Ragdoll彼女たちの戦場:外伝~五匹目の猫(守護神アテナ)は濃紺(ネイビー)を纏う
4人編成の「究極の均整」を誇ったRagdollに突き付けられた、5人編成へのルール改定。頭数合わせの凡才を拒む彼女たちの前に、師匠龍崎が用意した「濃紺」の影が現れる。地下施設の静寂の中、チームの命運を握る5挺目のMP5が、新たな戦いの扉を叩く。
第一話:地下の鼓動と五挺のMP5
珈琲の芳醇な香りが漂うマスター・龍崎猛の喫茶店Ayuzoroy。街の喧騒から完全に切り離されたその落ち着いたレトロな空間の、カウンター最奥にある重厚なスチール製の防音扉。その向こうには、一般の客が誰も存在を知ることのない広大な地下トレーニング施設が広がっている。コンクリート剥き出しの床と壁、実戦的なCQB(近接戦闘)を想定して配置された可動式の木製バリケードやスチールターゲット。調光LEDの鋭い光に照らされたその冷徹な空間こそ、チーム「Ragdoll」がその牙を研ぎ澄ますための聖域であった。
今年の全国エアガンサバイバルゲーム大会から、ルールが「5人編成でのエントリー義務化」へと改定された。4人の完璧なフォーメーションを誇り、鉄壁の戦術で鳴らしたRagdollにとって、それは戦略の根本を揺るがす大きな転換期であり、同時に最大の危機でもあった。
「頭数合わせの素人を入れている時間的な余裕などないわ。」
チームリーダーの「オセロット」こと進藤麻耶(44)が、黒いセミロングヘアをスマートにかき上げながら、長机の向こうに立つ男――龍崎猛に鋭い視線を向けていた。龍崎は、彼女たちに戦技の基礎を叩き込んだ絶対的な師匠であり、今なおRagdollが全幅の信頼を寄せる精神的支柱だ。その師匠が「とっておきの切り札を呼び戻した」とだけ告げて用意したのが、今日の合同練習会だった。
「お待たせしました!」
重い防音扉が独特の金属音を立てて開き、一人の女性が軽快な足取りで飛び込んできた。 青木朋佳(32)。黒いロングヘアを後ろで実用的に一本に束ね、周囲の空気をパッと明るくするような、底抜けに愛くるしい笑顔を浮かべている。二児の母親だというが、その身のこなしには一切の無駄がなく、かつて地下アイドルとしてステージを沸かせていた頃の華やかさと、バック転を軽々とこなす驚異的な身体能力の片鱗がその佇まいから立ち上っていた。
彼女が身に纏うのは、5.11社製の濃紺のタクティカルウェアと、タイトなタクティカルパンツ。それは決して新品ではなく、激しい訓練の歴史を物語るように使い古されていたが、色落ちはなく鮮やかな濃紺を保ち、綺麗に洗濯されて清潔感が漂っている。一目で、彼女が道具と戦技をいかに大切にしてきたかが伝ってきた。
Ragdollの4人――麻耶、「リンクス」こと岩見凛(24)、「バーマン」こと一番合戦葵(35)、「セラ」こと渡辺未来(53)が、チームカラーであるオリーブドラブ(OD)色の繋ぎフライトスーツを着用しているため、一人だけ濃紺のパンツスタイルである朋佳の姿は鮮烈に目立っていた。
「初めまして! 青木朋佳です。8年前まで、師匠のスクールで女性弟子として師範代を務めていました。今日からRagdollの皆さんと動けること、本当に光栄です!」
深々と頭を下げる朋佳に、Ragdollの4人は一瞬、息を呑んだ。元師範代。その肩書きが伊達ではないことは、彼女が長机の上に置いた愛銃を見ればすぐに理解できた。 次世代電動ガン「MP5A5」。そして、樹脂製の頑丈なサムドライブヒップホルスターに収まる「グロック17 Gen5」。 Ragdollの4人――麻耶、凛、葵、未来もまた、それぞれ次世代MP5シリーズ(SD5、A5、A4、SD6)とグロック17を運用していた。全員の武器、マガジン、弾薬が完全に共用できるという強みは、この5人編成に圧倒的なロジスティクスの安定と、実戦における柔軟なタクティカル・アドバンテージをもたらす。
