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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十八章 『特殊な部隊』の特殊な戦い方

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第199話 ランちゃんカラオケチキンレース

 場が完全に宴会モード一色に染まった、その時だった。


「それでは、勝利を祝してアタシが一曲歌ってそれに花を添えよーじゃねーか!『人生劇場』!準備は出来てるな!」


 まだ壇上でマイクを手放さずに立ち続けていたランはそう叫ぶと背後に目をやった。そこにはいつの間にかカラオケセットが用意されていた。


 しかもそれは誠も滅多に見たことが無い古い型の機械で、その楽曲が入っているらしいカートリッジのようなものはカセットテープと言うよりもむしろゲーム機のカセットのそれによく似ていた。


「あのー、アメリアさん。あのカラオケの機械って何です?あんな機械、僕は見たことが無いですよ。それとこういう時は必ずクバルカ中佐は歌を歌うんですか?それと『人生劇場』って曲は僕も知りませんよ……題名からして見た目が8歳女児の中佐が歌うには似合わないような気がするんですけど……」


 誠の何気ない一言にアメリアはにやにや笑いながらうなずいた。


「え?この前、寿司屋に行った時に中佐にカラオケに連れて行ってもらわなかったの?変ねえ……私が連れて行ってもらった時はその後二次会だって言ってランちゃんのなじみのスナックに連れていかれたものよ。そこでもここでもランちゃんが使うカラオケマシンでは『エイトラ』を使うことに決まってるのよ。知らないの?『エイトラ』。長距離トラックでは時々つけてる運ちゃんもいるみたいよ。なんと言っても頭出しの手間が少なく、カートリッジを挿せばすぐ曲が始まるのが売りだから」


 アメリアは誠が初めて見る機械を珍しそうに見つめている姿を見ながらちゃっかりクエの身を選びながら鍋をつついていた。


「まあ、ランちゃんは持ち歌は決まっていて同じ歌しか歌わないし、気が短いから曲の歌詞が出る事よりも自分のタイミングですぐ歌える『エイトラ』じゃないと嫌だって駄々をこねて島田君に古道具屋巡りをしてあの機械を見つけてきたんですって。だから、そのカラオケスナックでも『エイトラ』を置いているし、そこでひたすら歌うのはランちゃん……まあ、ランちゃんの『文化統制』の基準をそれで知ることができたから。その後の『ランちゃんカラオケチキンレース』の度に私だけ勝ちっぱなしで毎回お小遣いをくれるから……かなめちゃんや島田君みたいにいつも『ダウト』を引くような間抜けなことは私は一度もないし」


 得意げにそう言ってビールを煽るアメリアの言葉の中にランに関する誠の理解不能な単語が混じっていることが誠には気になった。


「クバルカ中佐のなじみのスナック……というかなじみのカラオケスナックに出入りする8歳女児がすでにシュールすぎるんですけど。それと『文化統制』とか『ランちゃんカラオケチキンレース』って何です?確かにクバルカ中佐は隊長と違って気前がいいのは分かるんですけど……カラオケで小遣いがもらえるんですか?」


 誠にはアメリアの言葉の意味が分からず隣でラムを飲むその『ランちゃんカラオケチキンレース』では必ず『ダウト』を引くと言うラムを手に水菜を口に運ぶかなめに目を向けた。


「あの『罰ゲームカラオケ』のことか?神前は姐御のお気に入りだからそのうちあのスナックには連れていかれることになるだろうが……あの『文化統制』の基準はどうかしてる。劇場やコンサートには必ず警官がいて政府批判や風紀を乱すと判断すると即中止の国の甲武の生まれのアタシでもあの基準は理解できねえよ。要するに姐御の好き嫌いで決めてるだけだろ?ちんちくりんの珍妙な基準で歌う歌を決められるのはうんざりなんだけど、姐御の当たりを引くとご機嫌でご祝儀をくれてしばらくは何かというと便利に姐御をこき使っても怒らねえからアタシも参加してるけどな。あの姐御がアタシが当たりを歌った週は、姐御の頭を撫でまわしても小突き回しても始終にこにこしていやがった。その反応が面白いからアタシはあのゲームに付き合うんだ。金に興味があるわけじゃねえ」


