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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十八章 『特殊な部隊』の特殊な戦い方

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第198話 偉大なるちっちゃい中佐殿の長い乾杯

「ほんじゃー、始めんぞ!」


 ランの『空気を読んだ』その声に、ハンガー中のざわめきが少しだけ収まり、周りの者たちが一斉に嵯峨のテーブルへ視線を向けた。


 彼等の嵯峨に向ける視線が誠にはどう見ても一応そちらを向けとランが言ったから向いただけと言うくらい全隊員はこの場では嵯峨に何一つ期待していないことは明らかだった。

 

 クエ鍋の湯気とアルコールの匂いが入り混じる中、その視線の中心にいる嵯峨本人はマイペースを崩さなかった。


 既に嵯峨は、甲種焼酎のお湯割りにカボスの汁を垂らしたものを、当然のようにちびちびやっているところだった。ランに声を掛けられてもただ面倒くさそうに顔を上げるだけで聞いていたのか聞いていなかったのかよくわからない表情を浮かべたまま手にしたグラスを口から離そうとしない。

 

 湯気に混じって、柑橘の香りがふわりと漂うのが鍋のクエ出汁の香りと合わさって全隊員の食欲をそそっていた。


「すまん。いつも言ってるけど、俺そう言うの苦手なんだわ。俺は終わったことに関しては自分一人で整理がついたら後は酒でも飲んでごろりと一眠りしてお終いってのが俺のライフスタイルなんだ。でも、こういう時はランはちゃんと形を示さないと気が済まない性質(たち)なんだろ?それは俺も認める。俺がこうしてのんびりと仕事を終えた余韻に浸るのも自由。そしてお前さんが形にこだわるのもまた自由。ここにいるお前さんの部下達は俺の部下でもあるけれど、どっちの意見をいつも聞いているかと言うとお前さんの方だもんね。だからラン頼むわ……お前さんは見ての通り『偉大』だし」


 嵯峨はいつもの無責任ぶりをここでも発揮して一切自分は関わりたくないという口調でそう言った。一方のランは宴会が始まることより、宴会が『正しく始まる』ことを重んじているようだった。


「それにさあ。いつものお前さんの『我儘(わがまま)』の方なんだけど、今日は少しばかり手加減してくれないかな?それもお前さんに言わせると『上司としての当然の役目』らしいけど、今日は一曲に絞った方が良いと思うんだよ、俺は。今日のヒーローの神前はお前さんの『リサイタル』を見るのは初めてじゃん?それをいきなりあの調子でやられたら誰だってびっくりするよね。俺も歌うなとは言わないよ。お前さんも今回は凄く頑張ったのは俺も認めてるし、頑張った後のその楽しみのためにお前さんがここにいるのは十分わかっているつもり……だからいつもの三曲から一曲だけ選んでね……お願いだから。お願い……ね?」


 やる気がなさそうに、嵯峨はランに丸投げした。その会話の後半は、誠にはよくわからない内容だった。少なくとも『リサイタル』と言うことらしいことだからランは歌を歌うのが好きらしいということと、それをどう聞いても嵯峨が歓迎していない様子からそれがあの見事なかなめの歌とは違ってあまり人に聞かせられる類のものではないことだけは雰囲気で分かった。


 それに反応してホッとした表情を浮かべる歌好きなかなめや本来お祭り騒ぎが好きそうなアメリアの態度を見ても、どうやらこの『特殊な部隊』には、ランによって課せられる『特殊な行事』があるらしい……しかもそれは全隊員からは出来れば避けて通りたいような種類のものと認識されていると理解した瞬間、誠の背中に嫌な予感が走った。

 

 テーブル越しに見える嵯峨のその横顔には、『これ以上は働かない』という確固たる意思しかない。時々ちらちらと誠に目をやるのは『ランの珍行動に驚くな』と安心させるような意味が籠っているように誠には見えた。


「そーか。一曲か……となるとアレになるな……おい、そこの三人、準備をしろ。それじゃあ失礼して」


 ランが、いつもの調子で湯飲みを置き、すっと座椅子から立ち上がる。彼女に声をかけられた白つなぎの隣のテーブルでクエ鍋が煮えるのを待っていた整備班員はあからさまに嫌な顔をするとすぐさま立ち上がって仮設の演台の方へと消えていった。

 

 その仕草とランの言葉を聞いての整備班員達の反応は、あまりにも手慣れていて、初めて見る誠にも『いつもの儀式なんだ』と直感させる自然さだった。


「総員注目!」


 ランがかわいらしい座椅子からちょこんと立ち上がるのを見るや、サラと抜け駆けして一緒に鍋をつついていた島田が立ち上がって直立不動の姿勢をとるとタイミングよく大声で叫んだ。

 

 土鍋を前にしてじゃれついていた『特殊な部隊』の隊員たちは、条件反射のように居住まいを正し、ランに向き直る。

 

 さっきまで『クエ寄越せ!』と怒鳴っていた顔が、そのまま畏まった軍人の顔になるのが、この部隊らしいと誠には感じられた。


「おっほん!それじゃー始めんぞ!実働部隊隊員諸君!今回の作戦の終了を成功として迎える事ができたのは、貴君等の奮闘努力の賜物であると感じ入っている!決して安易とは言えない状況下にあって、常に最善を尽くした諸君等の働きは特筆に価するものである!私は諸君等の奮闘に敬意を、そして驚愕の念を禁じえない!敵は圧倒的な物量で我々の任務遂行を阻もうとしたが、そのような敵に対して決してひるまず任務を全うした諸君らの勇気!それはむしろ誇るべきものだと私は痛感しているところだ!」


 ランは、いつものガラの悪いお子様口調からは全く想像のつかない、立派な「上官」の声でそう言い放った。

 

