第203話 恋愛現場につき、総員突入
誠はカウラの部屋を出て宴会場に向かうエレベーターのボタンを押した。
エレベータが開くと、そこにはかなめ、アメリア、サラ、島田、そしてランとひよこがぎゅうぎゅう詰めで乗っていた。
誠は自分とカウラが二人っきりになったらその結果『モテない宇宙人』である遼州人の誠がその機会を利用しようとする可能性があると考えてついてきそうな人物の全員が揃っている現状を目の前にして唖然としていた。
エレベーターの中は酒臭かった。ラム、日本酒、ビール、クエ鍋のだしの匂いまで混ざっている。しかも全員、妙に目が輝いていた。……完全に野次馬の目だった。
ひよこ以外の全員の手には缶ビールや酒瓶、つまみの皿まであり、まるで移動式飲み会だった。恐らく、その誠の願望を邪魔しようという考えを持たずにこの場に居るのは純粋に医療従事者としての義務感とこのメンバーを放置しておくと誠に何をするか分からないということを察したひよこだけなんだろうということは誠にも分かった。
その顔にあるのはひたすら『好奇心』と『神前がモテるというのは許せない』と言う個人的感情が見て取れた。そしてその本心を隠すための薄ら笑いを浮かべる彼らの口元にはあまりにも早く誠が戻ってきたことに対する落胆が見て取れた。
「あのー。皆さん何をしてるんですか?というか、なんとなく分かるような気がしますよ……僕とカウラさんが何かすると面白くないから乱入して邪魔してやろうとでも考えてたんでしょ?というか、その行動原理の根底に『モテる人間への嫉妬』がある遼州人のクバルカ中佐と島田先輩とひよこちゃんがここにいるのは理解できるんですけど……他の人達は地球系の人でしょ?そんな遼州人の人種的な欠点の影響を受けるのがそんなに楽しいんですか?」
少しばかり呆れて、誠は思わず口走っていた。その口調は呆れを通り越して冷淡さに満ちていた。
さっきまで二人きりの静かな廊下にいたのが嘘のように、一気に騒がしさが押し寄せてくる。ここは『特殊な部隊』だった。恋愛の空気など見つけた瞬間に全員で踏み潰しに来る連中の巣窟である。モテたことのない誠にも彼等が意地でも誠とカウラが良い雰囲気になることを邪魔にしにかかることは容易に想像がついた。確かに『モテない』というコンプレックスを抱えて生き続けることを宿命づけられている遼州人である誠も彼等と同じ立場なら似たような行動を取っていたことだろう。
「アタシは……その、なんだ、何と言ったらいいか……勘違いするなよ。アタシはモテないんじゃねえ。モテないフリをしてやってるだけだ」
かなめはラム瓶を抱えたまま、そっぽを向いて言った。
「東和じゃ『いい女がモテる』なんて空気を出した時点で袋叩きだからな。ランの姐御なんか特にそういうの雰囲気を醸し出しただけで明らかに嫌な顔をするし嫌うし……神前も勘違いするんじゃねえぞ!」
かなめは照れるようにうつむき、ラムの瓶を握ったまま言葉を搾り出した。
その頬は酒のせいか、別の何かのせいか、わずかに赤い。
「かなめちゃんも言うわねえ……でも、私は遼州人的精神をこの東和で完全に学んで『モテない宇宙人』である遼州人の精神構造を完全に理解することが出来た地球人の遺伝子を継ぐ貴重な存在なんだから。そんな私としてもそう言う展開はアタシ達は『遼州人の心を本当の意味で理解した地球の遺伝子を持つ人造人間』としての使命感から愛の現場に乱入して、『人口爆発阻止』の観点に基づいて指導しなきゃね♪人間は放置すると増えるからなんとしても愛の現場に乱入してそれをぶち壊さなきゃいけないのよ!」
アメリアがそう言うと、かなめがその顔をぎろりと睨みつける。
ネクタイのゆるんだ長身の女と、黒髪ボブの『女王様』の視線が火花を散らした。
サラと島田は、なぜか二人してどこで買ったのか分からないジャーキーを頬張りながら缶ビールを飲んでいた。この二人がこの場にいるのは特に意味は無く『遼州人としては珍しいモテるという状況に置かれた珍獣を見に来た』というノリなのだろう。サラと島田が隊では自分達がすでに全隊員から『バカップル』という立派な『珍獣』扱いされていることについては誠は特に深く突っ込まないことにした。
そのことで島田にツッコミを入れた整備班員の何人かが島田に馬乗り殴打されている場面を目撃しているだけに誠も同じような目に喜んで遭うつもりは無かった。
ひよことランの二人の顔にも笑顔が浮かんでいる。二人は誠をどうやっていじるかという機会をうかがっているかなめ達を面白がるようにエレベータの片隅でどことなく『傍観者』の顔で、しかししっかり面白がっていた。ひよこは誠とカウラの関係を遼州人には絶対に理解できない感情であるフィクションである『恋愛感情』と称して彼女が時々出かける詩の朗読会で新作の詩として発表して誠を晒し者にする気満々のような顔をしている。
「ここにいる皆さんは全員カウラさんが僕と二人っきりになるために芝居をしてたって知ってたんですね!何しろこういう時に一番最初に気にしそうなパーラさんがここにいないってことは僕にもその嫌でも僕の人生の前に立ちはだかろうとする皆さんの心の中なんて完全にお見通しですよ!皆さんは僕に何を期待してるんですか!アンタ等!そんなに『モテない宇宙人』である遼州人である僕が異性と二人っきりになるとどういう行動をとるかの観察がしたいんですか?『遼州人には本当に恋愛感情は存在しないのか』とか言う研究テーマでの報告書の作成を地球圏のどこかの国家の研究機関に命令されてるんですか?というか本当に迷惑ですよ!」
誠は内心では叫びたかった。
『僕にもプライバシーがあるんです!』と。
