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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十九章 『特殊な部隊』の大宴会

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第215話 『人類最強幼女』の頼み

「逃げることは臆病じゃない。逃げないことが臆病なんだ……と今の僕には思える……そう思えるようになったのは進歩なのかな?それとも駄目になったのかな?」


 隊長室を出た誠は、その言葉を反芻していた。


 廊下には、安っぽいワックスの匂いと、どこかの部屋から漂ってくるインスタントコーヒーの匂いが混じっている。遠くから、工具のぶつかる音や、誰かの笑い声がかすかに届く。


 逃げることは『負け』ではない。


 むしろ、逃げる勇気を持つことこそが『強さ』なのかもしれない……。


 そんな嵯峨の思想に共感を覚えつつも、その『駄目人間』ぶり……散らかった机、仕事する気ゼロの態度……は、別種の不安を誠に与えていた。


「隊長の言ってることは立派ですけど……やってることは滅茶苦茶ですよ。ほっといて良いんですか?あの人、仕事する気ゼロですよ」


 隊長室からパイロットの詰め所に戻り、自分の席にどさりと腰を下ろすと、誠はそう言って前方の机に座るランに目を向けた。


 詰め所の窓からは工場の屋根と灰色の空が見える。机の上には、書類と整備マニュアルと、誰かが置きっぱなしにしたスナック菓子の袋が散乱していた。


「いーんだよ……あのおっさんも大人だからな。それよりオメーだ」


 ランは椅子の上で小さな脚をぶらぶらさせながら、そう言うと少し照れたように頬を掻いた。


「僕が……なにか?」


 戸惑ったような誠の問いに、ランは「仕方ねえな」と言わんばかりにため息をつき、真面目な顔つきに変わる。


「オメーが生まれた時から監視されてたのは口の軽いアメリアから聞いてるよな?そしていずれあのような信じられない現象を起こすことも遼州圏でも地球圏でもそれなりの諜報機関を持ってる国の首脳部には全部わかってたんだ」


 ランの言葉は、半分は予想のついた言葉だった。


 こんなにパイロットに向かない自分に、わざわざパイロットをやらせる理由。

 

 そこに『何か』があることくらい、誠にも薄々気づいていた。


「母さんから聞いたんですね……僕が普通とは違う力を持ってることを……僕もあの近藤とか言う人の艦を沈めた後で眠っていた間に夢の中で思い出してきました……母さんからも父さんからも忘れるように言われてたのに……」


 誠は、一語一語確かめるようにしてランにそう言った。


 誠が剣道を辞めたのは、竹刀で物を斬ってしまうという、自分でも信じられない現象を目の当たりにしたからだった。


 それは一回だけのことで、単なる偶然……それを目の当たりにした母にそう言われた誠はそれを信じ込み、誠自身もそう自分に言い聞かせ、記憶の奥底に押し込めていた。


「かーちゃんに言われたのか……なるほど、地球圏の連中もあの人が目を光らせていれば手が出せねーからな。だからオメーは今ここにいるわけか……ああ、今の話は聞かなかったことにしろ!また口が滑っただけだ!」


 ランの声には、かすかな怒りと諦めが混じっていた。そしてランの言った言葉の意味を理解しようと反芻したが、『人外魔法少女』であるランのその幼女の見た目から放たれる強烈な殺気を感じて誠はその言葉を深く考えないことにした。


「ひでー話だが、オメー、生まれた時からプライバシーゼロの環境に置かれていたんだ。特にオメーはこの東和でも特殊な例だ。あれほどの力を出せる人間が生まれる確率はそう高くはねー。ただ、オメーの場合は最初からそれが高かった。その理由は今は言えねえ……いずれその理由は……いや、これ以上言うとアタシは癖で口を滑らせるから言わねえ!」


 少し悲しげなランの言葉と誤魔化すようにふてくされる姿に、誠は驚きを隠せなかった。そして同時にこの人は本当に隠し事ができない人なんだと理解して逆に親近感を感じる自分を誠は感じていた。


「考えてもみろ。たった一撃で戦艦を撃破できる能力や、ほとんどの攻撃を跳ね返して瞬時に移動できてしまう『干渉空間』を展開する能力。どっちも悪用しようとすれば大変なことになる……そんな人間がこの東和にうようよいると思うか?たぶんオメー以外にも見つかってねー人間はいるかもしれねーが、そんな話は……ああ、また余計なことを言っちまった!神前!忘れろ!上官命令だ!」


