陽光のチェスボードと2-1-2の咆哮
陽光が照り付ける広大なアウトドアフィールド。それは、インドアとは比較にならないほど長距離の射線と、大局的な戦況分析が求められる過酷な戦場だ。新生Ragdollが挑むのは、5人編成のメリットを最大限に活かした新戦術「2-1-2」フォーメーション。ボルトアクションを操るセラの「点」の精密さと、アテナの「面」の制圧力。緑の地獄と化したチェスボードの上で、変幻自在のマルチ・チェーン・オペレーションが産声を上げる。
第二話:
初夏の陽光が容赦なく照りつける広大なアウトドア・タクティカルフィールド。錆びついた廃車、崩れかけたコンクリートブロックの壁、背丈ほどもある防草シートのバリケードが不規則に点在するその場所は、陽炎の向こうで敵を待つ無慈悲なチェスボードと化していた。
地下トレーニング施設での衝撃的な出会いから二週間。チーム「Ragdoll」は、新メンバーである「アテナ」こと青木朋佳を組み込んだ5マンセル(5人編成)の戦術を極限まで練り上げていた。
今日は、80名程参加するアウトドアフィールドの定例会ゲームに参加をする。インドアフィールドをホームとするRagdollにはアウトドアでの戦いは簡単ではない。全日本エアガンサバイバルゲーム大会で勝ち抜くにはアウトドアでの戦いも制しないと日本一にはなれないので、ゲーム数を多く熟し経験を積むしかなかった。
「フィールド中央のキャニオン(峡谷)エリアを突破する。作戦は『2-1-2』。フォーメーション、セット」
チームリーダーの「オセロット」こと進藤麻耶の無線ボイスが、メンバーのイヤホンに低く響く。オリーブドラブ(OD)のフライトスーツに身を包んだ4人の中で、やはり濃紺のウェアを纏ったアテナの姿は一際異彩を放っていた。しかし、そこに二週間前のような浮いた空気は一切ない。彼女の濃紺は、チームの新たな刃として完全に同化していた。
「are you Ready?!」 麻耶の呼びかけに、5人の声が重なる。 「キャット・アウト!」
スタートのホーンが鳴り響くと同時に、Ragdollの新たな戦術思想「2-1-2」が牙を剥いた。
この戦術は、5人編成のメリットを最大限に活かした変幻自在のマルチ・チェーン・オペレーションだ。 最前線を駆けるのは、圧倒的な突破力を誇る前衛ペア。「リンクス」こと岩見凛と、「バーマン」こと一番合戦葵。 その後方を維持し、チーム全体の視野となりつつ戦況をコントロールするのが、指揮官のオセロット。 正式な5人目の加入により、ついに後衛の役割が完全に細分化された。最後方から絶対的な精密射撃で前衛を援護するのが、狙撃手の「セラ」こと渡辺未来と、ミドルレンジ(中距離)で縦横無尽に立ち回り支援を担当するアテナのペアである。
「リンクス、バーマン、前進! 右翼の廃車ラインを押さえて!」 オセロットの鋭い指示を受け、前衛の2人が爆発的なダッシュで飛び出した。
リンクスは電動ガン「MP5SD5」を胸に構え、フットワーク軽く遮蔽物から遮蔽物へと渡り歩く。サプレッサー一体型フロントが放つ極小の動作音が、ブッシュの影に隠蔽される。その後ろを、伸縮式のストックを肩にがっちり固定し、キレのあるリコイルを誇る「MP5A5」を構えたバーマンが、絶妙な距離感で追従していく。2人の連携は完璧だったが、アウトドアフィールドの広さは、時として4人編成時の彼女たちに「視線の限界」を強いていた。前方を警戒すれば、遠方の高地からの狙撃や、大きく回り込んでくる敵の側面攻撃に対応しきれなくなるのだ。
しかし、今の彼女たちの背後には、強化された「2」が存在していた。
「リンクス、そのままキャニオンの角まで詰めて。11時方向、キャットウォーク上のスナイパーは私が落とすわ」
最後方、傾斜のある丘の上の茂みに完全に溶け込んだ狙撃手セラが無線で静かに告げる。彼女が構えるのは、ボルトアクションエアーライフル「VSR-10」だ。一切の無駄を削ぎ落としたプロの猟師のような佇まいで、高倍率スコープの十字レティクル(照準線)を標的に固定する。