長机の上に並べられた5挺の次世代MP5。それは単なるトイガンではなく、実銃同様の金属製レシーバーを持ち、電子トリガーシステムによって極限までトリガーレスポンスを高められた、獰猛な戦闘道具だ。黒い樹脂製のマガジンをそれぞれのMP5に挿し込み、HKスラップのボルトを叩く音が、地下施設に心地よく響く。
本格的な連携訓練に入る前、龍崎がお互いの実力を測るために一本の射撃線を引いた。 コンクリートの床に描かれたラインの上、12メートル先に並ぶ5つのプレートターゲットの前に、5人が横一列に並んで立つ。
「ドリル内容はこうだ」と龍崎が低い声を響かせる。 「プライマリのサブマシンガンMP5を構えた状態からスタート。開始の電子音と同時に、ハンドガンのグロック17へのトランジット(兵装切り替え)を行う。胸の高さのターゲットにダブルタップ(2発連射)、続けて頭部の高さのターゲットに正確に一発。この『トリプルタップ』の速度と正確性を競ってもらう」
実戦におけるトランジットは、メインウェポンの弾切れや作動不良の際、即座にセカンダリへと切り替える生死を分ける技術だ。特に至近距離のCQBにおいて、コンマ数秒の遅れは致命傷になる。
5人は静かにMP5をハイポート(上向き)の構えから射撃姿勢へと銃口を標的に向けた。張り詰めた緊張感が地下施設を包み込む。
ピッ!
無機質な電子音が鳴り響いた瞬間、5人の動きが完全に同調した。 各々のMP5がスリングによって身体の後ろへと預けられ、同時に利き手が腰のホルスターへと電光石火の速さで伸びてから、ポリマーフレームの傑作ハンドガン、グロック17 が樹脂製ホルスターから引き抜かれる鋭い擦過音が重なって響いた。
リンクス、バーマン、朋佳、はヒップホルスター、オセロットとセラはレッグホルスターだが、各自メーカーが異なっているのでホルスタードローの仕方に違いが出た。
パンパン、パン! パンパン、パン!
連続する発射音が地下室の壁に激しく反響する。 Ragdollメンバーの中で最も若く、圧倒的なスピードを誇るポイントマンのリンクス(凛)が、完璧なフォームで一際鋭く撃ち終わったかのように見えた。彼女のグロック17の銃口からは僅かに白煙が立ち上り、12メートル先の標的は見事に撃ち抜かれている。
しかし、そのリンクスよりも確実に「コンマ1秒」早く、すべての射撃音を響かせ終えていた影があった。 濃紺のウェアを纏った朋佳だ。彼女のターゲットプレートは、すでに3枚とも中央のランプが変わっていた。
このプレートターゲットは龍崎が設計した物で、射撃前は緑ランプが点灯しており、BB弾が当たると赤ランプに変わる、プレートの音だけでなく視角でもわかるようになっている。
「え……っ!?」 リンクスが目を見開き、驚愕の声を漏らした。「そんな……僕のトランジットフォームに無駄はなかったはず。なんで朋佳さんの方が早いの……!?」
他のメンバーも朋佳の手元を凝視する中、腕を組んだ龍崎が静かに解説を始めた。
「リンクス、お前のフォームは教科書通りで完璧だ。ホルスターから銃を抜き、胸の前で両手を正確にコンバットプッシュアウトして、サイトライン(照準線)が目線に合ってからトリガーを引いた。だが、朋佳は違う」
龍崎は朋佳の抜き手を再現するように手元を動かした。 「朋佳は、ハンドガン射撃における5カウントのドロープロセスのうち、『カウント2』の構え――つまり、銃口が前方を向いた腰溜めの位置の段階で、すでに胸の高さのターゲットへ向けてダブルタップを叩き込んでいたんだ。そして銃を顔の高さへと突き出しながらサイトを合わせ、最後のヘッドショットを決めた」
