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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十八章 『特殊な部隊』の特殊な戦い方

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第196話 人外魔法少女とクエ鍋

 ちんまりとした背丈に不釣り合いな大きさの一升瓶。それを片腕で軽々と持ち上げている姿は、やっぱりどう見ても『中身がおかしい人外魔法少女』以外の何物でも無かった。


 満足げなランの表情を見て、誠はようやく、自分が一人の幼女……おそらく地球圏のどんな国家が誇る『法術師』すら駆逐する永遠の8歳児である中佐……の期待に応えたという事実を、ほんの少しだけ実感できた。


「いいタイミングだな。この祝いの場にふさわしー酒を選ぶのに悩んだが……『クエ鍋』だかんな。やはりここは日本酒の伏見の『辛口』で行こーと思うんだわ。アタシは今日はめでてえー日だから控えめに一升で済ませるつもりだ……西園寺!ラム一ケースあるがどうする?オメーの好きな『レモンハート』は切れてたらしくて二番目に指定していた銘柄の『ハバナクラブ』だ!ああ、神前は遠慮すんな。オメーが今回のすべての鍵でヒーローだったんだから。オメーに遠慮されるとアタシも一升飲むところを5合あたりに遠慮しなきゃいけねーよ―な気分になる。例え戦争でヒーローになってもアタシが上司でオメーが部下と言う現実に何一つ変化はねーんだ。それが悔しかったらアタシを超える戦果を挙げてみろ!まあ、事件がアタシ等の都合に合わせて起きてくれるもんじゃねーことは今回で十分わかったろ?次の任務がいつ来るかはアタシにも分からねーからな。だからそれまでは確実にオメーはアタシの部下だ」


 いくら『不老不死』とは言え、どう見ても8歳女児が『日本酒伏見の辛口』などと言っている姿に、誠は本能的な違和感を覚えずにはいられなかった。そして日本酒一升を一晩で飲むことを『控えめ』と言った事実に言葉が無かった。


「姐御、ラムの種類は名も知らねえ安酒じゃ無かったら別に気にしねえよ。『ハバナクラブ』もちゃんとしたラムだ。旨いものは旨いんだから気にするようなアタシじゃねえから。勝利の後はラム!これがアタシの美学だ。それと糞餓鬼!アタシのラムは誰にもやらねえよ!まあ宇宙のパワーバランスを変えたほどのヒーローになら『御褒美』としてなら神前にならあげても良いかも知れねえがな!欲しいだろ?飲みたいか?」


 かなめはそう言うと、ランが指さした木箱に向けてそそくさと走り去った。

 

 ラムのラベルを食い入るように見つめるその背中には、『女王様』というより、ちょっといい酒に弱い庶民の匂いも混じっている。


「誠ちゃんはそこに座って!私はこの宴会の宴会部長!だからこの隊では実質上一番偉いランちゃん以外は私に従わなきゃいけないわけ……分かった?」


 凛とした調子でアメリアが誠達に声をかける。

 

 そこはどう見ても上座らしい。


 誠は、そのまま手を差し出すアメリアに導かれて、そのテーブルへと引かれていった。


 法術だの国際情勢だのは確かに大問題だ。だがアメリアにとっては、『だから今日は騒いでいい』という結論にしか繋がっていなかった。


 ちっちゃなラン用の座椅子と、その横に誠用のクッションが置いてある。その前に一人分の箸と小鉢が置かれているのはこの鍋がラン専用の鍋だと言うことを示していた。


「あのー、アメリアさん。クバルカ中佐は一人で鍋を食べるんですか?鍋はみんなで食べた方が楽しいと思うんですけど……それとあっちに座ってる隊長の鍋にも誰も居ないですよね?隊長はうちで一番偉いと言うことで専用鍋なんですか?」


 誠の言葉にアメリアは大きなため息をついた。


「ああ、ランちゃんは一人で全部食べるから一人で鍋一個なの。それと時々ランちゃんは一緒の鍋をやると周りの人が死ぬ可能性があるから。まあ、クエでは大丈夫だけど、あの人の『秋のキノコ鍋祭り』とか……私もその場にいたけどあんなものを食べたら普通死ぬわよね、ランちゃん以外は。ランちゃんは『ベニテングダケはシメジよりうめえんだ!オメエも食え!』とか言ってきたけど、丁重にお断りしたわよ」