スゥ……と息を吐き出し、トリガーを絞る。
ポンッ。
電動ガンとは一線を画する、極限まで抑え込まれたシリンダーの打撃音。バレルから放たれた厳選された0.28g重量弾は、30メートルを遥かに超える遠距離の風を切り裂き、高所に潜んでいた敵のヘルメットの真ん中へと完璧に吸い込まれた。「ヒット!」の絶叫が峡谷に響く。ボルトハンドルを滑らかに引き、次弾をチェンバーに送り込むセラの動作には、一切の淀みがない。
「ナイス、セラ!」 リンクスが叫び、さらにギヤを上げて前進する。だが、敵もさるもの、Ragdollの前衛が突出した瞬間を狙い、左翼のブッシュ(茂み)から2人のアタッカーがクロスファイアを仕掛けようと急襲してきた。
前衛2人の意識は前方のバリケードに向いている。完全に死角からの奇襲。セラのVSR-10はボルトアクションゆえに連射が効かず、複数の突撃兵を近~中距離で瞬時に足止めすることは難しい。4人編成の時であれば、コマンダーのオセロットが自ら銃を構えて応戦するか、前衛の足を止めさせて防衛に回らざるを得ない局面だった。
「左のブッシュ、動いた!」 いち早くその脅威を察知したのは、セラの斜め前方でミドルレンジを監視していたアテナだった。
アテナは濃紺の身体をしなやかに躍動させ、斜面を滑り降りるようにして前衛の左後方へとポジションをスイッチした。彼女の愛銃は「MP5A5」。元地下アイドルとしての驚異的な体幹とバネが、アウトドアの不整地で遺憾なく発揮される。トップスピードで走りながらも、彼女の銃口は一切のブレなく左翼のブッシュへと向けられていた。
タタタン! タタタン!
第一話で見せたあのキレのある3点バーストが、今度は陽光の下で炸裂する。電子トリガーが刻む超高速の連射は、ブッシュの僅かな隙間を縫うようにして正確な弾道を送り込んだ。敵が引き金を引くよりも早く、アテナの放ったプラスチックの嵐が彼らの装備を激しく叩く。
「ヒット! 出ます!」 奇襲を仕掛けようとした敵の2人が、呆然とした様子で手を挙げて退場していく。
「左翼クリア! コマンダー、前衛のルートは安全です!」 アテナがクリアリングの報告を入れる。その声は息一つ乱れていない。
「OK、アテナ! リンクス、バーマン、そのまま中央の拠点を包囲して!」 オセロットの指揮が冴え渡る。ボルトアクションを操るセラと、面を圧倒するアテナのコンビが遠中距離の脅威をすべて制御してくれるため、オセロットは自身が戦闘に巻き込まれることなく、チェス盤を俯瞰するグランドマスターのように戦況の推移だけに脳のリソースを割くことができていた。
これが、新生Ragdollの「2-1-2」フォーメーションの真価だった。 前衛の2人は背後を恐れず牙を剥き、後衛の2人はボルトアクションの「点」の精密さと、サブマシンガンの「面」の制圧力を組み合わせ、空間を完全に支配する。そして中央の「1」であるオセロットが、その4人という駒を最適解へと導く。
作戦は最終局面に突入した。敵の残存兵力は中央の強固なコンクリート砦に立てこもる3名。彼らはバリケードの隙間から濃密な火線を張り、リンクスたちの接近を阻んでいる。
「正面の火力が強すぎる! 近づけない!」 バリケードの裏で息を潜めるバーマンが声を荒らげる。
「アテナ、制圧射撃を開始! 敵の頭を下げさせて。セラ、隙間から覗く敵を狙撃して!」 オセロットの命令一下、後衛の2人がそれぞれの特長を発揮する。アテナは遮蔽物に身を乗り出し、砦の覗き窓に向けて怒涛のフルオートを叩き込んだ。バラバラバラバラ! と激しくコンクリートの壁を叩く音が響き、敵の砦に無数のBB弾が跳ね返る。敵が身を縮めたその瞬間、セラのVSR-10が再び、静かに息を吹き鳴らした。
ポンッ。
砦の隙間からわずかに覗いていた敵の銃の先端――ハンドガードへ正確に弾丸が命中する。「あ、ヒットです!」と砦の中から落胆の声が漏れた。
