第204話 恋愛現場、封鎖不能
「そんな……カウラさんはただの気まぐれだったと言ってましたよ。それを皆さんはこんな大事にして何が楽しいんです?僕が困るのがそんなに楽しいんですか?あなた達のしていることは『モテない宇宙人』である遼州人が宇宙でどれほど特殊な存在であるかを宇宙に知らしめるための実験データを提供しているだけなんですよ?」
誠は『モテない宇宙人』である遼州人であるという自覚とその誇りに賭けて思わず怒気を孕んだ調子でその乱入者に向けて怒鳴りつけていた。
「僕やひよこちゃんは地球圏の連中からあなた達が趣味で追い掛け回されなくてもその任務とやらで生まれたときから観察されてるんですよ。そんな僕にこんな観察記録をつけますよ的な態度をとって僕が怒らないと思ってたんですか?つまり『遼州人がモテるとどういう反応を示すか』という報告データが地球圏を走り回ることになるって意味ですよ?そんな情報が地球圏を走り回ったら連中腹を抱えて大笑いしますよ?自分達も笑いものになるのがそんなに楽しいんですか?そんな東和の恥、遼州人の恥を宇宙に晒して一体アナタたちは何がしたいんですか?」
かなめ達の闖入に、ようやく落ち着きつつあった胸のざわめきがぶり返す。こちらはカウラに対して向けた複雑な理解不能なそれとは違い、明らかに明確に分かる怒りの感情を中心とした見慣れたざわめきだったので誠の言葉には一切の迷いも手加減も無かった。
誠は怒っていた。あの高校時代の試合の時に湧き上がった瞬間的な怒りの沸騰ではなく、今の理系人間の理性的でどこまでも理屈で相手を叩きつぶす気満々の静かでどこまでも粘着質な怒りの炎が誠の心の中で燃えていた。
誠は、狭いエレベータの中で、かなめに向かって自分では鬼の形相のつもりだが、はたから見るとただ困っているだけの顔をしてそう尋ねた。かなめは完全に自分は他の全員の遼州人の『モテない精神』に染まり切った人間とは違うんだというような勝ち誇ったような笑みを浮かべながら誠を見つめてきた。
「気まぐれねえ……どうだか。アタシには関係ないね。だってアタシは半分地球人の血を引いてるから遼州人独特の『モテないコンプレックス』とは全く無縁に生まれてきたし、実際モテてるもん。アタシがここにいるのはオメエが言うようにモテないオメエを笑いに来たのは半分は事実だけど、残りの半分はモテないオメエがどんな勘違いをしているかとただ面白いから見に来ただけだ。さっきから言ってるようにアタシは半分は地球人の血を引いてる。神前、アタシを自分と同じ『モテない宇宙人』である遼州人扱いするな!アタシはモテたことなら散々あるんだ!今男がいないだけであって生まれてこのかた一度も女と学校で強制されたとき以外に手も握ったことがねえオメエと一緒にすんじゃねえ!ただ、今の神前の心理状態をこれからも観察してそれをデータにまとめて地球圏の政府の工作員に売るっていう神前にしては面白い思い付きには乗ってやってもいいな。幸い、アタシには非正規部隊にいたときに共同作戦をしていて今でもコネのある地球圏の工作員の知り合いがいる。そいつがそのデータに飛びつくのを見るのも面白い」
かなめは誠を突き放すようにそう言うと、グラスのラムを口に含んだ。こんな所までラムを持ち込んで酒を飲み続けるかなめがモテたことがあるということは誠には信じられなかったが、嘘をつくとすぐわかる感情がすぐ顔に出るかなめが明らかに本当のことを言っている時の顔でそういう様子から見てかなめが誠とは違ってモテたことがあるのは事実なのだろうと理解できた。
ただ、かなめが自分はモテるという言葉とは裏腹に、その視線はほんの少しだけ誠から逸らされている。
