第14話 聖女の干渉
王都――。
重厚な石造りの一室に、張り詰めた空気が満ちていた。
「……失敗、ですの?」
静かな声だった。
だが、その一言だけで、場の温度が確実に下がる。
ダリアンは椅子にもたれたまま、跪く騎士を見下ろしている。
その表情は微動だにせず、ただ淡々と報告を待っていた。
「は、はい……魔獣の規模が想定を超えており……」
騎士の声はかすかに震えている。
「それで?」
短く、冷たい問い。
逃げ場を与えない声音だった。
「辺境伯令息の介入により、撤退を……」
言い終えた瞬間――沈黙が落ちた。
重い。息が詰まるほどに。
「……なるほど」
ダリアンは、ゆっくりと微笑む。
その笑みは優雅で――そして、底知れず冷たい。
「役に立ちませんわね」
びくり、と騎士の肩が跳ねた。
「申し訳――」
「もういいです」
言葉は最後まで許されなかった。
興味を失ったように、視線すら向けない。
それだけで、自分の価値が切り捨てられたのだと理解させられる。
「下がりなさい」
騎士は何度も頭を下げながら、逃げるように部屋を後にした。
―――
扉が閉まり、室内には二人だけが残る。
「お父様」
「はっ」
男爵が深く頭を下げた。
先ほどの騎士とは違う。だが、その背にも緊張が走っている。
「どうやら、想定以上に厄介ですわね」
「ヴァルカス……ですか」
「ええ」
ダリアンは窓辺へと歩み寄る。
王都の夜景が広がる中、その視線は遥か遠く――辺境の地へ向けられていた。
「ただの辺境の令息ではありません」
報告された戦果。
常識ではあり得ない被害の抑制。
そして、魔獣の群れを退けたという事実。
「……明らかに異常ですわ」
一拍の間。
「邪魔ですわね」
静かに、しかしはっきりと告げた。
―――
「次の手を打ちます」
ゆっくりと振り返る。
その瞳には、すでに次の一手が映っていた。
「リリスを使いなさい」
男爵の表情が強張る。
「し、しかし……あれは……危険すぎます」
言葉を選びながらも、明確な拒否の色。
だが――
「命令です」
にこり、と微笑む。
柔らかな仕草とは裏腹に、絶対的な圧が空気を支配する。
逆らうという選択肢は、最初から存在しない。
「……承知しました」
男爵は深く頭を下げた。
その額には、うっすらと汗が滲んでいた。
―――
一人になったダリアンは、小さく息を吐く。
「セレスティア……」
その名を、静かに口にする。
懐かしむように。
あるいは――執着するように。
「本当に、しぶとい方ですわね」
だが、その唇はゆっくりと歪む。
「だからこそ、価値があります」
瞳が妖しく揺れる。
「壊しがいがありますもの」
―――
その夜。
王都の地下深く。
灯りの届かぬ闇の中で――
「呼んだ?」
甘く歪んだ声が響く。
気配はひとつ。だが、その存在感は異様だった。
「仕事だ、リリス」
男爵が低く告げる。
「辺境伯領へ向かえ」
一瞬の沈黙。
そして――
「へえ……」
くすり、と笑う。
楽しげに。
獲物を見つけた獣のように。
「面白そう」
―――
遠く離れた辺境伯領。
夜風が静かに草原を揺らしていた。
セレスティアが、ふと空を見上げる。
「……何か、嫌な感じがします」
その呟きに、
「気のせいじゃない」
俺は即答した。
「新しい敵が来る」
確信に近い直感。
そして――
(今までで一番、厄介なタイプだな)
理由は分からない。
だが、本能が警鐘を鳴らしている。
空気が、変わり始めている。
――嵐が来る。