「今よ! 突入!」
オセロットの号令とともに、前衛のリンクスとバーマンが左右から砦の開口部へと同時に飛び込んだ。 サプレッサー特有の「ポポポン」という発射音と、A5の激しい「ダダダン」という銃声が内部で数発響き――そして、完全な静寂が訪れた。
「――エリアクリア。敵生存者なし、フラッグ取ります」 リンクスの誇らしげなホーンがフィールドに響き渡った。
セーフティエリアへと戻る道すがら、オリーブドラブのフライトスーツを着たRagdollのメンバーたちは、中央を歩く濃紺のアテナを取り囲んでいた。
「アテナ、さっきの左翼からの奇襲を止めた動き、本当に凄かったです!」 リンクスが目を輝かせながらアテナの手を握る。「この5人で戦うと無敵に近いね!」
「ふふ、ありがとうリンクス」 アテナはいつもの底抜けに愛くるしい笑顔を咲かせ、束ねた黒いロングヘアを揺らした。「セラのVSR-10が遠くを完璧にロックしてくれているから、私は中距離の動きだけに集中できるの。本当に動きやすいチーム」
バーマンも次世代MP5A5を肩にかけながら微笑む。 「2(前衛)-1(指揮)-2(後衛)。セラの精密な一点突破と、アテナの圧倒的なミドルレンジでの制圧能力。この両極が揃って初めて成立するわね。私たちの戦術バリエーションは、あなたの加入で3倍以上に膨れ上がったわ」
オセロット(麻耶)は、一歩後ろから彼女たちの会話を聞きながら、初夏の高い空を見上げた。ルールの改定はチームの危機などではなかった。それは、Ragdollが真の完璧へと進化するための、最高にして必然の機会だったのだ。
「さあ、みんな。次のゲームも私たちのチェスボードにするわよ。Are you ready?」 麻耶の問いかけに、オリーブドラブと濃紺の5人が、完璧に調和した咆哮をフィールドに響かせた。
「キャット・アウト!」
敵チームは、Ragdollの隙のない連携に完全に翻弄されていた。どこから攻めても「2-1-2」の防壁に突き当たり、焦って動けばセラの狙撃か、あるいは戦況を冷徹に見極めて動くアテナの電撃的な側面強襲の餌食になる。午前中の全ゲームを通じて、Ragdollは圧倒的な生存率を誇り、敵を次々とヒットコールへと追い込んでいった。
「お疲れ様です! 誰も落とされずに午前中を終えられるなんて、最高ですね!」 セーフティエリアに戻ると、リンクスが弾むような声でゴーグルを外した。 お昼休みのテーブルに並んだのは、このフィールドの名物でもある定番の「カツカレー弁当」だ。スパイシーなルーの香りと、揚げたてのカツの匂いが、適度に疲労した五人の食欲を激しく刺激する。
「やっぱりここのカツカレーを食べないと、アウトドアに来たって気がしないわよね」 セラが嬉しそうにスプーンを運びながら目を細める。 「本当に。でもリンクス、あんまり勢いよく食べるとフライトスーツにルーが跳ねるわよ」 バーマンが苦笑しながらティッシュを差し出すと、リンクスは「あ口!」と頬を膨らませて受け取った。
「そういえばオセロット、さっきのゲームの第三フェイズの指示、すごくシビアでしたね。でもあのタイミングしかなかったから、痺れました!」 アテナがオセロットに向かって微笑みかける。 「ええ、アテナ。あなたのカバーに入るタイミングが完璧だったからこそ成立したラインよ。あなたのインドア仕込みの瞬発力は、本当に頼りになるわ」 オセロットもまた、張り詰めた指揮官の表情を崩し、大人の女性らしい柔らかな笑みを浮かべてキリマンジャロのボトル缶を傾けた。
重厚なミリタリーギアを傍らに置きながらも、テーブルの一角は華やかな女子トークと笑顔で満たされていた。それは外から見れば、誰もが羨むほどに調和した、完璧なレディースチームの光景そのものだった。
しかし、陽光が傾き始めた午後のゲームから、チェスボードの潮目が変わり始めた。