 まるで当たり前のようにアメリアの口から出た言葉に誠は言葉が無かった。どう見ても10人前以上の白身魚の肉と野菜、そしてその隣にはランにだけと言うようにその魚と似た色をした刺身の大皿が置かれており、こちらも10人前分くらいはある状況だった。


「聞こえてんぞ!アメリア!ベニテングダケはシメジよりうめえんだ!毒がある食い物はみんなうめえから食われねえように毒があるんだ!そんな当たりめ―ことが何でオメーには分からねーんだ!まったくそんなんじゃこの艦の操艦もおめーにゃ任せらんねーな!」


 ランは得意げにそう言うが、その笑顔が誠には恐ろしく見えた。『毒だから食べない』という感覚そのものが、彼女には理解できないどころかランにとっては『毒こそ旨味の証明』なのだと誠は悟った。


「確かに中佐は不死人でしかも善意で勧めてくるから同じ鍋を囲むと死ぬ可能性があるのは理解できましたけど……でも、あれって他の鍋とほとんど同じ大きさですよね?それにあの量はどう見ても僕が10人がかりで食べる量にしか見えないんですけど……あの量を一人で食べるんですか?あの人の大きさから考えてどうやったらそんな量があの小さな体に入るんです?あの人の胃にはブラックホールでも入っているんですか……いや、入っているんでしょうね。なんと言っても『人外魔法少女』ですから。それは分かりましたけどなんで隊長も一人なんですか?」


 誠はランは戦闘中の彼女の演説の通りこの宇宙の物理法則が通用しない存在であることは理解していたのでそちらは納得したが、まるで慣れていると言うように一人だけの鍋の前でタバコをくゆらせている嵯峨を見て少し可哀そうに思ってそうつぶやいた。


「そりゃあ、叔父貴が『真正の駄目人間』だからに決まってるからだろうが!アイツのよだれの付いた箸が鍋に入るんだぞ?オメエはまだ体験してねえから分からねえかもしれねえが、インフルエンザやベルルカン風邪。その他伝染病が流行るとアイツはオートレースで買った金で行ってる安風俗で間違いなくそんな菌を貰ってくる。風俗店では嬢には性病の検査は課してるがインフルエンザの検査まではしてねえからな。しかも、叔父貴は不死人だから発病せずに近づいた人間だけが次々と発病していく。大体、世間で伝染病の流行がニュースになっている時は叔父貴を感染源とした大流行がうちでも起きるんだ。アタシはサイボーグで大概の伝染病のウィルスや菌には耐性があるし、カウラやアメリアなんかの『ラスト・バタリオン』の女子も同様だ。ただ、技術部の野郎共は流行が始まるとバタバタと倒れる……まあ、そんなのを目の当たりにしたらいくら発病しねえとは言えアタシだって叔父貴と同じ鍋を食うなんて御免だね!」


 一人タバコをくゆらせて一人鍋が当然と言う顔をしている嵯峨に、かなめが語るそんな危険な秘密があることを知って誠は唖然とした。ただ、自業自得としか言いようが無かったしタバコを吸う嵯峨の顔を見るとそのことをまるで気にしていないようなのでその事は忘れることにした。


「それより、アメリア。アタシ等の席はどうするんだよ!叔父貴の席からは離せよ!菌はともかく貧乏人が伝染(うつ)ると面倒だ!叔父貴の貧乏は伝染病だ!絶対に大感染するぞ!」


 木箱から一本のラムの瓶を取り出してきたかなめが、口をとがらして抗議した。


「私とカウラちゃんは誠ちゃんと一緒。そしてかなめちゃんは……そうね、どこか隅っこにでもゴザを敷いて座れば良いじゃない?少しは『平民宰相』の娘として庶民の気持ちがわかるかもよ♪」


 アメリアはそう言って遠く離れたハンガーの片隅をかなめに見えるように指さして見せた。


「殺すぞテメエ!なんでアタシがござに座って一人で鍋をつつかなきゃいけねえんだよ!まあ、ランの姐御ぐらいの量があるなら物理的に無理だというのは分かるが、アタシはそんなに食わねえぞ!意味が分かんねえよ!喧嘩でも売ってるのか?」


