参:天候を操る魔族
固唾を呑んで北の空を見守っていたヴィオラが、目を細めた。
「……来た」
黒い雲が広がっていく。
その下に、赤い眼をぎらつかせた魔物の群れ。先頭には、巨大な狼のような形をした魔物に跨る、人間とそっくりな姿をした人物の姿。
「砲撃隊! 迎撃部隊! 構えろ!」
ヴィオラの号令と共に、壁上の兵士たちが大砲を構え、第二陣の罠の前に並んだ騎士たちが一斉に剣を抜いた。
「撃て!」
大群が罠魔法の第一陣に到達するより先に、ヴィオラの合図で一斉に砲撃を開始する。
刹那、黒い雲の向こうに、閃光が走った。
その直後、雷鳴が轟く。
大気が震えるほどの低い音に、兵士や騎士たちの間に緊張が走る。
次の瞬間、凄まじい音と共に、第一陣の罠魔法の上に雷が落ちる。
大地が揺れ、爆風が巻き起こった。
「防御魔法!」
誰かが叫ぶ。
咄嗟に展開された防壁魔法が雷撃の余波を受け止めたが、複数人で維持していた魔法障壁が大きく軋んだ。
「今の一撃で……?」
騎士の一人が息を呑む。
直撃ではない。
それでも、これほどの威力。
もしもあれが人間の集団に落とされたなら、ひとたまりもない。
「怯むな!」
ヴィオラが声を張り上げる。
「相手が強大でも、我々がやることは変わらない! 魔物を壁内へ入れるな!」
「は!」
その声に応えるように、騎士たちは再び魔力を集中させた。
ヴィオラは一人、黒雲の下にいる魔族を見据える。
報告通りだった。
長い黒髪。人間の青年と変わらない姿。
しかし人間とは明らかに異なる、血を吸ったような深紅の瞳。
あれが、先ほど偵察隊を退けた魔族。
ヴィオラは剣を構える。
すると、その魔族がこちらを見た。
距離があるにもかかわらず、視線が交わった気がした。
そして。
魔族は、僅かに口元を歪めた。
何かする気だ、そう察した瞬間、ヴィオラは飛翔魔法を唱えて飛び上がった。
そのまま、一瞬で最高速度を出して、斬裂魔法を纏った剣で魔族に斬りかかる。
魔族は、魔力を具現化したような黒い光で、ヴィオラの剣を受け止めた。
そして、心底愉快そうに嗤った。
「お前は来ると思ったぞ。英雄アインハルト……いや、ヴィオラ・シシェル」
「っ!」
一瞬で正体を見破られたのか、それとも最初から知っていたのか。
僅かに動揺するヴィオラだが、彼を倒すという自分の責務は変わらない。
「思った通りだ」
うっそりと目を細める魔族に、ヴィオラは立て続けに剣を振るった。
次の瞬間。
再び空がごろごろと唸った。
黒雲の中から、無数の雷光が走る。
そこへ、迎撃部隊や砲撃隊が放った砲撃や魔法攻撃が飛んでくるが、雷がそれらを迎え撃ち、爆発音と共に、すべての攻撃が空中で消滅してしまった。
「相殺……!」
ヴィオラが目を瞠る。
雷が落ちる瞬間、目の前の魔族の魔力が動いたのを、見逃しはしなかった。
つまり、この魔族はこの雷を正確に操っているのだ。
「貴様は何者だ?」
ヴィオラが低く尋ねると、魔族は再び唇を歪めた。
「我は……ヴォル」
魔族にも名前があるのか。
そんなことに感心する。
その名を口にした瞬間、周囲の魔力が一瞬だけ揺らいだ。
「ヴォル……?」
繰り返したヴィオラに、彼はふっと表情を緩めた。
魔族でもそんな人間みたいな顔をするのか、と戸惑うヴィオラに、ヴォルと名乗った魔族は、ゆっくりと空を見上げ、僅かに眉を顰めた。
「……嫌な魔法が仕掛けられているな」
ウィルフリードが仕掛けた極大魔法を見破った彼は、再びヴィオラを見た。
「……まぁ、今回は十分だ」
「え……?」
「確認は完了した」
その瞬間、ヴォルが手を掲げる。
黒雲の中で雷が渦巻いた。
「防御魔法!」
ヴィオラが叫ぶ。
騎士たちも、ウィルフリードの指示か一斉に防御魔法を展開したのが視界の隅に映った。
しかし、意外にも雷は騎士たちには向かわなかった。
轟音と共に、周囲一帯へ落ちる。
土煙が舞い上がり、視界が白く染まる。
「……っ! 風刃魔法!」
魔法で風を起こし、土煙を払ったヴィオラが目を開けた時、そこに、魔族の姿はなかった。
黒雲は薄れ始め、魔物たちも次々と撤退していく。
「……何だったの……」
思わず呟いたヴィオラだが、一旦飛翔魔法で迎撃部隊に戻る。
「団長! ご無事でしたか!」
「急に撤退していきましたが、一体何が起きたのですか?」
「追撃しますか?」
駆け寄って来た部下の騎士たちが次々に尋ねてくる。
ヴィオラは北の空を睨んだ。
「……いや」
追えば罠の可能性がある。
何より。
あの魔族は、最初から国境を本気で攻める気がなかったのだと思う。
何かを確認をしにきた、そんなことを言っていた。
「被害確認を。負傷者を優先しろ」
「は!」
騎士たちが動き出す。
ヴィオラは一人、消えていった黒雲を見つめた。
すると。
「アインハルト殿!」
遠くからウィルフリードが駆けてくる。
「無事か!」
その言葉に、ヴィオラは頷く。
「ええ、無事です。問題ありません」
「そうか……急に撤退していったが、何があった? こちらの攻撃は全て無効化されるくらい向こうが優勢だったはずだ」
「極大魔法を見破られたようです天気……あと、あの魔族は戦いに来たというより、何かを確認しにきた様子でした」
「確認……?」
ウィルフリードが剣呑に目を細める。
「……とにかく、君が無事でよかった。その魔族を倒せていないのなら、早急に対策を練ろう。もしかしたら間をあけずに再び襲撃してくるかもしれない」
「そうですね」
ウィルフリードに促され、ヴィオラは迎撃部隊の見張りだけ残して、壁内に引き上げるのだった。
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