第216話 8歳女児拳王中佐の恋愛禁止令
「まあ、神前。そー言えば休暇中はどうしてたんか?アタシは島田には嘘をついたが、西園寺の馬鹿が今回の出動で間抜けな死に方をしようとして悲劇のヒロイン気取ってたんでアイツをアタシの知ってる禅寺に連れて行ってアイツにずっと座禅をさせていた」
いかにもそれが当たり前だというようにランはこれまでの口調を日常に引きずりおろすようにそう言って見た通りの8歳女児の笑顔を浮かべた。ただし、言っている内容がどう考えても目を付けた部下には私生活まで介入して平然とその自由を奪って何のためらいもないというランの宣言にしか誠には聞こえなかった。
「僕は……プラモを作ったり……イラストを描いたり……ああ、今回の低重力に慣れたから電車も平気になったのかと思って、電車に乗って今期の夏アニメでヒットしている作品の声優さんの握手会にも行きました!これまでだったら豊川から出てる快速だったら途中で一度は降りないと気持ち悪くなっちゃうんですけど……今回は一度も電車で気持ち悪くならなかったです!これもクバルカ中佐のおかげですね!」
あくまでここはランを立てておいた方が良いという誠の青い計算を見抜かないほどランは甘い人間ではなかった。
「なあに、オメーもアタシが気に食わねーと思えば西園寺とおんなじことをさせる。まー、今回失敗だったのは西園寺がサイボーグだということを考えに入れていなかったことだな。アイツは座禅を組んだらそのまま脳を機能停止させて時間を潰してるだけなんだ。そりゃーいくら後ろでアイツの煩悩だらけの頭をぶっ叩くのをお願いしていた住職だってぶっ叩こうにも完全に脳の機能を停止して無の境地に達してるサイボーグに何にもできねー。アタシも途中でそれに気付いたけど仕方ねーから住職には黙ってアイツの目の前で見せつけるように近くのアタシの好きな料理を運ばせて食いながら、オメーに影響を受けて漫画を読んでた。なんでも『北斗の拳』という20世紀末のドキュメンタリー漫画らしー。地球は昔荒廃してたんだな、アタシもびっくりしたわ」
ランは頭を掻きながらいかにも失敗したというようにそうつぶやいた。ただ、誠も『北斗の拳』と言う伝説の漫画があったことは漫画に詳しいので知っていたが、その作品は読んでいないもののドキュメンタリー漫画では無かったような気がしていたことは思いついたが、『人外魔法少女』で文化的にかなり歪んでいるランには何を言っても無駄だと黙って話を聞いていた。
「アタシはその作品は心打たれたよ。20世紀末の地球はあんなに荒廃していたんだな……なるほどアタシが地球人を好きになれねーのも当たり前の話だ。みんなグレてた頃の島田みてーな格好じゃねーか。その場にアタシがいたら全員三日はその場で正座だな。ただ、その中でもまるでアタシをモデルにしたんじゃないかと言う男が一人いたな。そいつの生きざまはまさにアタシの生きざまそのものだった」
そう言って満足そうにうなづくランを見ながら誠はそもそもランがその人物を『男』と言っていた時点で嫌な予感がしていた。
「そいつの戦い、そいつの生きざま……そいつは最終的に『我が生涯に一片の悔いなし!!』と叫んで自ら命を絶ったが、不死人のアタシにはそんなことを言っても生き返っちまうからギャグにしかならねーんだ。ほら、神前。ここは笑うところだぞ」
ランはそう言って誠に笑顔を強制して来るが、その台詞を吐いて自決するどうやら英雄らしい人物の話を聞いて笑えばいいのか分からすに口元に引きつった笑みを浮かべた。
「そのセリフも、『退かぬ!媚びぬ!省みぬ!』や『愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!!愛ゆえに人は悲しまねばならぬ!!』なんてアタシが敵と戦っている間に言ってもおかしくねーよーな良ーことを言ってた。まるでアタシの精神を表したよーな言葉だ。その『ラオウ』と言うキャラはアタシは滅多に漫画は読まねーがアタシの生き写しのようで感銘を受けた。神前。オメーのおかげだ。たまには漫画を読んでみるのも良ーもんだな」
そのランの名台詞のチョイスを聞いてその『ラオウ』と言うキャラはきっとランのような8歳女児の見た目なのではないだろうことくらいは誠にも十分予想がついた。
目の前にいるのは、どう見ても飲み会と言えば一升瓶を抱えて現れることで知られた8歳女児である。その8歳女児が、なぜか拳王の生き様に深く共鳴している。誠は、世界のどこから否定すればいいのか分からなかった。
「だがな、言っとくことがある。これは戦闘技術や戦略、そして世界情勢などよりオメーには重要な話だ。まず、オメー自身を真に強くするというアタシに課せられた義務なんだ。これはアタシがこの部隊の隊長を一応やっているあの『駄目人間』とオメーの母ちゃんから頼まれた副隊長として、そして人として与えられた当然の義務なんだ。アタシは軍人以上義務は必ず果たすことを信条としている。だから、任務は必ず果たす。そして人としてある以上、オメーの母親にオメーを育ててくれと頼まれたらそれに応えるのは人として当然の話しなんだ。そんなアタシを納得させる為にはオメーはアタシの教育方針に従ってもらう。そしてすなわちそれはオメーの義務でもあるわけだ。分かるな?」