午前中に煮え湯を飲まされ続けた敵チームも、流石にただの寄せ集めではなかった。彼らは明確な意思を持って Ragdoll の対策を講じてきたのだ。すなわち、「個々の戦技で勝てないのなら、圧倒的な数的優位で包囲し、力ずくで圧殺する」という人海戦術である。
「……コマンダー、正面のバリケード群、敵の数が明らかに多すぎ。少なくとも八名以上がこちらに火力を集中してる!」 リンクスが激しい銃撃を浴び、土嚢の影から身動きが取れなくなる。
流石のRagdollも、多勢に無勢の状況では簡単に突破させてもらえなくなった。 敵は寄せ集めとはいえ、バラバラに突撃してくるのではなく、確実にラインを形成してRagdollの5人をすり鉢状に包み込もうとしていた。アテナが鋭いカウンターを仕掛けようとしても、その動線にあらかじめ無数の射線が配置されており、前進を拒まれる。
そして、緊迫した空気がフィールドを支配する中、最終ゲームで、これまで表面化しなかった「戦技の違いによる決定的な齟齬」が、突如として牙を剥いた。
エリア中央の、遮蔽物が極端に少ない開けた場所へ差し掛かったその瞬間だった。 「――コンタクトフロント(前方に敵)!」 前方を鋭く警戒していたリンクスが叫び、すぐさまニーリング(片膝立ち)の姿勢を取って、MP5SD5から激しい制圧弾幕を張り出した。
その叫び声は、 Ragdoll のメンバーの身体に染みついた「反射」を呼び覚ますトリガーとなった。だが、その反射の内容が、彼女たちの間で異なっていた。
リンクスのコールと同時に、バーマン、アテナ、オセロット、セラの5人が瞬時に一列横隊へと広がり、敵の正面に向かって一斉射撃を浴びせる。ここまでは完璧だった。
直後、左端に位置していたセラとオセロットが、激しい一斉射を浴びせると流れるように後方へとステップバックした。二人は息の合った動きで数メートル後方の新しい遮蔽物へと移動し、すかさず次の射撃を開始して前線をバックアップする。
激しい銃声と砂埃の中、その「味方の射撃音」を耳にした瞬間、前衛のバーマンとリンクスの二人は、ごく自然に、身体の記憶に従って後方への移動を開始してしまった。
「え――!?」 一人、最前線に取り残されたアテナは、目を見開いた。 アテナの常識では、この状況での一斉射撃は、敵の足を止めさせた隙に「さらに前進して敵の側面を食い破る」ための布石だったからだ。しかし、脇を固めていたはずのバーマンとリンクスは、すでにアテナの視界から消え、はるか後方へと下がっていく。
「ちょっと、みんな――!」 完全な置いてきぼり。遮蔽物の乏しい開けた前線にぽつんと孤立したアテナの濃紺のウェア目がけ、敵チームの集中砲火が容赦なく殺到した。
バラバララララ! バチチチチッ! 「――っ、ヒット! ヒットです!」 アテナの胸部と肩口に無数のBB弾が容赦なく叩き込まれ、彼女は悔しそうに手を挙げた。Ragdollが誇る絶対的な防壁が、身内の呼吸のズレによって、あまりにも呆気なく崩壊した瞬間だった。
「……あの、最後のコンタクトドリルは何だったの?」 セーフティエリアに戻り、ギアをテーブルに置くやいなや、アテナの口から冷ややかな問いが発せられた。昼休みの華やかな雰囲気は完全に消え去り、テーブルには重苦しい反省会の空気が満ちている。
アテナの視線は、リーダーのオセロットへと真っ直ぐに向けられていた。 「フロントで敵と遭遇した瞬間、全員で火力を集中するところまでは分かります。でも、なぜ射撃音を合図に、前衛まで一斉に後ろへ下がったの? あそこは火力を押し込んで、敵の頭を押さえている間に前進すべき局面だったはずよ。私一人だけが取り残されて、ただの的になったわ」
オセロットはアテナの鋭い視線を受け止め、少し困惑したような表情を浮かべた後、ふうと息を吐いて言い訳のように口を開いた。 「……すまないわ、アテナ。意図してあなたを孤立させたわけではないの。ただ、私たち4人は師匠(龍崎)から『4マンセル(4人編成)』を前提とした戦技を叩き込まれてきたのよ。さっきの動きは、イギリス特殊部隊SASが始祖とされるコンタクトドリル(遭遇戦離脱演習)が、完全に身体に染みついてしまっていたせいなの」