 鼓膜に響く声は、艦内スピーカーから出ているかのように通りがいい。


「いつもの事ながら上手いねえ。手慣れたもんだわ……この後に『アレ』が無ければ完璧なんだけどな。姐御は良い人なんだけど妙なところで我儘を言うんだそれだけは勘弁してくれ」


 はきはきとした口調で隊員に訓示するランを、かなめは感心した調子で眺めているが、その最後に付け加えた言葉に誠の不安は加速していった。

 

 誠がかなめのその手元のラムのグラスを見ると、始まって二十分も経っていないというのにすでに半分ほど空いていた。


 一方の嵯峨はランの演説が三段目に入ったところで、ようやく諦めたように顔を上げて相変わらずグラスの焼酎をちびりちびりと飲んでいた。


「西園寺さん。普通これは隊長の台詞じゃないんですか?それと隊長が言ってた『リサイタル』ってなんです?三曲を一曲ってカラオケでも歌うんですか?別に僕はそんな結構歌の上手そうなクバルカ中佐の歌なら何曲でも聞きたいですよ。僕の好きな『魔法少女』アニメの声優さんって大体キャラソンが有ってどれも素敵ですし、だいたいそのサブヒロインキャラの一人が主題歌を歌ってたりすることはよくある事ですから。いかにも『魔法少女アニメ』の最初は敵だけど最終決戦では強大な『噛ませ犬』的役割をしそうなクバルカ中佐のキャラ的には別に歌を歌うぐらいおかしくないんじゃないですか?」


 ニヤつきながらビールをあおるかなめに、誠は小声でささやいた。ただ、誠がランの歌を聞きたいと言い出した辺りからその表情は曇り、誠を可哀そうな生き物を見るような目に変わったのが誠には気になった。

 

 演壇ではランの隊員の活躍を称える演説は続いていたが、その視線は時々背後と自分に面倒ごとを押し付けた張本人である嵯峨に向いていた。そのランの向ける視線の先では、当の『隊長』がクエ鍋から水菜を拾いながら、完全に他人事の顔をしている。


 慣れた島田の段取りから見ても、この部隊の『実質的な』最高実力者がランであることは明らかで、こういった席でも仕切るのは彼女なんだと誠にも分かった。


「……以上のように、戦闘とは呼べるものでは無かったとはいえ、任務に易しいものは存在しないと言うことは明らかであることは諸君もよく知ったことだろう。今回の作戦では『那珂』内部の制圧作戦時に三名の負傷者が出たのが残念であったが、三人ともひよこの力を使うほどでもない軽傷であったことは幸いであると言える。今後、予想されるさまざまな状況の変化に対応すべく諸君等は十分に……」


 いつまでも続けることができると言うようにランの演説は続いた。最初の一分、全員は軍人らしく背筋を伸ばしていた。3分後、整備班の誰かが鍋の火加減を確認し始めた。5分後、運航部の女子が小声で『まだ?』とつぶやいた。7分後、嵯峨が水菜を食べた。それが10分を過ぎたあたりで隊員達の緊張が切れ始めたのがあちこちであくびをする整備班員や小声で笑いあう運航部の女子隊員の姿が誠の目にも分かるようになったころだった。


「長えな」


 鍋の水菜を食べながらぼそりと嵯峨が呟く。嵯峨の顔には『戦場より面倒くさい』という文字が浮かんでいた。この場にいる誰もの思いがその一言にこもっていた。その聞えよがしの嵯峨の言葉を聞くと、ランはようやく挨拶を切り上げる決意をした。

 

 その一言で、あくまで『名目上』の上司が誰なのかが、いやでも思い出される。


「……各人持っている実力を発揮して部隊の発展に寄与する事を期待する!では杯を掲げろ!」


 誠、かなめ、カウラ、アメリア、サラ、島田が杯を掲げる。

 

 他のテーブルの面々も、紙コップから徳利まで各種酒器を掲げている。

 

 嵯峨は杯を掲げるより先に、鍋の中の水菜を箸で追っていた。 


「乾杯!」


『乾杯!』


 全員がどっと沸いて酒をあおる。


 整備班の誰かが『わーっ!』と意味のない歓声をあげ、それに釣られて笑いが広がる。ランのいつまで続くか分からないくすぐったくなるような称賛の声よりもそれぞれに健闘をたたえ合い、笑いあうこんな雰囲気の方がこの『特殊な部隊』には似合っている。いつもお世話になっているランには悪いが誠にはそんな乾杯の輪の中でそんな思いで一口目のビールを飲んでいた。


 お節介でお邪魔虫で知られるサラがテーブル全員のコップと乾杯をすると、さらに隣のテーブルに出かけていく。

 

 そのお供のように島田はタバコを吸いながら、その後に続いた。


「乾杯!」


 サラは一人一人そばに寄って乾杯をせがんだ。この誰とでも無邪気に仲良くしたいと考えるサラが戦う為に作られた『ラスト・バタリオン』であるという事実は誠には今でも信じられないでいた。

 

 その細い腕でグラスを掲げながら、いつもの人懐っこい笑顔を振りまいている。


 満面の笑みの『特殊な部隊』の隊員達の中でも誠はまだ半日ほど前の死の恐怖と今のお祭り騒ぎについて行けずに取り残された気分だった。


「元気だねえ……」


 いちいち乾杯して回るサラを横目に、鍋を見つめながら焼酎をちびちびやる嵯峨は、彼女を感心したように見つめていた。

 

 口では文句を言うくせに、視線はどこか柔らかい。


「隊長も!」


 グラスを軽く上げる嵯峨に、サラは自分のグラスを差し出して乾杯した。グラスが軽く触れ合う甲高い音が、騒がしいハンガーの中にもきれいに響く。



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