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サバゲに潜む魔物

インドアの老舗をホームとするRagdollにとって、屋内戦は最も牙が研ぎ澄まされる聖域のはずだった。しかし、遠征したインドアフィールドには、彼女たちの経験則を嘲笑う「魔物」が潜んでいた。センチメートル単位で計算された交差射線と、地元のトップクランによる無慈悲な先制攻撃。完璧だったはずの「3-2」のタイムラインが狂い始めたとき、リーダー・オセロットの絶対的な統制と、新風アテナの流動的な戦術思想が、クランの命運をかけて激しく衝突する。

第三話:

迷路のように入り組んだ無数のベニヤ板の壁、視界を遮る何重もの遮光ネット、そして足元に転がるBB弾の乾いた音が反響する。そこは、新生Ragdollが初めて遠征先に選んだ、関東屈指のインドアサバイバルゲームフィールドだった。


老舗のインドアフィールドをホームグラウンドとし、暗がりでの超至近距離戦闘(CQB)のノウハウを骨の髄まで叩き込まれているRagdollにとって、インドアという環境そのものに対する未知の恐怖や苦手意識は一切ないはずだった。むしろ、最も得意とするキャット・ムーブがいかんなく発揮されるステージの隠密戦になるはずだった。


インドア戦におけるセラの兵装も、アウトドアでの長大なボルトアクションから、消音性能に優れた次世代電動ガン「MP5SD6」へと切り替えられており、近接戦闘への備えに死角はない。

しかし、この日の定例会には、Ragdollの想定を超える「インドアの魔物」が潜んでいた。


エントリーした総勢36名のアジリティの高いゲーマーたちは、運営によって赤、黄、青の3チーム(各12名)に等分され、1日をかけて総当たり戦を行う変則マッチが組まれた。Ragdollの5人が配属されたのは「黄チーム」。他の2チームの顔ぶれを見ると、赤チームは即席のサバゲ仲間が集まった平均的な強さの構成だったが、青チームは一目見て異質だった。統一された黒い装備に身を包み、鋭い眼光を放つその集団は、この遠征先フィールドの構造をセンチメートル単位で熟知し、音もなく裏を取ることで恐れられるトップクランだった。


「ホームのインドアと同じ要領でクリアしていけば問題ないわ。基本は訓練通り、3-2のフォーメーション。私を中心にタイトにラインを統制するわよ」 チームリーダーの「オセロット」こと進藤麻耶が、無線を通じてメンバーに声をかける。

しかし、その声にはいつもの絶対的な冷静さの裏に、遠征先の見知らぬ視線レイアウトに対するわずかな焦燥が滲んでいた。


第一ゲーム、青チームとの対戦。スタートのブザーと同時に、Ragdollの5人は得意の5マンセルを展開しようと試みた。だが、このフィールド固有の「ミリ単位の隙間」が、彼女たちの戦術を無慈悲に引き裂いた。

「エントリー!」 前衛の「リンクス」こと岩見凛が、サプレッサー仕様のMP5SD5を構えて最初のコーナーに滑り込む。彼女の足運びは完璧だったが、相手のクランは、ベニヤ板の継ぎ目のわずか数ミリの隙間から銃口を覗かせ、Ragdollの突入動線を完璧に予測して待ち構えていた。


「リンクス、右の隙間から射線が通ってる! 戻って!」 セカンダリーの「バーマン」こと一番合戦葵が叫んだ瞬間には、すでに遅かった。パパン! と小気味よいガスガンの音が至近距離で響き、リンクスの肩にBB弾が着弾する。

「ヒット!」 Ragdollの絶対的なポイントマンが、開始わずか30秒で無力化された。


さらに混乱は続く。最後方でリアセキュリティーを担う「セラ」こと渡辺未来は、サプレッサー仕様固定ストックMP5SD6で確実に後方をロックしていた。しかし、ホームよりもさらに交差射線が細かく配置されたこのフィールドの構造が、Ragdollのタイムラインを狂わせていく。

「正面、2人来ます!」 セラが射線をスイッチしようとした瞬間、隣の部屋のベニヤに開けられた小さな「抜き穴」――ホームのフィールドには存在しない死角から銃口を突き出してきた青チームのアタッカーに、真横から胸元を撃ち抜かれた。「ヒット!」とセラが声を上げる。


「嘘でしょう……!? バーマン、左の通路を抑えて!」 オセロットが激を飛ばすが、連携の鎖が切れたRagdollは脆かった。バーマンのMP5A5が火を吹く前に、死角から回り込んできた敵の一連のバースト射撃が彼女のタクティカルベストを叩く。

「ヒット!」 気がつけば、残されたのは指揮官のオセロットと、前衛に回っていた「アテナ」こと青木朋佳の2人のみ。焦ったオセロットは自らラインを立て直そうと前進したが、完全に敵の機動力に先手を打たれ、十字砲火の中に身を晒す結果となり、無念のヒットコールを上げる。

残されたアテナは、電光石火の如く、驚異的なフットワークで3人の敵を返り討ちにしてみせたものの、数に押し切られてタイムアップ。第一ゲームは完敗だった。


セーフティエリアに戻ったRagdollの空気は、かつてないほど冷え切っていた。

「私たちの技量が負けているわけじゃない。このフィールド特有の射線の構造上、前衛の突入タイミングをもっと慎重にするべきよ。次は私が全ての角の手前でラインを統制するから、私の号令を待って動いて」 オセロットはテーブルにマップを広げ、険しい表情でペンを走らせる。彼女の戦術眼は、ガチガチに固めたトップダウンの指揮管理でこの難局を乗り切ろうとしていた。


