第195話 変わらない誠、変わった宇宙
「でも……アメリア……理屈は分かる。そしてアタシもその『力』発動の現場にいたのは確かだ。だけど……あらためて見ると……コイツがか?そんな国家間の大問題を引き起こした英雄だなんて……信じられないな。この前まではただ乗り物酔いがひどいだけの使えないパイロットだぞ……コイツは。ああ、コイツは遼州人らしい『モテない』コンプレックスの塊の典型的な遼州人だったな。確かにこの面と公務員という安定した職業でこれほど自分が『モテない』と思い込んでいるのは地球人にはありえない現象だわ。本当に不思議だな……出撃する前と、どこをどう見ても何も違わないのに今ではすっかり時の人だ。オメエも偉くなったもんだな……大したもんだわ……と言うわけでその顔をよく見せろ……アタシがしっかり観察してやる」
そう言うとかなめはまじまじと誠の顔を眺める。その好奇心に満ちた奇妙な生き物を見るような瞳に誠は思わず目をそらそうとするが、かなめは強引にそのサイボーグの怪力で誠の顔を固定してまじまじと誠を見つめ続けた。
それは誠にしては逃げられない距離だった。正直これまで女性と見つめあったことのある距離の中でもかなり近い部類に入る。先ほどカウラの隣にいたことで感じた慣れない心臓の高鳴りが再び誠を襲った。これほどまでに女性と一緒に顔が近い状況に置かれるなどと言う経験は『モテない宇宙人』の遼州人である誠には初めての経験だった。
『かなめさんのタレ目が近い……というか……今日は一体何が起きているんだ?こんな体験僕の人生では初めてのことだぞ?やっぱり僕はとんでもないことをしてしまったのかもしれない……これが『法術師』になるということ」
誠は自分がしたことが自分で思っていたことよりもはるかに大きな意味を持っていたことをようやく理解し始めていた。自分は歴史を変えてしまった。そもそも自分がそんな人間になれるとは生まれて一度も思ったことが無い。そもそもなりたいとも思ったことすらない。ただ、銀河は誠が起こしたあの現象以来完全に別の物へと変貌した事実は誠も認めなければいけない事らしい。そしてそれを起こしたのが誠自身であることも誰もが見ていた事実なのも消しようが無かった。
『『法術師』になるとモテるのかな?でも僕が『モテない宇宙人』である遼州人であるという事実は変わらないわけで……でも、金の無い隊長がモテているという話は……ああ、あの人自分でバツイチって言ってたということは奥さんが居たというわけだから。隊長はかつてはモテていたと言うことだ。つまり遼州人もモテる存在がいる……僕も……そうなのか?』
誠は遼州人の悲しいサガとしてどんなに持ち上げられても自分が『モテない宇宙人』である遼州人であるという事実だけは否定できなかった。
『隊長がモテたことがあるということは……同じように『法術師』であるクバルカ中佐……あの人ちっちゃいからいくら本人が34歳と言っても近付いてくるのはその手の幼女趣味の性犯罪者しかいないからその点ではあの人はたぶんモテていないだろうな。あの人がそっちの趣味の人に付きまとわれたらどんな暴力を振るうか分からないし。そもそも年がら年中毒舌と暴力にまみれて生きることになる人生が待ち構えている中佐を好きになるという行為に走る人はそれこそ真正のマゾしかいないだろうな……というかあの人から『モテたい』という言葉をこれまで一度も耳にしたことが無いし』
不謹慎にも、誠はそう思った。確かに、嵯峨は自称『46歳、バツイチ、子持ち』と言っていたのは覚えているし、ランはどう見ても8歳女児にしか見えない上にどう考えても幼女趣味の変態と話が合いそうに思えなかったのでその点ではランがモテそうにないのは確かだった。それにあの脳筋幼女に『モテたい』という願望があること自体が疑問だった。
そんな事を考えつつも、誠は自然と目の前にいるかなめの身体に目をやっていた。さらに『特殊な部隊』一番の胸のボリュームに、視線が自然と流れてしまう自分を、自覚した瞬間に慌てて目線をそらす。追走してしまうのは『モテない宇宙人』の遼州人として生まれた誠のサガとしか言えなかった。
脳内が女性にやたら近づかれるというこれまであり得ない環境に置かれてパニック状態の誠を置いてかなめは呆れた口調で話しだした。そんなかなめの視線には誠を完全に見下したような色が見えるのが誠には情けなかった。
「アタシもさあ。コイツの『干渉空間』のおかげで命を拾ってその活躍を実際、間近で見てて凄いなあと驚いたんだけど……やっぱり何度見ても出撃する前のまんまの普通のゲロを吐く生き物じゃん。それにこいつ面は良いけど『モテない』じゃん。その事実はどうしても消せねえよな。それが一躍宇宙を変えて見せた英雄?地球人ならこんなことになったらモテる。間違いなくモテる。と言うかこれ以下の出来事しかしてない奴でも十分モテる。でもコイツは現在モテていねえ。まあ、その現場を目の前で見ちまったアタシでも、そこだけは否定できねえんだけどな。良かったな!英雄!オメエもしかしたら『モテない宇宙人』の遼州人の中で一番モテる遼州人になれるかもしれねえぞ!かみさんが死んでからは風俗嬢しか相手にしてもらえねえ叔父貴を超えられる!」
かなめの言葉が、誠の心をきれいに砕いた。かなめの言葉には誠を認めているという異常に誠のコンプレックスを刺激する発言に満ちていて誠は思わず膝から崩れ落ちるところだった。
しかも、褒める部分については誠はあまり今でも実感を持てずにいたが、貶す部分については口からよく何かを吐くのは事実なので、誠にその言葉を否定することはできない。
