零:束の間のお茶会
ウィルフリードが北の国境に戻って来てから、数日が経った。
その間、特に魔物の動きが活発化することもなく、あの時の大群による襲撃は、やはりエイクに化けていたあの魔族が遠隔で魔物を操っていたのだろう、と推測された。
「……あの、ストランド卿」
ヴィオラが、家の応接間でウィルフリードと対面しながら、おずおずと彼を見た。
紅茶を口に運びながら、彼は紫の瞳をヴィオラに向ける。
「何だ?」
「これは、一体どういう……?」
今のヴィオラは、あくまでヴィオラ・シシェルとして、客人のウィルフリード・ストランドをもてなしている状態である。
間もなく定期視察を終えるウィルフリードが、「縁談を申し込んだので、見合いの一環としてヴィオラ嬢と話す機会がほしい」という希望を申し出てきたので、シシェル家当主であるヴィオラの父ロクスがお茶会という形で叶えたのだ。
「……ゆっくりヴィオラ嬢と話がしたいと思ったんだが……嫌だったか?」
「嫌という訳では……」
「定期視察は今日で終わりだ。明日にはここを発つ」
そう言いながら、彼は視線を窓の外に投じた。
麗らかな日差しが差し込んでいるが、風は冷たく、外へ出ると冬が近いことが伺える。
「……この地の冬は厳しいか?」
「まぁ、それなりに……例年、雪は膝くらいまで積もりますね」
「……そうか……寒いのは苦手だ」
苦虫を噛み潰したように話すウィルフリードに、ヴィオラは目を瞬く。
「それなら、次の定期視察も今くらいの時期にすればよいのでは?」
彼の自宅がある帝都は、この地よりもかなり南にあるため、冬でも雪は滅多に降らないはずだ。
そう思って何気なく答えると、ウィルフリードはむっと眉を寄せた。
「俺が婿入りしたらこの地に住むことになる。そうなれば、冬が来るたびに帝都に逃げる訳にはいかないだろう」
「……あ」
彼の言いたいことを理解したヴィオラが頬を紅潮させて少し俯く。
彼に求婚されている事実は認識しているが、いまいち実感が湧かない。
まして、彼と結婚して、共にこの地で暮らすことなど、今の時点でまったく想像がつかない。
なんだか居た堪れない心地になり、ヴィオラは思考を巡らせた。
とりあえず話題を変えることにする。
「……そういえば、ビスチェン卿はどうなったのですか?」
先日の事件の後始末で連日ばたついていたため、すっかり失念していた。
魔族の甘言に惑わされて、上官を手に掛けようとしたとなると、いくら公爵家の権力があっても揉み消せはしない。
罰は、よくて終身刑、最悪は死刑だろうと思われた。
「元々今回は、壁内に潜入していた魔族の甘言に乗ってしまっただけで、魔族を引き入れた訳ではないとみられているが、いずれにしても上官殺しは重罪だからな。未遂とはいえ、普段の言動から責任は重いとして、城の地下牢に一旦投獄されていて、今は裁判の準備で余罪が調査されている」
「余罪……?」
「三年前に上官の命令を無視して兵士を無駄死にさせ、国境維持に重大な危機をもたらしたことも、今になって問題視されていてな。元々問題行動の多い奴だったから、皇帝陛下からも細かく調査するようにと指示が出たんだ」
と、そこまで答えたウィルフリードは少しだけ不機嫌そうに眉を顰めた。
「……仕方のないことといえど、折角二人きりで過ごせているのに、他の男の話をするのは、面白くないな」
嫉妬か。
まさか冷徹大佐と呼ばれるウィルフリードがそんなことを口にするとは意外で、ヴィオラは眉を上げた。
「……ストランド卿も、そんなことを仰るのですね」
「ウィルフリードだ」
「え?」
「君には、名前で呼んでほしい。できれば、ウィルと」
じっと自分を見つめてくるウィルフリードに、ヴィオラは頬が熱くなるのを感じた。
「ま、まだ、結婚を承諾した訳じゃ、ないので……」
しどろもどろになりつつもそう答えると、彼はふっと笑みを零した。
「そうか。なら、承諾してくれる時、そう呼んでくれ」
何だか彼のペースに呑まれている気がしながらも、恋愛経験のないヴィオラは頷くしかできないのだった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