「かなめちゃん。それはどの口が言うのかしら?自分がモテた?それは過去形でしょ?それに今、現在フリーだってさりげなく誠ちゃんにアピールして見せたわよね?それって明らかに今ならモテ女がモテない誠ちゃんでも自由にできるんですって言いたいってことだと私は理解して良いってことよね?それにここに私達が来る原因を作ったのもそもそもかなめちゃんじゃないの。私や中佐を殆ど拉致みたいにして引っ張ってきたじゃない……それに隊長がいつもかなめちゃんを見て言ってるわよ。『かなめ坊は遼州人の血が濃いなあ』って。つまり、かなめちゃんがこれまで『モテた』と主張しているのは島田君と同じで性欲に押し流された結果と相手がそのかなめちゃんが常に持ち歩いてる銃が怖かっただけなんじゃないの?正直に言いなさいよ。それはモテてるとは言わないと思うわよ。そんな事を自慢するかなめちゃんの神経を疑いたくなるわねえ」
アメリアは、冷やかすような調子でかなめの耳にささやいた。
その姿は、いつもの『他人をおもちゃにする側』のアメリアそのものだ。
「アメリア!外に出て真空遊泳でもして来い!もちろん生身でな!アタシは真実を語っただけだ!それにオメエ等も別にアタシが手を引かなくても元々腰が浮いてていつ誰がその先陣を切るかって目配せしてたのをアタシが見てねえとでも思ってるのか?オメエも最初からここに来る気だった!違うか?」
ムキになったように手にしたラムの入ったグラスをひよこに押し付けるとかなめは長身のアメリアの胸ぐらをつかみ上げた。強力なかなめの軍用義体の力で身長が遥かに高いアメリアをかなめは軽々と持ち上げてみせる。
「助けて!誠ちゃん!変態ドSサイボーグがまた悪いことを考えているわよ!そんなか弱い女子を守って見せるのが『法術師』の力の見せ所でしょ?」
機会があればまとわりついてくるアメリアのやり口も、誠にはだんだん読めてきた。アメリアは遺伝子上は地球人と同じ存在だが、その心は『モテない宇宙人』である遼州人よりもさらに『モテない』ことを極めた『スーパー遼州人』と呼べる存在なのである。彼女の『モテないコンプレックス』は純血の遼州人である誠のそれを遥かに凌駕しているのだろう。
そんな『スーパー遼州人』でも、一応上官であるというところから、黙って誠はアメリアに抱きつかれた。
柔らかい感触が胸元に押し付けられる。
誠は助けを求めるようにランを見た。ランは完全に見物人の顔をしていた。かなめは怒っていた。島田は笑っていた。サラは面白がっていた。ひよこは何か詩の題材を見つけた顔をしていた。誰一人、助ける気がなかった。
ただ、誠はアメリアの豊かな胸の感触に、つい少しだけ幸せを感じていた。
「今度はアメリアが相手か?良かったな。神前。オメエこれで本当に童貞喪失ができそうだ……愛も恋も知らずに島田のように性欲に流されて。神前、その状態はモテてるとは言わねえぞ。性欲のはけ口にされているだけって言うんだ。勘違いするんじゃねえぞ」
素っ気ない口調の割に、かなめの顔は怒りにこわばっていた。
ラムの瓶を握る手に、わずかに力がこもる。
「でもなあ、神前」
先ほどの鋭いボディーブローのことは忘れたというように、島田が心配そうにつぶやいた。
煙草の煙が、狭いエレベータの天井に薄くたなびく。
「そういや最近、隊員の誰かが盗撮されてたって話があったな」
島田がタバコをくゆらせながらつぶやいた。
「技術部にはな、画像合成が得意な奴がいる」
島田は煙草をくわえたまま、妙に真面目な顔で言った。
「カウラさんの部屋の監視ログと、お前の顔写真があれば、いくらでも『それっぽい絵』は作れる。で、それをカウラさんファンに流す。そうするとどんな現象が起きるか……オメエにも分かるよな?」
島田はまた妙なことを言い始めた。その言葉に誠の背中が冷えた。
この男は、冗談の顔で本気の嫌がらせを考える。
技術部員たちの間で密かに出回る『裏動画』の存在が、誠の背筋をゾッとさせる。