 これまでさんざん『ダウト』を引いて酷い目に遭ってきたらしいかなめは吐き捨てるようにそう言うと鍋に箸をツッコんで大きめのクエの身を小鉢に移した。そして、たまにその当たりを引くとランは何もしてもしばらく怒らないという普段のランからは考えられない状態になるということを聞いて誠はその内容についてさらに興味を持った。


「甲武って軍国主義の国ってイメージがありますけど、やっぱりそんな国なんですか……でもそんな国より厳しい基準って何なんです?それと中佐がそんな奇妙な反応をするほど喜ぶ当たりの内容も気になるんで……できれば僕も当たりを引きたいですから」


 『ダウト』を引いたトラウマからもう話したくないと言うよなかなめを置いて誠は今度はそもそも連れていかれても歌自体を歌いそうにないカウラに声をかけた。


「ああ、中佐の文化の好みは常人には理解不能なんだ。中佐は芸術全般に独特の基準があってそのすべてを小隊長と言うことで聞かされて中佐の勧めでそれらの芸術作品の展示会があると必ずその前売り券を渡される私も、中佐のその芸術の好みの共通点を一切見出すことができない。その中ではカラオケにおける中佐の好みは比較的わかりやすい部類と言えるな。中佐にとって地球の音楽という物は地球が産んだ数多くの音楽家で唯一の天才だと言う『古賀政男』を生み出すために生まれ、そして彼の死をもって無価値なものへと落ちぶれたと言うのが中佐の主張だ。だからもし神前が当たりを引きたければ、中佐の前で歌う歌は全て『古賀政男』作曲作品を歌うだけで間違いなく当たりを引ける。簡単な話だろ?」


 カウラは平然とさもそれが当然と言うようにランのあまりに歪んだ音楽観を口にした。そんなあまりにも常識とはかけ離れた文化観を振りかざす生きた戦略兵器が、よりにもよって自分の上官なのだと考えると、誠は少しだけ頭が痛くなった。


「なんです?その奇妙な音楽観は!そんな歪んだ音楽観なんて聞いたことが無いですよ!それと『古賀政男』って誰です?」


 そう言った瞬間だった。カラオケでギターの渋すぎる旋律が大音量でハンガー一杯に響き渡った。


 あからさまに『昭和』なリズムとそれを全く無視する気満々でそれぞれに鍋をつつく隊員達。そのあまりにシュールな光景を目の当たりにした誠は壇上に目をやった。


 そこでは完全にノリノリでどう考えても見た目の幼女姿と声から想像もつかないような男の生きざまを拳を利かせて全身をくねらせながら歌いあげているランの姿があった。


「今、クバルカ中佐が歌っている歌が『古賀政男』の代表曲である『人生劇場』だ。元は中佐の好きな任侠映画の主題歌だ。元々『人生劇場』というのは昭和初期のある青年の成長を描いた青春小説なのだが、登場人物のほとんどがやくざ者で映画も完全に任侠映画と認識されている。何度もリメイクされているが中佐は全シリーズ、番外編、そしてリマスター版もすべてレーザーディスクで保有して愛蔵している。しかも、この前聞いたところ、自分の原案で男女の配役が逆転した『美少女魔法少女アニメ』風に改変したものを自費で製作していると言う話だ。私は文化的なことにはパチンコ関係以外には興味が薄いがクバルカ中佐の文化観に関しては、さすがの私もそのまま受け入れて良いか疑問に思っているところだ」


 カウラは平然とそう語るが、響くどう考えても幼女が歌ったら『アウト』な歌詞の演歌を歌うランの声とカウラの語るランの珍行動の数々に誠は言葉を失った。


「まあ、『ランちゃんカラオケチキンレース』では作曲古賀政男の曲を選ぶなんてチキンとしか言えないわね。昭和の任侠映画の主題歌も、村田英雄や高倉健や鶴田浩二の歌を歌うのも私にはチキンにしか見えないわ。たぶん、誠ちゃんも始めて行った時はその手でランちゃんをごまかせるかもしれないけど、二回目以降はその手は使えないわよ。そんなカウラちゃんでも思いつくようなことははランちゃんも分かってるから自分に媚びてるんだなあって悟って目をつぶって黙って聞き入るだけ。だから、そう言う曲か『美空ひばり』しか歌わないカウラちゃんは『ダウト』は引かないけどお小遣いにはあずかれないのよ」


