第16話 本物の悪意
本日2話目です。
その夜――違和感は、はっきりと形を持っていた。
「……来るな」
根拠はない。だが確信がある。
前回とは違う。
“本物”が来る。
ーーー
空気が、わずかに歪んだ。
「こんばんは」
背後からの声。
振り向く必要はない。
「リリスだな」
「正解」
くすり、と軽く笑う気配。
だが前とは違う。
曖昧だった輪郭が、今ははっきりしている。
――存在している。
「今日は本気よ」
ーーー
次の瞬間、世界が塗り潰された。
闇。
音が消える。
足元の感覚が曖昧になる。
空間そのものがねじ曲がったような違和感。
「……なるほど」
俺は動かない。
これは――
感覚遮断に加え、認知改変。
典型的な精神干渉だ。
「普通はここで終わり」
リリスの声だけが、どこからともなく響く。
「自分がどこにいるかも分からなくなる」
「だろうな」
だが。
「無意味だ」
ーーー
俺は目を閉じる。
視覚を捨てる。
聴覚。嗅覚。気配。
そして――殺気。
研ぎ澄ます。
削ぎ落とす。
残るのは、“敵意”だけ。
「……そこだ」
踏み込む。
「なっ!?」
驚愕の声。
手応え。
確かに、斬った。
ーーー
歪んでいた世界が、元に戻る。
リリスが距離を取っていた。
「……ありえない」
その顔に、初めて焦りが浮かぶ。
「どうして見えるの?」
「見てない」
俺は淡々と答える。
「感じてる」
「……気持ち悪いわね」
リリスは笑う。
だが、その目は笑っていない。
ーーー
「でも、それだけじゃない」
空気が変わる。
次の瞬間――
視界に映ったのは、セレスティアだった。
地面に倒れ、血に濡れている。
「……!」
胸が一瞬、強く揺れる。
「どう?」
リリスの囁き。
「守れなかった未来」
頭では分かっている。
これは幻だ。
だが――感情は別だ。
ほんの一瞬、判断が鈍る。
だが。
「……浅いな」
俺は前へ出た。
幻を無視して。
「そんな安い誘導に引っかかるか」
一閃。
ーーー
リリスの肩が裂ける。
「っ……!」
大きく後退。
「……やるわね」
その声音に、わずかな本気が混じる。
だが――
「ここまで」
その姿が、霧のように揺らぐ。
「まだ殺せない」
「逃げるのか」
「違うわ」
微笑む。
「“試した”の」
ーーー
消えかけながら、リリスは言った。
「次は壊す」
「あなたも」
「その女も」
完全に気配が消える。
ーーー
静寂が戻る。
「……面倒なやつだな」
剣を納めながら、俺は呟く。
あれは危険だ。
単純な戦闘力ではない。
精神を破壊するタイプ。
だが――
「対処は分かった」
わずかに口元が緩む。
ーーー
背後に気配。
振り返ると、セレスティアが立っていた。
不安げな表情。
「……何か、いましたよね」
「ああ」
短く答える。
「強敵だ」
「……勝てますか」
一瞬の沈黙。
だが、迷いはない。
「勝つ」
その言葉に、セレスティアは強く頷いた。
次から3章「王都崩壊編」に入ります。