 かなめは誠の予想通り銃に手をやる。

 

 その手を、すかさずいつの間にか割烹着に着替えてハンガーにやってきていたひよこが後ろからそっと押さえた。


「西園寺さん、おいしい料理を前に怒るなんて駄目ですよ」


 穏やかなひよこの口調にかなめはなんとか怒りを抑えてその場に座り込んだ。


「ただの暴力馬鹿が……腕力と銃で人をどうとでもできると考えているのが見え見えだな。下品極まりないな」


 厭味ったらしくカウラはそう言ってひよこになだめられてようやく怒りを修めたばかりのかなめを挑発した。


「カウラ……てめえ、ふざけたことを言いやがって。それとなんでオメエが神前に近い席に座ってるんだ?また神前をたぶらかそうってのか?」


 カウラの挑発に乗ってかなめの怒りにまた火が付きかける。


「神前をたぶらかす、私は貴様のような色情狂ではない。それに……貴様みたいに何かというと神前を自分の下僕にしようと企むような邪念は私には無い。むしろ貴様にそんな邪念があるからそんなことを口にするのではないのか?」


「言ったなぁ!!」


 何気なくつぶやくカウラの一言に、さすがのかなめも銃から手を離さなかった。代わりにラムの瓶を握りしめる握力だけが上がる。


 誠は初めて女性に奪い合われると言う状況に立ち会ってどうしていいのか分からなかったが悪い気分ではなかった。


 気づけば自分専用の席があり、気づけば英雄扱いされ、気づけば女性同士が言い争っている。だが誠本人には、どうしてこんなことになったのかが一番分かっていなかった。


「これがメインの『クエ』三匹分です!サイズは40キロ、38キロ、36キロと食べごろサイズですよ!それとクバルカ中佐はたくさん食べるので25キロのものを専用に用意しました!みなさんたくさん食べてくださいね!」


 先ほどの軍医が、部下に大皿を持たせて堂々と現れた。そしていくら骨が多く、見るからに頭が大きくて食べるところの少なそうな肴に見えるクエを見た誠でもその25キロの小ぶりのそれをランが一人で完食する様を想像すると別の意味で胃に違和感を感じてきた。

 

 白衣の上から割烹着、頭には手拭い。どう見ても今日は軍医ではなく『板前』である。


 その隣には同じく割烹着姿の、医務室の天使と呼ばれる神前ひよこが大皿を手に立っていた。

 

 皿の上には、光を受けて透き通るように白いクエの切り身が整然と並んでいる。脂の乗った部分が、わずかにきらりと光った。


 その他、次々と……どう見ても日本料理屋の店員にしか見えない司法局実働部隊艦船管理部、通称『釣り部』の隊員が、鍋の具材を配って回った。野菜、豆腐、しいたけ、春菊、大根。スーパーの鮮魚売り場とは明らかに『本気度』が違う。誠の行ったことが無いテレビに出てくる料亭のそれだった。


 なかでも鍋の具材以外に刺身やその他の料理まで乗ったちっちゃなランの為の大きめのテーブルがあっという間に一杯になる様を見てランの胃袋にそれら全部がどうやったら入るのか誠は疑問よりも恐怖を覚えた。


「技術部の兵隊!全員食材及び酒類の配置にかかれ!」


 くわえタバコの島田の一言で、つなぎ姿の整備員が一斉に動きだす。

 

 テーブルの間を縫うようにしてビールケースや一升瓶が運ばれ、土鍋がガスコンロの上に並べられていく。


「ここは多めの奴くれよ!」


 箸で小皿を叩いて待ち構えているサラを横目に、かなめは叫んでいた。


「はい!これが一番多いですよ!クバルカ中佐のアレは別格ですが」


 そう言ってひよこが、大皿をかなめに手渡した。


 誠がひよこの言葉に釣られてランの鍋の方を見ると、その隣に置かれた巨大な皿がシュールを通り越してもはや現実とは思えない状況にしか見えなかった。満足そうにうなずくランは完全に『人外魔法少女』であることがこの時点で誠の中で確定した。

 

 ひよこの表情は、今のところはまだ穏やかだ。


 



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