ランはそう言って、すっと真面目な表情を浮かべた。誠はランの急に変わった表情の意味が分からなかった。
「僕自身の話しですか?隊長から頼まれたという話だったら、あのどうしようもない『駄目人間』の言うことなんて無視してもらっても良いって言い返すところですけど、母さんの名前を出されると、話は別です……でも僕のパイロットとしての技量とも法術師としての力とも……そして世の中の動きとも関係ないもの……それって何です?母さんが僕に教えたことは剣を取るということはどういうことかだけですよ?しかもそれを聞いたのは僕があの『光の剣』に似たようなものを発動するようになってしまった小学校高学年のころまでの話しで、それからは僕が何して良いかと言うことを母さんに聞いてもたまに帰ってくる父さんに聞いても教えてくれませんでしたよ?それっていったい何ですか?それってそんなに任務や僕の人生にとっても重要なことなんでしょうか?」
誠にはちっちゃなランがこぶしを握り締めてこれから言おうとしている言葉の内容が推測できずにそんな間抜けな問いをするしかなかった。
「アタシは見た通り『8歳女児』だ。そして『魔法少女』だ。それはオメーも認めるところだな?違うか?つーか認めろ!アタシは認めたくねーが目で見たものがリアルと言うのがアタシのポリシーである以上、アタシの見た目がどう見ても8歳女児だという事実はアタシ自身も認めざるを得ないわけだ」
ここで誠は思わず椅子からずり落ちそうになった。ランの見た目が8歳女児のそれなのにそれを指摘すると『自分は34歳だ!』と常々反論しているランの口からそんな言葉が出てくること自体が矛盾している。そして自分を正気で『魔法少女』と呼ぶ人間にはこんな場所よりも精神科か心療内科の病室がふさわしいように誠には思えていた。
考えてみれば高い日本酒が何より好きで、魚を一匹出されただけでその魚の来歴や旬や料理法による味の違いについてのこだわりを話し始めると止むことの無いような8歳女児など聞いたことがない。それ以前に、ランの態度や趣味のすべてはどう見ても東和共和国でもほとんどネットスラングと化している『頑固で融通が利かない昭和のおっさん』のそれである。
「8歳女児の部下っていえば、当然上司に配慮するべきだな……うん、うん。それに地上波放送を考えると『魔法少女』には『大人の事情』というものが絡むもんだ。そんな相手に対して配慮が無い態度をとる。これは許しがたいことだ。今の世の中コンプライアンスがうるさいんだ。そのコンプライアンスの主たるものとして『そんなものを子供に見せるのは間違っている』と言うものがある。ということだから、オメーはそのコンプライアンス順守の精神をもって見た目がオメーには8歳女児にしか見えねーアタシへのコンプライアンス上の配慮があってしかるべきだというのが社会人であるオメーには義務付けられている訳だ」
なぜかここでランは大きくうなずいて、一人納得していた。
「どんな配慮をすれば……それと今、認めましたね?自分が『魔法少女』だって。それに地上波放送……中佐は何がしたいんですか?中佐をヒロインにしてドキュメンタリーでも撮るんですか?『魔法少女』モノの……『魔法少女』モノのドキュメンタリー映画なんて聞いたことが無いですよ。ああ、地球には『魔法少女』は実在しないですからね。でも、中佐は今こうして僕の目の前にいますから、撮れそうですね、『魔法少女』モノのドキュメンタリー映画」
誠は、どんな無理難題を押し付けられるかを気にしながら、ちっちゃな上官の顔色を窺った。
「そんなの決まってんじゃねーか!」
ランはカッと目を見開いて誠を指さした。
「一人前になるまで『恋愛禁止』!8歳児の『好き』が恋愛感情を伴ってその先のエロに繋がる話を聞いたことがあるか?アメリアの作ってる『登場人物は全員18歳以上です』とどう見てもユーザーを変な方向に導いているエロゲとは話が違うんだ!確かにアタシは34歳だがそんなエロい展開を望んだことは一度もねー!」
詰め所の空気が、一瞬だけ凍りつく。
「ちっちゃい子の前で変なことして教育上よくねーとか思わねーのか?」
『自称34歳』とは思えない発言に、誠は唖然とした。
「今は相手がいないから問題ないですけど……でも結構うちは美人が多いじゃないですか?『モテない宇宙人』である僕でも『力』に目覚めると思いも描けないフラグが立ったりするかもしれないじゃないですか?別にエロゲに限らず全年齢対象の恋愛育成ゲームでもよくある話しですよ……確かにそれを少しだけ期待しているのは事実ですけど……」