 アメリアは山と小皿にクエの身を置いて旨そうに食べながらそう言った。


「そう言えば、西園寺さんや島田先輩がよく『ダウト』を引くって言ってますけど……何なんです『ダウト』って。それと『ダウト』を引くと何が起きるんですか?』


 クエの身を旨そうに頬張ってはビールを飲むアメリアに誠は自分が『ダウト』を引くかもしれないと心配になって尋ねた。


「だから、ランちゃんの『文化統制』は基準が意味不明なの。そのギリギリの線を攻めるからこその『ランちゃんカラオケチキンレース』は『特殊な部隊』では恒例の面白行事なわけ。私はかなめちゃんの持ち歌の『森田童子』はイケるなあ……と踏んで『僕達の失敗』を歌って見事に2万円ゲットしました!そう言う一見意味不明に見えてある種筋が通っているのがランちゃんの歌の趣味なんだから。そのギリギリを攻める快感こそがこの『ランちゃんカラオケチキンレース』の最大の醍醐味なのよ!」


 アメリアは得意げにそう言って右手を高々と掲げた。


「馬鹿野郎!『森田童子』はアタシの十八番だぞ!『僕達の失敗』もよく歌う!人の歌を歌って恥ずかしくねえのか?でも、アタシもお気に入りのみゆきの『ファイト』を歌った時は1万円もらった。でも同じみゆきでも『悪女』は『ダウト』でその後アタシの身体だと生体部品が消耗するっていうのにうさぎ跳び5キロを強制された……同じみゆきの代表曲だぞ?まったく姐御の脳内は理解不能だ!アメリアは何時も当たりを引くけどあれは何か法則でもあるのか?今度しっかり教えろよ」


 苦々し気にかなめはそう言いながら入れたばかりの堅そうな春菊を頬張る。同じ歌手でも『ダウト』とお小遣いをくれるものがある。確かにそれは『チキンレース』と呼ぶべきものなのかもしれないと誠は思ったが、罰ゲームが要するにいつも自分がさせられていることをするだけだと聞いて少し安心した。


「しかし、島田君もチャレンジャーよね……『浜田省吾』や『甲本ヒロト』が大丈夫と分かると今度は挑戦だとばかりに『横浜銀蝿』を歌って見事に『ダウト』だったり……まあ、島田君はお小遣いをもらったことは無いわよね。その点ではただ罰ゲームを楽しんでいるみたい……他の整備班の野郎共も明らかにランちゃんが『ダウト』だと思いそうな曲ばかり選んで歌ってランちゃんを徹底的に不愉快な状況にして帰すのを楽しみにしているみたいだし。その次の日はランちゃんに突然ランニングを命じられたり、ちょっとしたミスで5時間正座とかさせられる運命なのにね。うちの男子は全員マゾなのかしら?良かったわね、かなめちゃん『女王様』としてはM男が一杯いる環境は楽しいでしょ?要するにね、ランちゃんが許す曲を歌えばお小遣い。外せば罰走。基準はランちゃんの脳内だけ。だからチキンレースなのよ♪これは最高の娯楽でしょ?しかもその基準があのかっこかわいい『人外魔法少女』のランちゃん♪そのシュールな光景を一度目にしたら病みつきになること請け合いよ♪」


 誠はアメリアの語る知らない歌手の名前に首をかしげながらそのすべてを知っているらしいランを褒めるべきなのか、そもそもその歌を知ってて当たりとか『ダウト』と判定していることが異常なのか分からなくなってきた。


「別に……あんなの虐めても虐め甲斐がねえ。アタシは神前なら縛って、吊るして、鞭うってやってもいいぞ……どうだ?今から?」


 かなめが突然妖艶な笑みを自分に向けてきたので誠は激しく首を横に振ってそれを拒んだ。


 壇上のランだけが昭和任侠の世界にいた。その下で、隊員たちは慣れた手つきでクエをすくい、酒を注ぎ、誰一人として手拍子を打たない。ただし、サビだけは全員が反射的に黙る。過去にそこで騒いだ整備班員が翌朝二十キロ走らされたからだ。


 誠は理解しようとした。だが、8歳児の姿をした中佐が、任侠映画の主題歌を拳を利かせて歌い、その評価基準で部下に小遣いと罰走を与えている。その事実を前に、誠の理性はそっと白旗を上げた。


 そして誠もいつの日かその恐怖の『ランちゃんカラオケチキンレース』に強制参加させられる日が来るかもしれないと恐怖した。

 


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