待ち構えていた人物を見てぎょっとした。
豪奢な紫のドレスに身を包み、皇室の紋章を付けた軍服を纏った長身の女を二人後ろに控えさせた人物がそこにいたのだ。
年の頃は十代後半、金髪翠眼のその女は、どう見ても、第二皇女エレオノーラ・ゴッテスフルスである。
「……皇女殿下にご挨拶申し上げます。このような辺境に、一体どのようなご用件で?」
ウィルフリードがとりあえず一礼して挨拶の言葉を口にする。
ヴィオラもそれに倣って頭を下げた。
「ウィルフリード様! 貴方が辺境貴族の令嬢ごときと婚約したと聞いて、いてもたってもいられず参りましたのよ!」
エレオノーラは、ずいとウィルフリードに詰め寄って来た。
ヴィオラの存在などまるで見えていないようだ。
ちらりと背後の女性騎士を見ると、二人とも少々疲れたような、呆れたような顔をしている。
ああ、普段から控除のわがままに振り回されているんだな、と密かに同情するヴィオラである。
と、女性騎士の一人がアインハルトに扮しているヴィオラと目が合い、少しはにかむように微笑んだ。
「婚約はまだしておりません。私が求婚しただけです」
ウィルフリードが淡々と答えると、エレオノーラは目を瞠った。
「き、求婚っ? まさか、ウィルフリード様から……?」
「ええ。私がヴィオラ嬢に心を奪われたので。まだ返事をいただけておりませんが」
「そ、そんな……どんな家からの縁談も断っていると聞いていましたのに……」
ぶつぶつと呟くエレオノーラに、ウィルフリードは冷たく言い放つ。
「この北の国境は、皇女殿下がいらしてよいような場所ではございません。早急に帝都へお帰りください」
「い、嫌ですわ! せめて、ヴィオラ・シシェルと会わなければ帰れません!」
ヒステリックに叫ぶエレオノーラに、ウィルフリードはすっと目を細める。
「ヴィオラ嬢と会ってどうするおつもりです? 念のため申し上げますが、私が勝手に彼女に惚れ込んで求婚したのです。それを邪魔するおつもりなら、皇女殿下とて許しませんよ」
その言葉を受けたエレオノーラは唇を噛み締め、その場から駆け出して去っていってしまった。護衛の女騎士二人もそれに追随する。
「……大丈夫ですか? 不敬罪に問われたりしたら……」
「俺は真っ当なことしか言っていない。皇帝陛下が、ヴィオラ嬢への求婚を認めてくださっているのに、皇女に反対する権限などありはしない」
彼はこともなげにそう嘆息して、会議室の扉を開けた。
ヴィオラはなんだか嫌な予感を覚えつつも、今はあのヴォルと名乗った魔族への対策が優先だと己に言い聞かせてそれに続くのだった。
魔族対策会議の参加者は、ヴィオラとウィルフリードの他、シシェル家の騎士団から三名と、帝国軍兵士から国境に常駐している少佐と大尉の二名、計七名。
机に大陸の地図を広げ、顔を突き合わせて作戦を練る。
ヴィオラが先程起きたことを報告すると、大尉が目を剥いた。
「アインハルト殿、本当ですか? 雷雲、および雷を操る魔族なんて、聞いたことがありません」
「本当だ。雷を生成しているのか、操っているのかはわからないが、奴の魔力に反応して雷が落ちたのは間違いない」
ヴィオラがそう答えると、彼らは顔を見合わせた。
「魔族が天候を操れるとなると……」
「もしも魔王がいるとしたら、それよりも強いということになるよな……?」
「ああ。それに、魔族の総数も気になる。今までは、数千の魔物に対して一の魔族くらいの割合だったが、それよりも増えているとしたら……」
絶望的な敵の強さを想像して、皆が視線を落とす。
と、ダン、とウィルフリードが机を拳で叩いた。
「狼狽えるな。相手の力量がどれほどであろうが、俺たちは逃げる訳にはいかないんだ。今はとにかく、対策を練るしかない。まずは、早急に国家魔法使いの派遣を要請する。それと、しばらくは厳戒態勢を崩すな」
「は!」
落ちかけていた士気を一瞬で戻したウィルフリードは、一同を見渡した。
「もし、本当に魔王なんてものが存在しているのだとしたら、これまでのように防戦一方ではなく、こちらから攻めてその魔王の首を取り、未来永劫魔物の脅威から解放される道もある、ということだ」
皆がごくりと息を呑む。
「もちろん、それがいかに難しいことか、俺もわかっている。だが、このままではいずれ国境を破られてしまう可能性だってある。こちらの戦力が削がれる前に、相手の主力を潰す方が得策だとは思わないか?」
「それは、もちろん……」
「し、しかし、万が一失敗したら、我が国の種戦力を失うことになります! それこそ、国境を維持することも難しくなってしまいます!」
そう反論したのは大尉だ。
「それは承知の上だ。それに、いずれにしても今すぐどうこうできることじゃない。魔王の居場所も、敵の総数もわからないのに仕掛けることはできないからな……まずは情報を集めることだ。帝都から、より多くの兵士を派遣させ、可能であれば魔族を生け捕りにして情報を引き出す」
ウィルフリードのその意見には、誰も反対しなかった。
ただ、ヴィオラだけが、先程退治した魔族やエイクに化けていた魔族を思い浮かべ、あれらを生け捕りにすることが本当に可能なのかと不安を抱いていた。
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