しかし、それに異を唱えたのは、普段は笑顔を絶やさないアテナだった。

「オセロット、それは逆だと思います。このフィールドの狭さとテンポだと、指揮官の指示を待って一歩止まるその『コンマ数秒』が命取りになります。前衛の裁量をもっと広くして、お互いのカバー範囲を感覚で補い合う、流動的なローテーションに切り替えないと、青チームのスピードには追いつけません」

「感覚で動けと言うの? そんなの戦術でも何でもないわ。統制を失ったチームはただの烏合の衆よ」 オセロットの目が鋭く光る。完璧な統率による美しいフォーメーションを美学とする彼女にとって、アテナの提案はチームの根幹を否定するものに聞こえた。

「でも、今のガチガチのやり方じゃ、みんな持ち味を殺されて順番にハントされてるだけです!」 アテナもまた、一歩も引かずにオセロットの目を見つめ返した。2人の間に、パチパチと火花が散るような緊張感が走る。


午後になっても、黄チームの苦戦は続いた。赤チームには個々の地力で勝る場面もあったが、即席の他メンバーとの連携が噛み合わず、泥仕合の末にフラッグを落とされる展開が続く。何より、Ragdoll自体の足並みが完全に乱れていた。

「エントリー!」 オセロットの号令がかかる。しかし、アテナの「もっとスピードを」という言葉が頭をよぎるリンクスは、号令よりわずかに早く飛び出してしまう。

「あ、待ってリンクス!」 バーマンが追従しようとするが、オセロットは「ストップ! まだクリアされてない!」と無線で叫ぶ。

その一瞬の迷い、戦術の二重構造が、彼女たちの致命的な隙となった。青チームの連携は容赦なくその綻びに弾丸を送り込み、Ragdollのメンバーは次々とセーフティエリアへと送り返された。インドアの技術があるからこそ、お互いの「判断のズレ」が顕著に動きを鈍らせていた。


ラストゲーム、通路を進み角を左に曲がると左右にドアが並んでいた。 ホテルのフロアを模した区画だった。

アテナは手前左の部屋からチェックして奥まで行ったら右の部屋をチェック、と短く助言した。 だが、オセロットは「ダメよ。手前から左右交互にチェックしながら奥へ進むわ」と即座に却下し、指示を出した。

実際の戦闘では、敵は各部屋に個別で潜んでいたため、クリアリング自体は非常にスムーズに進んだ。全室クリアを達成し、脅威を完全に排除したものの、戦術思想の齟齬という根本的な問題は何一つ解決していなかった。


セーフティエリアに戻ると、またしても二人の間で論争が起きた。

「さっきのホテルフロアのクリアリングだけど、片側の壁を背にして片側ずつ片付けていく方が、後方や対面のクリアリングにリソースを割かずに済むわ。基本中の基本よ」 アテナは納得がいかない様子で主張した。

しかし、オセロットは首を静かに横に振った。 「それはひと昔前のCQB理論よ、アテナ。片側だけを進めば、背後に残した未クリアの部屋からクロスファイアを受ける危険が跳ね上がる。今のインドアCQBの主流は、手前からの左右同時クリアリングよ。安全確認の優先順位が違うわ」


アテナのやり方は、かつて彼女が師匠から叩き込まれた古い戦術(シングルサイド・クリア)だった。対して、現代のCQBシーンを研究し尽くしているオセロットの主張する戦術(オルタネイト・クリア)こそが、現在の主流だったのだ。

自身の培ってきた戦技指導者としてのプライドを真っ向から否定された形となり、アテナは口をギュッと結ぶと、少し不貞腐れたようにそっぽを向いて黙り込んでしまった。


1日を通して、黄チームが勝利できたゲームはただの1つもなかった。

夕方、全ゲームが終了し、片付けを始めるセーフティエリアの空気は最悪だった。

「……私は、アテナの言うことも一理あると思う」 次世代MP5SD5のバレルを拭きながら、リンクスがぽつりと呟いた。 「今日のフィールド、オセロットの指示を待ってたら、どうしても相手の出足に遅れちゃうんだ。もっと自由に走らせてほしいな」

「メンバーを守るためには、オセロットの言う通り統制しないと、チームが崩壊するわよ」 バーマンはオセロットの側に立ち、戦術の正当性を主張する。

「私はどちらの言い分も分かるわ。ただ、今日の私たちは相手ではなく、お互いの不信感という名の魔物に飲まれていたのは確かね」 最年長のセラがMP5SD6をケースに収め、静かに紅茶をすすりながら、チームの現状を憂うように言った。


オセロット派(麻耶、葵)と、アテナ派(朋佳、凛)。そして中立を保ちつつも心を痛める未来。

4人編成の時には存在し得なかった「意見の対立」という名の亀裂。5人目のピースとして加わったアテナの圧倒的な実力と、異なる戦術思想が、皮肉にもインドアの老舗としてプライドを持っていたRagdollという鉄壁のクランを内側から引き裂こうとしていた。


荷物をまとめ、帰路につく車内には、重苦しい沈黙だけが支配していた。誰もが口を開けばチームが完全に崩壊してしまうことを分かっているかのように、窓の外を流れる夕暮れの街並みをただ見つめていた。新生Ragdollを襲った最大の危機。彼女たちの絆は、この遠征先の魔物によって、バラバラに砕け散ろうとしていた。


プライドがあるからこそ、その綻びは深く、鋭くクランを切り裂いた。遠征先特有の死角は、Ragdollの強みであったはずのインドア戦術を狂わせ、結果としてチーム内に「思想の対立」という最悪の毒を回すことになってしまう。統制か、流動か。オセロットとアテナ、二人の実力者が突きつけた正義はどちらも正しく、ゆえに交わらない。かつてない分裂の危機に瀕した5つの中の猫たちは、互いに牙を剥き合ったまま、最悪の空気でフィールドを後にするのだった。

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