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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十九章 『特殊な部隊』の大宴会

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第210話 ダグフェロン

「それよりアメリア。いいのか?今からここを出ないと艦長研修の講座に間に合わないんじゃないのか?お前さん……研修に出席手続きだけして途中で抜け出してるのは俺も知ってるんだよ。今日もそんな事をしたら本当の今回の昇格取り消すように上に上申するよ?俺の後任として俺がお前さんを推してるのは事実だけど、そんなことが続いたら上の言う通りランにこの椅子を譲ることになるけど……それでも良い?というかそうなったらあいつは善意で全員を限界まで働かせる。悪意がないぶん、誰も止められない。だから困るんだよたぶんうちは数週間後にここで全隊員が死体として発見される可能性があるから嫌なんだ。しかもそうしたランが善意でそうやってるだけにその捜査に当たった県警とか労基署の人達の事が気になってそんなことにはなって欲しくないの」


 嵯峨が頭を掻きながら言った。


 隊長室の壁掛け時計は、すでに講座開始予定時刻にかなり近い時刻を指している。灰皿の横には、アメリア宛ての『東和宇宙軍本部』からの封筒が雑に置かれていた。


「大丈夫ですよ、隊長。ちゃんと東和宇宙軍本部からの通達がありました。今日の研修は講師の都合でお休みでーす♪それに、この椅子は『頭の切れる人間じゃないと務まらない』と言ってるのは隊長じゃないですか!ランちゃんのひよこ頭が善意で人死にが出るのは分かってますから、運航部部長としてそれだけは阻止しますから。でもランちゃんの事前調査と作戦指揮だと最初の出動でランちゃん以外は全滅して終わりですよね。まあ、ランちゃんは『人外魔法少女』だから敵は全滅するでしょうけど。そんな事を考えて指揮をとれる人間が隊長以外には私しかいないことは隊長も分かっているんでしょ?なら次期隊長候補としていろいろ勉強させてもらおうかなーなんて思ってるんですよ」


 元気に答えるアメリアに向けてかなめは明らかに敵意むき出しの目でにらみつけた。


「なんだよ。オメエも今回の月島屋でやる出動のご苦労さん会に来るのかよ……せっかく一人分部屋が広くなると思ったのによ……あと、神前の隣の席は譲らねえからな!カウラ!オメエもだ!神前はアタシ専用の『下僕』だ!神前!残念だったな!『雄犬』になれば毎日アタシの顔を拝めて全裸での散歩に付き合ってやれるがアタシもそんなに暇じゃねえんだ。だから『下僕』としてこき使うと言う程度の付き合いで我慢しろ」


 愚痴るかなめをアメリアは満面の笑みで見つめている。


「あのー西園寺さん?僕がいつ全裸で西園寺さんにひかれて散歩をしたいと言いました?そう言えば西園寺さんの妹さんはそれを喜んでたらしいですね?いっそのことうちを辞めてその人の飼い主に戻るために甲武に戻るっていうのはどうでしょうか?」


 誠はかなめの提案がどうにも受け入れがたくて、さらにそんなかなめすら呆れさせるほどの変態であるかなめの妹の存在に恐怖していた。


「ガサツなサイボーグ専用の『下僕』だなんて……誠ちゃんもかわいそうに……いっそのこと私と同棲しない?同じ趣味同士話が合うと思うし!そのまま……東和共和国での『同棲』は100%結婚を前提としたものと世の中の遼州人達は理解するわ!そうすれば私の負け続きの婚活生活にも終息の日が来る!一石二鳥よ!」


 アメリアは誠に向けてそんなとんでもない提案をしてきた。


『一石二鳥って、僕の幸せとアメリアさんの婚活の終結ってことか?どっちにしても、鳥にされるのは僕なんだけど……それとその後に機動部隊の詰め所で西園寺さんの銃に怯え、カウラさんから冷たい視線を浴びる日常を送ることになる僕のことをアメリアさんは考えているんだろうか?』


 誠にはアメリアの自己中心ぶりを見てやはりこの人は『自分の幸せ以外はすべて敵』な人なのだと改めて思った。


「同棲ですか!?そのまま結婚?そんなの早すぎますよ!」


 アメリアの無茶苦茶な提案にためらう誠の白黒した目に見つめられても相変わらずアメリアはいつものアルカイックスマイルを浮かべていた。


 悪乗りするアメリアにカウラは怒りの視線を向けた。


 アメリアのその笑みは『冗談半分本気半分』だと分かっていても、耳まで赤くなってしまう自分が情けなかった。


 一方でかなめの半分本気の冗談とアメリアの完全に冗談から出た言葉を理解できない真面目な人間がこの場にいた。


「そんなことが許されると思うか!同棲?結婚?その理由が『趣味が合うから』?そんなことが認められると思うか!神前は私の小隊の部下だ!小隊長の許可なく同棲や結婚など私は認めない!この東和共和国では基本結婚は上司や親の紹介による見合い結婚がほぼ8割を占めているんだ!であれば、神前の上司である私には神前の結婚相手を選ぶ義務がある!その義務を果たす身として貴様のような軽薄な人間を私は選びたくない!」