「誠ちゃんが口から『重力に逆らえないエクトプラズム』を吐くことがあるのは知ってるからでしょ?そんな誠ちゃんの日常を知らない人から見たらただの英雄よ。まあ本人が『モテない』のは自分を『モテない』と信じ込んでいて異性を見ると避けて通る遼州人しかいない東和共和国から出たことが無いからだけだけど。それに地球圏が純粋に兵器として扱う『法術師』が誠ちゃんみたいに使えないパイロットで同じように乗り物を見て吐く存在だと思う?」
アメリアは笑顔でかなめとカウラの顔を見比べながら自分はより多くの誠に関する情報を知っているんだというような知識マウントを取るような顔をした。その顔が相変わらず糸目なのが誠には面白かったが、ここでその事で口をはさむとろくなことにならないと覚悟して誠は黙り込んだ。
「たぶん彼等も公にはしてないけど『法術』が存在することは知ってたんだから、それ相応の訓練はその『法術師』に施すわよ……そして自分が明らかに有利になる東和や遼帝国がわざと自分の手を縛るような『法術師の軍事利用の停止』なんて提案をしてきているのにそれに無視を決め込むってことはそれなりにそれらの国々の『法術師』は即戦力状態にあると言って良い……まあ、その『法術師』をどうやって確保したのかまでは私も分からないけどね。隊長なら多分知ってると思うけど」
アメリアの、酷いようでいて妙に的を射た論評も、事実だけに、誠は何も言い返せなかった。自分は『吐く』法術師でもし敵となる『法術師』が吐かないとなればどちらが勝つかは戦いが初めての誠にも十分に分かった。
「まあそうなんだけど。こいつが叔父貴と同類の『法術師』?あのネバダ州を誰も入れない虚数空間に変えた化け物?信じられねえよなあ……確かに巡洋艦を沈めたのはアタシも見てたから認めるけど、アメリカはどうせあの事故を『法術師』によるものと認めたんだろ?となるとどの国もあの程度の威力はあっても当然と考えている訳だ」
「隊長がアメリカの州一つを虚数空間に変えた?」
誠はかなめがさも当然のようにつぶやいた言葉に唖然とした。アメリカの州の広さについては地理に疎い誠には正確には分からなかったが、東和が丸々入る程度の大きさだという認識はあった。法術の持つ力はそれほどの力を持っている。そしてそんな力を自分も持つかもしれない。誠はその事実に万能感よりも先に恐怖を覚えた。
誠はかなめの言葉でようやく理解した。世界は、自分を人間としてではなく、移動可能な核兵器として数え始めている。誠がそれを望もうと望まざるとに関わらず。そして、そのことから誠は逃げることが出来ないのだと。
「おい、神前聞いてっか?で、しかもその事実を知っても平然として『アタシにも同じことが出来る!』と断言しているランの姐御の演説を地球圏の人間も聞いてるんだぜ?その秘蔵っ子の神前……地球圏も相当欲しがるんじゃねえの?こいつ『我が国に来ていただければモテます!』とか言われたらホイホイついていきそうだし。神前、そんなことは止めとけよ?知らない人にはついてかない。そんなの小学生だって知ってる常識だぞ。しかもその理由が『モテたかった』なんて世の中に知れたらオメエは完全に笑いものになるぞ」
かなめはさらにじろじろと誠の全身を観察し始めた。
誠は、これまで人にここまで注目されたことが無かったので、ただひたすら戸惑うしかなかった。
「西園寺!イヤラシイ目で神前を見るな!それに神前はこの『特殊な部隊』に骨をうずめる覚悟を決めている!それ以前にここから出ていくことをあの人情に篤いクバルカ中佐が許すわけがない!」
好奇心に満ちたかなめに対して感情剥き出しでカウラはそう言い放った。誠はここまでカウラが感情をむき出しにして誠に隊に居付いてほしいと言い出すなどとは思わなかったので正直驚いていた。
「誰がイヤラシイ目で見てるって?アタシは軍人として神前の戦力を評価していただけだ!オメエがそう見てるからアタシも同じ目で見てると妄想するんだろ?それに今日のカウラはこれまでのカウラとどっか違うんだよなあ……やっぱオメエも地球人の遺伝子を元に作られた『ラスト・バタリオン』だから恋でもしたのか?まさか初恋?相手がコイツ?『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれる乗り物酔い体質の?」
苛立つカウラを、かなめはいつもの冷やかすような調子で受け流す。
エレベータが停止し、扉が開くと、三人+誠の言い合いはそのまま通路へと流れ出ていった。
そして、そのままハンガーへ向かう通路を歩き続ける。
「誠ちゃん、着いたわよ!」
アメリアはそう言って笑った。
宇宙が変わった。国家が動いた。軍事バランスが崩れた。それは分かる。分かるのだが……誠にとって一番切実なのは、目の前の女性達が自分を以前より近い距離で見ているという事実だった。
ハンガーの出入り口には、宴会場の設営の為に動き回る各部隊員が出入りしていた。格納庫の天井クレーンには、さっきまで05式がぶら下がっていたチェーンの残骸が見える。その下に、今は長机とゴザがずらりと並んでいる。
「ヒーローが来たぞ!」
椅子を並べる指示を出していた司法局実働部隊の制服を着た男性将校の一言に、会場であるハンガーが一斉に沸いた。
口笛、歓声、なぜか拍手。整備班の誰かがどこからかタンバリンまで持ち込んでいる。
『英雄……僕が?あの、期待されてマウンドに上がったのにキャッチャーを殴ってすべてを台無しにした僕が?吐き癖のある僕が?そんな……冗談が過ぎますよ……別に僕自身はあの時から何も変わってないのに……』
誠が戸惑うその視界の端で、一升瓶を抱えたランが誠達に歩み寄ってきた。