「SAS式……?」 アテナが眉をひそめる。
「ええ。4人という最少単位の編成で予期せぬ敵と遭遇した際、一列横隊で圧倒的な火力を瞬間的に叩き込み、敵が怯んだ隙に2人ずつ交互に後退して、安全に戦線を離脱するか、あるいは有利な後方ポジションへ移行するためのドリルよ。バーマンもリンクスもセラも、あのコールを聞いた瞬間、無意識にその『4人の型』が発動してしまったのよ。あなたが5人目としてあのラインにいるという流動性を、私たちの身体が計算しきれていなかった」
オセロットの言葉を聞き、アテナは深くため息をつきながら、自身の濃紺のグローブをテーブルに叩きつけた。
「今は4マンセルじゃないわ。私が入った『5マンセル(5人編成)』のチームでしょう? それなら、あの局面ではSEALs(アメリカ海軍特殊部隊)式のドリルを覚えておくべきよ。5人編成なら、正面への一斉射撃のあと、火力を維持したまま前衛と後衛が交互に前進、あるいは側面に展開して敵を包囲殲滅する流動性を持たせるのが定石だわ。その方がずっと攻撃的で、アウトドアの開けた場所でも確実に敵を圧倒できる」
アテナはホワイトボードに素早くマーカーで5つの点を描き、SEALs式の動線を滑らかに描き出してみせた。その解説は理路整然としており、個人の戦技指導者としての卓越した知見が凝縮されていた。
「なるほど……。5人での攻撃的なフォーメーション移行か。確かに合理的ね」 オセロットはアテナの描いた図式を見つめ、感心したように呟いた。しかし、その一方で、培ってきた自分たちの「型」を否定されたような、かすかな引っかかりが胸に生じるのを感じていた。
「逆に、私はそのSAS式っていうドリルを初めて見たわ」 アテナはマーカーを置き、少し皮肉めいた笑みを浮かべた。 「師匠の元にいた頃、私にはそんな守備的でシビアな離脱戦技は教えてくれなかった。いつも『敵の死角へ飛び込め』『スピードで圧倒しろ』としか言われなかったもの。師匠がそんな戦技をあなたたちに教えていたなんてね」
「師匠の教えも、その時々のチームの性質によって変わるということかしらね」 バーマンが場の空気を和らげるように穏やかに言ったが、アテナとオセロットの間に漂う「戦術思想の違い」という見えない壁は、確実にその厚みを増していた。
「……まあ、今日のミスは新しい布陣での経験不足が原因よ」 オセロットが仕切り直すように声を張る。 「幸い、次回のトレーニングはインドアフィールドでの練習を予定しているわ。アテナ、あなたの得意なフィールドね。そこで、あなたたちの言う『流動性』と、私たちの『統制』をどうすり合わせるか、じっくり煮詰めましょう」
「ええ、喜んで。インドアなら、私の戦技がどれだけチームのスピードを引き上げられるか、身をもって理解していただけると思うわ」 アテナは不敵に微笑んだ。
一見すると、お互いの戦技を教え合い、次なるステップへと向かう調和が見られたRagdoll。しかし、オセロットの胸に宿った「伝統への拘り」と、アテナの胸に燻る「師匠への複雑な感情と攻撃的戦術への絶対的な自信」。 その二つの正義が織りなす暗雲は、初夏の陽光を遮るように、静かに、しかし確実に彼女たちの頭上へと近づいていた。
アウトドアの広大な「面」の戦闘は、新生Ragdollの真価を遺憾なく引き出した。リンクスとバーマンによる前衛、セラによる遠距離精密狙撃、そしてその隙間を完璧に埋めるアテナの圧倒的な中距離機動力。この「2-1-2」の連携が機能した瞬間、フィールドは彼女たちの完全な支配下に置かれた。大局的な勝利で歓喜に沸く中、あまりにも順調すぎる滑り出しは、後の戦場でリーダー・オセロットの戦術眼に、静かな盲目という名の不協和音をもたらしていく。