「腰溜めで……12メートル先の胸にダブルタップを!?」 バーマン(葵)が絶句する。
ハンドガンを完全に目の高さまで突き出さず、抜きざまの腰の位置から感覚だけで正確にターゲットのセンターを射抜く技術。それは肉体に染み付いた圧倒的な空間把握能力と、何万回もの反復練習によってしか到達し得ない領域だった。
「神業だな……」 コマンダーであるオセロット(麻耶)が、感嘆を通り越した畏怖の念を込めて呟いた。
元師範代朋佳の実力は、伊達ではなかった。リンクスは悔しさと同時に、この上ない興奮に身体を震わせ、MP5SD5のグリップを握り直した。
その後も何回か射撃を繰り返したが、朋佳の射撃の速さと精度は変わらなかった。
「よし、次は5マンセルの肩慣らしといこうじゃない、朋佳さんのコードネームは…」「私はアテナよ。」 「アテナ・・・ね、わかったわ、ポイントマンはリンクス、セカンダリーにバーマン、バックアップはアテナ、私がコマンダー、リアセキュリティーはセラ。Ragdoll初の5人編成、お互いの実力を見せてもらうわよ。are you Ready?!」
「キャット・アウト!」
それぞれのMP5のHKスラップ音が響く。 「エントリー!」
五人がトレイン状態(一列縦隊)となり、最後尾のセラが前のオセロットの肩に置いた手をシェイク、順次前にシェイクし先頭のリンクスに伝わると、5人の身体がスムーズに動き出した。この手法は声で合図をすると位置や行動が敵に察知されるので、ボディランゲージで仲間に合図する方法で特殊部隊では基本の動作だ。
ここからの戦術運動は、コンマ数秒の世界で構築される。 ポイントマンのリンクスが先頭を切り、最初のドアウェイ(開口部)に対して素早くカッティング・パイを開始した。カッティング・パイとは、ドアの角を軸にして円を描くようにじりじりと横移動し、室内の視界をパイを切り分けるように段階的に広げていく基本戦術だ。リンクスはMP5SD5のストックを左肩にがっちりと固定し、銃口をわずかに傾けながら、パーテーションの奥にある死角をミリ単位で削り取っていく。
室内への視線角度が45度を超えた瞬間、リンクスは室内の「手前の死角」にターゲットを発見。電子トリガーのクリック感を指先が感知した瞬間、銃声が響く。だが、ポイントマンは一歩も立ち止まらない。クリアした直後、彼女は弾かれたように室内へとステップインし、右側の壁沿いへと鋭く突入した。
間髪入れず、セカンダリー(二番番手)のバーマンがクロス・エントリーで逆サイドへと滑り込む。リンクスが右へ動いたのを確認したコンマ1秒後、バーマンは左側の死角へ身体を滑り込ませた。2挺のMP5が同時に室内の左右両端をロックし、前方の脅威を制圧する。
驚くべきは、3番手として突入したアテナのタクティカルな銃の構え方と、その後に続く戦術的な位置取りだった。 元地下アイドルとしての並外れた身体のバネ、バック転を軽々とこなす驚異的な体幹が、無駄のない戦術運動に見事に昇華されている。前衛の2人が室内に侵入した瞬間、アテナはリンクスの直後を影のように追尾しながらも、絶妙なトレイル(追従)ポジションを維持していた。
アテナは部屋の右にステップインするや否や、バーマンが物理的に視線を向けられない目隠しパーテーションの「裏」に、瞬時に銃口をロックした。それだけではない。彼女の真骨頂は、室内をクリアしクローゼットの確認をリンクスに指示した。瞬時に室内状況を把握し、仲間に指示が出せるもう一人のコマンダーに匹敵する能力があった。
タタタン! タタタン!