誠の情けない言い訳に、ランは全く耳を貸さなかった。
「そんな話はすべては一人前の『漢』になってからのことだ。それまではひたすら技術を磨け、心を磨け、学べ、考えろ!『漢』になればすべてが解決する!今のオメーは『漢』じゃねー!『漢』にのみ女を愛する資格がある!軟弱者にはその資格はねー!」
軍隊らしい説教と、8歳児の理屈が混ざった無茶苦茶な要求だった。
『逃げ場を作る隊長と、恋愛を封じる中佐。どうして僕の人生は、極端な人にしか囲まれないんだろう』
誠はその両極端な隊長と副隊長を上司に持つ自分の境遇に改めて自分が『特殊な部隊』と呼ばれる部隊に配属になった事実を再確認した。
「オメーがアタシをも唸らせる真の『漢』となった時……アタシの分身ともいえる『ラオウ』は愛に苦しんだ。アタシから見ればまだまだと言えるがオメーの及ぶところではねー『サウザー』も愛に苦しんだ。つまり、未熟な奴に愛は早い。これは歴史が証明しているんだ!それらすべてを超えた地点にオメーが立った時こそオメーは『漢』と呼べる!そん時はアタシがオメーにふさわしい妻を紹介してやる!うちの女共はどーかしている!アタシの眼鏡にはかなわねえ!」
もうこうなると、禅寺の修行の境地である。
「クバルカ中佐、無茶苦茶言いますね……でも隊長は一人前なんですか?駄目なとこだらけじゃないですか。あの人だって結婚してたんだから、僕が恋愛したっていいじゃ無いですか!」
誠は腑に落ちないというように、そう口答えをしてみた。
「あの『駄目人間』を見てアタシは悟ったの!アレは『漢』のなりそこないだ!『漢』以外の恋などアタシが認めねー!そんな半端もんは全員アタシの『関の孫六』の錆にしてやる!」
ランは机をバンと叩いた。
「そんな無茶な論理……でも隊長は……」
誠はなんとか食い下がろうとしたがランには容赦が無かった。
「あーなっちゃダメなの!オメーもアレが『駄目人間』なのは認めてるじゃねーか!」
即答である。
「それにあれでも一応アタシの上司だし、娘に管理されて何とか人並みの生活を送れているんだから……とても参考にはならねーだろ?」
ランは鼻を鳴らす。
「『女好き』のお守は一人で十分!これ以上面倒は見られねー」
非情に言い切るランに誠には半泣きの表情を浮かべた。
「それってマジですか?僕はもう24歳ですよ。いい加減彼女くらい欲しいので」
誠は言っても無駄だと思いながらも、目の前の巨大な壁――のように立ちはだかっている、小さな『人類最強』の女傑に視線を向けた。
「おお、マジだ!これ以上ねーくらいマジだ!」
ランは即答した。
「24歳?そんなの知るか!アタシがオメーを『漢』と認めた時がその時だ!それが60歳だろーが100歳だろーがその時がその時だ!」
そう言ってランは、勝ち誇るような笑みを誠に向けた後に、すくっと立ち上がった。
彼女は静かに扉の所まで行くと、勢いよく扉を開いた。
そこには当たり前のように、かなめ、カウラ、アメリアの三人が立っていた。
扉のすぐ外で耳をくっつけていたらしく、三人とも、開いた勢いで少しよろめく。
「と言うわけだから……分かったな?」
ランは何事もなかったかのような顔で言った。
「こいつにちょっかい出すのは加減しろよ、オメー等も」
そう言って、すたすたと去っていくランの後ろ姿を見ながら、三人は顔を赤らめた。
「なんであんなこと言うんだ?神前はアタシの下僕なんだぞ?なんで下僕にそんな感情を持つんだよ」
かなめは誠から目を逸らしながら、椅子に腰かけている誠に近づいてくる。頬をふくらませ、いつものようにぶっきらぼうだ。
「私は指導をしてやっているだけだ。神前に気があるとか……そういうことは絶対にない!」
カウラは顔を真っ赤にしてそう断言すると、かなめに続いて部屋に入ってくる。
言っていることと、耳の先まで染まった赤色が、これ以上なくちぐはぐだった。
「私は……面白ければ全部OKなんだけど!」
一方、アメリアはいつもの笑顔を浮かべていた。
「誠ちゃん!改めてよろしく!」
戸惑う誠に握手を求めて来るアメリアの手は、妙に暖かく感じられた。
『逃げ場はある。でも、逃げたくはない。この『ろくでもない女達との日常』から、もう目をそらせない』
誠達はランにその発言を受けて説教を受けている三人を見ながら気がしていた。
その暖かさが、何かよくない予感をはらんでいるような気がしてならない。
「よろしくお願いします……」
誠は、まだ状況を飲み込めないまま、ぎこちなくその手を握り返した。
「つー訳だから……よろしく頼むぞ!神前」
ランは詰め所の入り口から顔だけひょいと出し、そう言いながら、とてもいい顔で笑った。
『特殊な部隊』での、誠の『特殊な戦い』が、今始まろうとしていた。
本人が望まない形で始まった誠の人生がこれからも誠の望まない形で進んでいくことになることも今の誠には知る由も無かった。
了