 初恋相手を奪われることに激怒したカウラがアメリアに向けて殺意を込めた一言を放った。


「アメリア!テメエ何勝手に話を進めてんだ!こいつはアタシの『下僕』なんだ!ああ、神前、やっぱり『雄犬』に格上げしてやる!うまくいけば『』くらいは考えてやるぞ!その特別待遇の相手としては……うーん……妹のド変態のかえでにはもったいないからアタシがその役を務めてやろう!どうだ!童貞のオメエにとってはこれ以上ない条件だろ?」


 カウラは冷静を装いつつ抗議し、かなめが頬を膨らましていた。


 誠はかなめの提案がどう考えても『格下げ』で、要するにかなめはアメリアから誠を奪い取って誠を退屈しのぎのおもちゃにしたいだけだと悟ってため息をついた。


 ただ、その表情があまりに真剣に見えるのが誠には彼等が相変わらず『特殊な部隊』の愛すべき馬鹿であることを再認識して少し優しい気分になった。

 

 さっきまで『降格』の二文字で胃が冷たくなっていたのに、いつの間にかいつものドタバタに巻き込まれている……この空間が、自分の『日常』になりつつあることを実感する。


 誠は理解した。自分の曹長降格より、今この三人に囲まれていることの方が危険だ。少なくとも、司法局人事部は銃も婚活も初恋も持ち出してこない。


「お前等の近くで聞いていて頭が痛くなるような理解不能な恋愛トークはもうこりごり。俺はモテてたけど、お前さん達みたいな女は俺の前には一人も現れなかったし、俺も望んでなかったから。でだ、話を変えると実は05式特戦の愛称が決まったんだわ。必要あんのか知らないけど上が愛称をつけろってうるさくてね……そんなんだったら甲武みたいに通常の呼称を『火龍』とか『飛燕』とか『雷電』とかにすると法律を変えればいいのにね……まあ、別に東和陸軍の呼称を準用しているうちの責任だと言われたらぐうの音も出ないけど。神前が活躍したおかげで一気に知名度が上がっちゃった05式が東和陸軍関係の機体だって名前を勝手につけることで世間にアピールしたいんじゃないかなー東和陸軍は」


 突然話題を変えた嵯峨に全員が丸い目を向けた。


 隊長室の空気が、政治と人事の話から、一気に『お役所的広報センス』の話へと切り替わる。


「なんだ?『愛称』って?そんなもんが任務に何の関係があるんだよ。つけたのは東和陸軍だろ?うちは司法局じゃん。東和陸軍の機体でもねえ05式になんで東和陸軍が名前を付けるんだよ。それに納得する司法局も司法局だ。そんなの嫌だってことわりゃ良いんだ」


 かなめは明らかにやる気が無いようにそう尋ねた。


「あってもいいだろうな。現東和陸軍や宇宙軍で使用されている主力シュツルム・パンツァー02式にも『ストロングファイター』と言う愛称がある。その方が親しみが持てる。軍も民間人に好感を持たれようと必死なんだ。察しろ」


 カウラはうなずきつつ嵯峨の言葉に耳を貸した。


 400年の平和に慣れて軍という物にあまりいい印象を持たない東和共和国の人間にとって、『正式名称』と『愛称』が二重に存在する兵器は珍しくない。

 

 だが、現場の兵士たちが実際に口にするのは、結局『短く呼びやすい名前』だけなのもまた事実だった。


「そもそも東和陸軍の兵器の愛称って世間で定着した事ってあるの?02式の『ストロングファイター』はなんだかつまらない名前でどの軍の会議に出てもそんな名前で呼んでる人なんて聞いたことが無いわよ。でもまあ、05式のは……面白い奴だといいわよね……まあ多分みんなすぐ忘れるわよ……私だって東和陸軍の89式の愛称なんて覚えてないし。そもそもこの国のお役所のネーミングセンスの無さってどうにかなんないの?どうせならその名前を聞いただけで敵が笑い転げて戦闘にならなくなるほどインパクトのある名前だったらかなめちゃんが言うように任務の役にも立つんじゃないかしら?」


 アメリアと言えば、とりあえずギャグになるかと言うことばかり考えているようだった。


「アメリアさん、名前を聞いただけで敵が笑い転げる兵器ってどんな名前なんですか?でも、僕のせいで法術使用を前提とした名前とかつきそうですね。呼びにくい名前や長い名前は嫌ですけど……でもまあ、どうせお役所の名前なんてみんなあってないようなものだと思っているので僕にもどうでもいいことなんですけどね」