「そんな!盗撮なんて!あの人達は何を考えているんですか!と言うか、そのアイディアをその人たちに吹き込んだのはたぶん島田先輩ですよね!そんなに島田先輩は僕の邪魔をして楽しいんですか?これからの僕の人生を導くとかいいこと言っといて結局島田先輩には自分以外がモテることに関しては嫉妬する遼州人の本能だけで動くことしかできないんですか!」
誠は半分泣き声でそう叫んだ。
これ以上面倒なことは御免だ……そんな思いが誠の脳裏を駆け抜ける。
「ああ、技術部の情報士官のあの連中ね。あの元ホストの『特殊な部隊』の自分と自分に危害を加えてくる可能性のある島田君以外がモテないことに大満足で笑い転げてる連中の考えることだもの……それはありそうね。私もそれもらおうかしら。いいネタになるかもしれないし……私もそれをネタに誠ちゃんを脅してカウラちゃんより先に誠ちゃんを手に入れる……これは良い材料になりそうだわ♪そうすれば私の遼州人のモテない精神からの脱出することができる。確かに東和の遼州人はモテないことで平和を手に入れたけど、私はいい加減その状況から脱出したいの。誠ちゃんも協力してね♪」
にやにや笑いながら、アメリアが誠の弱みに付け込んでくる。
完全に『面白い玩具を見つけた大人』の目だった。
アメリアにまでそんなことを言われたら、自分の命運が尽きるくらいの想像力は、誠にもあった。
「安心しろ。あの学生時代はホストをしていた連中には『前科』が有るからな。そんなことをしたらアタシの『昭和の大文豪』の首を落とすのに使われた『関の孫六』で斬首するって言ってある。いくらアイツ等が『いい雰囲気の男女を見ると嫉妬してぶち壊しにすることを生きがいにしている遼州人の中でそれを利用して小銭を稼いで大学を出たモテ男』だからと言っても、その習性と命の天秤の賭け方くらい考えてると思うぞ」
にこやかに、そしてかわいらしくつぶやかれたランの言葉が、何となく恐ろしく感じられて、全員がその情報士官にこれから起きるだろう不幸を心の中で哀れんでいた。
その『前科』が何なのか、あえて誰も聞こうとはしない。そしてその『前科』の対象となった男女は『いい雰囲気の男女を見ると嫉妬してぶち壊しにすることを生きがいにしている遼州人』の集団である『特殊な部隊』から逃げ出していったのだろうと誠は思った。
「ああ、みんな戻って来たんだ。それより……カウラは大丈夫だった?」
ハンガーのある階で止まったエレベータが開くと、心配そうな顔をしたパーラが待ち構えていた。彼女の顔には純粋な心配の色があり、誠を襲撃しようとやってきた連中の顔の中に見え隠れした『嫉妬』の色が無かった。誠はパーラがどこまでも地球人の遺伝子で作られた『常識ある』人造人間なのだと分かって胸をなでおろした。
修理用ジャンパー姿のまま、手には箸と小皿を持っているあたりが彼女らしい。
「ああ、アイツはそう簡単にくたばらねえよ。それより、パーラ。まだクエはあるか?今日のヒーローの神前はランの姐御ほどじゃねえけど食うんだから……ちゃんと用意しとけよ。もし足りねえようならアタシに言え。銃でアタシが他のテーブルの連中を説得する」
そう言いながら、一向に誠から離れようとしないアメリアを、かなめが力づくで引き剥がした。
アメリアは名残惜しそうに誠の袖を掴もうとして、ランの視線に気づいて慌てて手を引っ込める。
誠は自分をネタに笑う仲間達を見ながら、ふとカウラの部屋の扉を思い出した。あの静かな廊下。赤く染まった頬。『放っておけない』という言葉を、少し寂しそうに受け取った彼女の顔。
この馬鹿騒ぎの中で、その記憶だけが妙に静かだった。
今頃、カウラはどんな夢を見ているのだろう。そう思った瞬間、誠は自分がまた一つ、面倒なものを抱え込んだ気がした。