 ランが言葉を濁すたびに誠は不安になった。ただ、この戦いを経て、誠は自分以外にその力を出せる人間がいたとしても、最初にあの力を使ったのは自分なのだと言う思いが生まれた。そしてその不安を責任感へと変えるように考えるように変わっていた。


 それが『力』に目覚めたからなのか、それとも何事かを成し遂げたことによる達成感によるものなのかは誠にはわからなかった。


「だから、どの政府もその存在を公にせずに、ひそかにその能力者を監視していた……そして、機会が有ればその力を手に入れようとしていた……そう言う理解で間違いないですよね?」


 確かにランの言うとおりだった。


 あのような力があちこちに野放しになれば、戦争どころの話ではないことくらい、誠にも考えがついた。


 そしてその力が核で一度に何億の人が死のうが平気な地球人が手にすれば誠が何をさせられるかも今の誠には予想がつく。


「オメーのかーちゃんがオメーに剣道を辞めさせたのが8歳。それを進言したのが隊長だ」


「隊長が?竹刀で物を斬ったりできる能力を使えば、余計目立つようになるからですか?」


 誠はそう言って難しい顔をした。


「まず第一に危ないだろ?気合で面を入れたら対戦相手が真っ二つになった、なんてのはシャレにならねーだろ?」


 ランはあっさりと言い放つ。


「今のオメーは05式乙の法術増幅装置無しではただの無能だが、いずれはそれ無しに法術を発動できるようになる……アタシはそうなるように教育する……これからのオメーの教育はそれを前提として組み立てる。覚悟しとけよ」


 静かなランの言葉だが、誠にはその言葉の意味が分かりすぎるくらい分かった。


「実は、地球圏や遼州圏の国家ばかりではなく、遼州圏内のあらゆるテロ組織がオメーみたいな『法術師』を集めている……まー当然だわな。あんな力を持ってる人間を戦力に組み込めればこれほど便利な話はねー。ただ、国家や軍や並のテロ組織ならただ小競り合いやちょっとした戦争にオメーを動員するだけだ。そんなもん、今だって地球圏ではいつ核戦争が怒ってもおかしくねーし、遼州圏のテロ組織の自分の主張を派手に見せる演出としてのテロならこれまでだってうんざりするほど起きてきた。だが、そんな中で、そんな動きとは明らかに違う連中が全く違う目的でオメーみたいな『力』を持った奴を集めていると言う噂がある……確定情報じゃねーけどな」


 ランの表情が、さらに厳しい色を帯びてくる。


「国家も欲しがる。軍も警察も欲しがる。テロ屋だって欲しがる。そんな力だからな」


 ランはそこで一度黙った。


「……だが、その中でも一番ヤベーのが『廃帝ハド』だ……これはあの戦いのときにアタシも近藤の『味噌頭』に最後の土産に言ってやったぞ。オメーには毎日新聞を読めと言ってあるよな?あの戦いのあった日の翌日の朝刊にあの時のアタシと近藤のやり取りの全文が載ってる。気になるならそれを読め」


 ランはそう言うと腕組みをして誠を見つめた。そこにはこれまでにない緊張の色が誠にも見て取れた。


「『廃帝ハド』?中佐の話はいつも長いんで要点しか覚えてないですけど……そんな話、中佐はあの時にしてました?」


 誠は、その言葉に聞き覚えがあまりなかった。歴史の授業で聞いたような気もするし、ニュースで見たような気もする。だが、具体的なイメージは霧の向こうだった。


「オメー……要点を覚えているとか言う割にアタシの言いたかった一番大事な部分を覚えてねーじゃねーか!オメーの国語力の無さには涙が出て来るわ!そもそもだ、かつて遼帝国建国後二百六十年の鎖国を解かせた『暴君』。そんな言葉をアタシが使うこと自体、そいつのヤバさはオメーにも分かるだろ?」


 ランの声は淡々としているが、その中に強烈な警戒心が混じっていた。


「奴を遼州の大地に封じて国が開いたときは、遼帝国は見る影もなく荒れ果てていたという話だ。『不死人』すら平気で殺す『法術師』の天敵だ……アタシも奴には油断が出来ねー」


 ランはそこで初めて視線を逸らした。


「……『人類最強』の名を譲るとしたら、アイツになるかもしれねーな。他にも二人ほど候補はいるが、どちらも今のところアタシからその名を取り上げるようなつもりはねーらしーからな」