 誠はおずおずとそう言った。


 誠が遼州人にしかない能力である『法術』を使用してしまったために遼州同盟の『特殊な部隊』の使用シュツルム・パンツァーに変な名前がついてしまうことに少し気後れしているのは事実だった。


「まあな。名前なんて有っても邪魔にならないからそれはそれで良いんじゃないの?それにあんな化け物みたいな力を出すことはあの機体が開発された時点で分かってたからそれに似合う画期的な名前にしようってことで、前々から決まってた名称の正式決定が出たのは事実だからさ」


 嵯峨はそう言うといかがわしい雑誌の下から長めの和紙を取り出す。


 隊長室の机の上……書類や空き缶や灰皿に埋もれたそこから、やけに品の良い和紙だけが浮いて見えた。墨痕の乾いた匂いが、かすかに鼻をくすぐる。


「じゃーん……この書体はお前さん達でも読めるように俺のセンスを殺して書いたんだ。それなりの反応をしてくれないと泣いちゃうよ?」


 相変わらず『駄目人間』らしいやる気のない言葉の後に嵯峨はその和紙に書かれたカタカナを見せびらかした。


『ダグフェロン?』


 全員が合わせたようにそう叫んだ。


「ダサい名前だな、どこの馬鹿がつけたか知らねえけど」


 かなめの反応は誠の予想通りだった。


「ギャグにはならないね。つまんない。こんなんじゃ敵に受けが悪いんじゃないの?」


 そう言う問題では無いのではないかと思いながら誠はアメリアの言葉を聞いていた。


「戦場で呼びやすいかどうかが重要だな。別に長すぎて呼ぶのに疲れるわけでもないのだから問題ないだろう。どうせすぐに忘れるのだからどうでもいい話だ」


 カウラにとっては機体の愛称などその程度のものなのだろうと誠も思った。


「そんなに白々しい反応されると発表した俺もむなしくなるからもう少しかっこだけでも驚いてくんないかな?それで名前の理由はと言うと『ダグ』は古代リャオ語で『始まり』の意味。『フェ』は……ようするに日本語の『の』って感じの意味。そして『ロン』は『鎧』って意味なんだ。この遼州星系にやってきたと言う神が乗ってた『始まりの鎧』って意味。わかる?今は失われた遼州語で付けたんだ。遼州ならではの力を使った神前の影響が無かったとは言えないな」


 嵯峨の出来の悪い子供に教え諭すような言葉に誠達は大きく首を横に振った。


 古代リャオ語……地球人が来る前、遼州人が話していたというウラル・アルタイ系の言語と似たような文法を持つ『古代リャオ語』だった。

 

 今では、東和共和国も遼帝国では『古代リャオ語』の話者はいない。どちらの公用語も日本語で、第二公用語すら存在しなかった。それどころか遼州圏で日本語が通用しない場所は無いと言えるほど普通に日本語が通用するのが遼州圏だった。

 

 そんな中であえて『失われた母語』を持ち出してくるあたり、いかにもお役所のネーミングセンスだった。


『『始まりの鎧』……英雄なんて大げさな言葉を、曹長の自分が着ている……これは隊長の嫌味か?それとも司法局全体で僕を虐めに罹ってるのか?』


 そう思うと、誠は笑えるような、泣きたくなるような、妙な気分だった。


「嫌いか?まあいいや、お前さん達の好き嫌いなんてどうでもいい話なんだから。どうせこんなお上が決めた名前なんて浸透するわけないし……これまで通り05式でいいじゃん」


 身もふたもない嵯峨の言葉を聞いてかなめ達は飽きたというように嵯峨に背を向けた。


「『ダグフェロン』ねえ……良いんだか悪いんだか分かんねえ名前だな。まあいいや、アタシたち、戻るわ」


 かなめが肩をすくめ、アメリアは『ネタとしても弱い』と小声でぼやき、カウラは黙って頷いて踵を返す。

 

 パーラとサラは、まだ誠の降格が納得いかないという顔でこちらを振り返ったが、結局何も言わずに嵯峨に軽く会釈して出て行った。島田も『じゃ、自分仕事戻ります』と頭を掻きながら続いた。


 気の抜けた嵯峨と取り残された誠はただ茫然と嵯峨の持っている和紙に書かれた『ダグフェロン』を眺めていた。


 さっきまで人いきれでむんむんしていた隊長室が、急に広く静かに感じられる。埃っぽい空気の中で、和紙の白さと墨の黒だけがやけにくっきりしていた。


「『ダグフェロン』……」


 誠は嵯峨の書いた文字を見つめて感慨深げにそうつぶやいた。


 さっきまで笑いものにしていた名前が、二人きりになると急に重くなる。


 『始まりの鎧』。曹長に落とされた自分には、あまりに大げさな名前だった。けれど、その機体で自分は人を殺し、仲間を守り、世界を変えてしまった。だから笑えなかった。



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