電子トリガー化された次世代MP5特有の、キレのありすぎる3点バーストが地下室に炸裂する。電子トリガーによって制御されたメカボックスは、トリガーを引いた瞬間に一切の遅延なくBB弾を吐き出し、金属的な激しいリコイルショックがアテナの華奢な肩を揺らした。実銃同様にボルトが激しく前後する衝撃が走るが、彼女の体幹は微動だにしない。
アテナが狙ったのは、前衛のリンクスが通り過ぎた直後、死角から彼女の背中を狙うように配置されていたポップアップ式の人型ターゲットだった。放たれた6発のプラスチック弾は、ターゲットの胸元へと全弾正確に吸い込まれ、キン! キン! と甲高い金属音を鳴らして粉砕した。
「素晴らしいカバー力ね、アテナ」
最後尾で通路後方警戒を確保した最年長のセラ(未来)が、MP5SD6の銃口を下げながら静かに微笑む。オセロットは通路前方を警戒して「オールクリア!」と叫んだ。
初めての顔合わせ、そして初めての5人フォーメーションであるにもかかわらず、5挺のMP5が奏でる射撃のリズムは、まるで一つの生き物のように完璧に調和し始めていた。前衛が動けば、アテナがその影を埋めるように滑り込み、コマンダーの麻耶が指示を出す前に次の死角が潰されていく。元師範代としての確かな戦術知識が、Ragdollの高速戦闘に完全に追従していた。
「……信じられない」 前衛を務めたリンクス(凛)が、MP5のボルトハンドルを引きマガジンを外しながら、感嘆の息を漏らした。「アテナが後ろにいてくれると、死角から撃たれる恐怖が完全に消えます。まるで師匠がカバーしてくれてるみたい。」
「同感ね」とバーマン(葵)もダットサイトの電源を切りながら頷く。「4人の時の完成度を、頭数を増やして維持するどころか、完全にパワーアップさせてるわ。師匠が『切り札』って言った意味がよく分かったわね」
長机に戻り、マガジンにローダーでBB弾を詰め直す5人。 ミリタリーグリーンのオリーブドラブで統一されたRagdollの海の中で、一際鮮やかに、しかし誰よりも鋭く動く濃紺のタクティカルパンツ。それこそが、新しいRagdollの始まりを告げるシグナルだった。
麻耶は愛銃を見つめ、不敵に笑う龍崎に向けて深く頷いた。ルールの改定という大きな壁を前に、一度は絶望しかけたチーム。だが、この5人なら、その壁を粉砕してさらなる高みへ行ける。
「アテナ、あなたの実力は文句なしにRagdollの『盾』であり、新しい『牙』よ。大会まで時間は限られているけれど、この5マンセルを徹底的に磨き上げるわよ」 麻耶の言葉に、朋佳は再び底抜けに明るい笑顔を咲かせ、濃紺の胸元を張って力強く応えた。 「はい、オセロット! どこまででも、皆さんの背中を追いかけて守り抜きます!」
地下室に響く5挺のボルトハンドルの金属音を耳にしながら、オセロットはアテナの腰のグロック17 へ視線を走らせた。先ほどの神業じみたドローワーク。あれほどの技術を持つ「五匹目の猫」が加わったのだ。彼女たちの新しい覚悟と絆は、より強固なものへと引き上げられていく。新生Ragdollの咆哮が、静かに地下の底から湧き上がろうとしていた。
鮮烈な初顔合わせだった。元師範代アテナが見せた腰溜めからの超高速ドローは、彼女が単なる主婦でも元地下アイドルでもなく、圧倒的な実力者であることを証明した。全員の愛銃が「次世代MP5」と「グロック17」で統一され、5マンセルのシンフォニーは完璧なスタートを切る。しかし、オリーブドラブの中に混ざる一筋の「濃紺」が真の試練を迎えるのは、陽光の下に広がる広大なフィールドであった。