 誠の背筋に冷たいものが走る。


「そしてその力は、これまで遼帝国に生まれた帝家の血筋でも、遼帝国を開き、その『廃帝ハド』を大地に封じた遼帝国太宗、女帝遼薫と並ぶものだと呼ばれ、そしてアタシの国『遼南共和国』を滅ぼして後に遼帝国を再興した遼献をもしのぐ、アタシが知る限り最強級の『法術師』だそーだ」


 さらりと言っているが、それはつまり、『歴史に名を残した怪物たち』に比べられる怪物だということだ。


「アイツがオメエの覚醒を知って黙って見ているとは、とても思えねー。あの事件のおかげで今や『法術師』はあり得ない超存在からリアルな戦力へと置き換えられた。そんな状況を奴が利用しねーわけがねー。奴は間違いなく動きだす……近いうちにな」


 ランは確信を込めた言葉を誠に向けて吐いた。


「『暴君』……その野心ゆえに大地に封じられた『最強の法術師』……」


 ランの力強い言葉に、誠は息をのんだ。


「奴の理想は、『力のあるものが力のないものを支配する帝国』を作ることだ。その野心ゆえにあの男は遼帝国を滅茶苦茶にして、ある人物に封じられて永く眠りについていた……」


 ランの声が低くなる。


「当時はそんな野心を遼帝国一国でしようとしてできなかった。しかし、遼州圏や地球圏を巻き込んで、多くの国の利害の隙間を縫うように立ち振る舞えば……今ではできねー話じゃねーんだ……。オメー理系だよな?ベクトルって知ってるよな?力の方向性が一致すればその力は一つの力を上回る力となる……文系のアタシでも分かる理屈だ」


 政治地図が頭の中に広がる。遼州圏に野心を持つ地球圏の国々。そして、甲武、東和、遼帝国、西モスレム、ゲルパルト、外惑星共和国連邦、ラップ共和国……それぞれの国の思惑。その隙間に入り込む『廃帝』という悪意の存在。


「そのために奴は法術師を集めてる……間違いねー」


 そんなランの恐ろしい言葉に、誠は身震いした。


「隊長はオメーには逃げろって言うかもしれねー。アタシもそれは当然だと思う」


 ランは一度、視線を机の上に落とす。


「……アタシ等じゃ対処しきれねーこともある」


 ランは悔しそうに奥歯を噛んだ。


「だから神前……力を貸してくれ。頼む」


 かわいらしいランは、しかしその幼児体形からは想像できない強い眼力で、誠をにらみつけながらそう叫んだ。


 監視される日々、力に目覚めてしまった恐怖、そして嵯峨の告げた逃げる意味。


 様々な言葉の渦から誠が見つけ出したランへの答えは一つだった。


「……僕は逃げません」


 誠は静かに、しかし確信を持って言った。


 逃げることは勇気。

 

 でも、今は『逃げない』と決める強さが必要だ。


 その時、ランがにっと笑った。


 誠は静かにうなずきながら、自分が持って生まれてしまった力の重さについて考えていた。


「中佐……」


 誠は、小さなランの真剣な表情に心打たれながら、思わずそう呼んでいた。


「なーに。オメーを簡単に死なせるようなら、アタシは『人類最強』なんて名乗ってねーよ。確かにオメーはまだまだ弱い。それに機動部隊にはまだアタシとオメーの二人の法術師しか居ねー。ただ、アタシもむざむざ奴の好きにさせておくほど間抜けじゃねーよ。こっちはこっちで奴に準備をする……それが戦いだ」


 ランは肩をすくめる。


「それに……オメーじゃどうしようもないほど状況がヤバくなったら隊長がオメーの代わりに05式乙に乗る。あの人も一応『法術師』なんだ。ただ、伸びしろはゼロだけどな」


 ランはそう言って、にやりと笑った。


「でも……僕よりは役に立つんじゃないですか?僕はパイロット適性ゼロだし」


 そんな誠の言い訳に、ランは静かに首を横に振った。


「パイロット適性?オメーは運動神経はいーじゃねーか!大丈夫だよ!アタシが仕込んでやる!オメーならたぶんすぐに隊長程度なら超えられる!超えて見せろ!根性見せろよな!」


 机をぽんぽん叩きながら、ランは楽しそうに続ける。


「胃腸の方も、慣れれば吐かなくなる。気にすんな!それにオメーが自分の持つ力を自在に操れるようになれば、向かう所敵無しだ!」


 満面の笑みで、ちっちゃな中佐殿はそう叫んだ。


 誠は迫力はあるのによく見るとどこまでも8歳幼女のランの力を込めた拳を見つめて微笑んだ。



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