しかし、400年続く平和な世界に慣れた遼州人は、意地でも『愛』の現場に乱入せずにはいられない習性がある。そうして人口爆発を防いで戦争を防いできたのは紛れもない事実であった。
『……でも、高校のときの僕も誰かが男女で二人っきりになると仲間を誘ってその後を付け回して無理やり二人を喧嘩させる状況に持っていくように仕組むなんてことは日常だったし……考えてみれば今のクバルカ中佐と同じことやってたんだよなあ……僕にも人の子とは言えないのかもしれない……同じ立場なら絶対同じことをしてしまうし……』
クラスや職場で遼州人の間に滅多に起きない『恋愛現場』などを発見しようものなら大変な話である。誠自身も高校時代に一度、『あの二人は付き合っている』という噂されている下級生の男女を全校上げて付け回し、その二人の日常を分刻みで観察したことを思い出した。理系で多少のシステムに詳しいと思われていた誠が担当したのはその女子の通信端末の通信記録の傍受でその内容からこれがただの勘違いらしく別に二人には遼州人にとっては『絶対にありえないフィクション』である恋愛感情などは無いのだと知って火消しに回ったのはいい思い出だった。
ただ、その二人は完全に全校生徒から監視生活を送ると言う異常体験をしたPTSDでそのまましばらくその後しばらく登校時間をずらす羽目になったらしいのは今となってはいい思い出である。
そして今、誠がほぼ同じ状況にある。幸いこの『特殊な部隊』の異常な日常を経験してきた誠にはこのことでPTSDを発症するほどの心の純粋さはもうすでに無くなっていた。
誠自身も、同じ状況なら現場に踏み込んでいただろう……そう思ってしまったがゆえに、その言葉を静かに飲み込んだ。
「神前……愛を語るにはオメーは未熟!まー『人類最強』のアタシを倒せたら、そん時は考えてやる!それにオメーには現実が見えてねー!『愛』などというモノは地球人が自分の性欲を合理化するための『フィクション』だ!そんなものは存在しねー!『人類最強』であるこのアタシが言うんだから間違いねー!そのアタシの論理を否定したかったらアタシにアタシの法術手加減無しの全力勝負で勝ってから言え!まー、今でもこの付近でアタシ等を監視している艦隊をアタシ一人で30分もあれば壊滅させられるその状態のアタシに勝てたらの話だがな!」
さらりとランはそう言いきって、とても8歳幼女のその姿からは想像をするのが難しいような良い顔をして笑った。
8歳児にしか見えない幼児体型の口から『人類最強』と出てくるのは、この部隊ではもはや日常だった。そしてランがその大暴れした結果、地球が滅亡したり文明が滅んだりするという展開もいつも通りだった。それを自信満々にこれだけ言われるとランにはそれくらいのことは簡単にできるような気がしてくるのが誠には怖かった。
一方のひよこは、手にしたグラスを胸の前で抱えたまま、おろおろと周りを見回していた。
艦内の『ポエム担当』として、この手の話題には妙に弱い。純粋に地球人が好む『愛のポエム』を書く材料を探してきただけなのに殺気が漲っている他のメンバーの様子に戸惑っているのだと誠には見えた。
「そう言えばカウラも何を考えているのかしら……ひよこちゃんの見た感じどう?そこには地球人の言うような『愛』を感じられた?私は感じなかったなー……その点では私と正人の方が一歩『愛』に近いかも!」
サラが面白そうに振ると、ひよこは少し首をかしげて、真面目な調子で答えた。
「ベルガー大尉は純粋な人ですから……でも普段は真面目なベルガー大尉があんな行動に出るなんて……ちょっと妬けちゃいます……でも、ベルガー大尉も地球人だから『愛』が理解できるんですね……私は遼州人なんでそんな感情が実際に存在するなんて理解できないんで……ポエムを語るための技術くらいにしかどうしても思えないんで……そんなところは何処までも自分が遼州人なんだと思っちゃいます」
サラとひよこまで、完全に誠とカウラの関係を『そういう目』で疑ってくる。
誠は狭いエレベータの中で、逃げ場のない視線を全身で浴びていた。
「それにしても、あの『愛』を向ける方向がパチンコ以外何もねえと思っていた堅物のアイツがねえ……初恋って奴か?アイツが男にこんなに弱みを見せるなんてことはこれまで一度も無かったからな。まあ、アタシみたいな男女関係上級者から言わせると子供の遊び程度のものだけど。何度も言うけどアタシは『モテない宇宙人』である遼州人の血は半分しか継いでねえんだ。だからアタシは神前や島田やひよこや……クバルカの姐御と違って『モテた』ことがある。島田でナンパでモテたと言ってるのはただ遼州人でもよくある性欲に溺れただけであれはモテたとは言わねえ。アタシみたいに地球人の血を引く人間から言わせるとアレはアタシの妹の男を集めてやる特殊なパーティーの延長線でしかねーんだ。そんなもんはエロビデオにでも任せておけ」
そう言うと、かなめはラム酒瓶をラッパ飲みする。
喉を通る透明な液体と一緒に、妙な感情まで飲み込んでいるように見えた。
「初恋!素敵な言葉ですね!遼州人で恋とは無縁な私には理解できない感情なのでカウラさんの心境をポエムにして良いですか?」
ひよこはそう言って柔らかな笑みを浮かべた。
誠の脳裏には、『戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』ベルガー大尉の初恋』という不穏なタイトルのポエムが艦内回覧で流れる未来が、最悪の形でよぎった。
その時カウラは既にラムの酔いに導かれて困惑する誠とそれを面白がる外野たちとの騒動を知ることは無かった。




