衝撃
礼拝日は祖父母の家へ行って一緒に昼食を食べると決まっている。その方向へと脚を向けると、広場にはたくさんの出店が立ち並んでいる。午後に礼拝をする地区の人々は、午前の礼拝帰りを狙って商売をしている。
「今日は安いよ!兄ちゃん、酒はどうだい?」
「あら可愛いおちびちゃん。面白いおもちゃがあるよ」
あらゆる方向から客を捕まえようとする声が飛び交う。その中を父の背中を追いかけて突き進んでいく。すると、ある声がネオの耳に入った。
「真っ赤なリンゴはいかがですか?」
凜とした声。その声がする方へ振り向くと、ネオの心に雷が走った。
百合のように白い肌。その上に浮かぶ、リンゴより美しい赤色の唇。黄金の髪は後ろで結んでいるものの、その美しさは隠せない。瞳の下に一つ黒い円があるが、全く気にならない。少女と呼べる歳ではないが、あどけなさがまだ残っている。
ネオが女性に見とれていると、彼女の瞳が交差した。
「あらこんにちは、リンゴはいかが?」
ネオはあまりの衝撃に立ち止まってしまった。人が激しく行き交う中で、2人の間だけ時がゆっくりと流れた。
「どうしたネオ、リンゴが欲しいのかい?」
ふと気がつくと、不思議そうな顔をした父が尋ねてきた。
「おじいちゃんおばあちゃんに、お土産として買っていこうか」
そう言うと、父は小銭を取り出し、女性からリンゴを受け取った。
「ありがとうございます、またよろしくどうぞ」
ネオは丁寧に頭を下げる彼女を名残惜しそうに見つめていた。初めて宿る感情に、ネオは困惑していた。
「あらネオちゃん、今日も元気かい」
頭を撫でながら、祖母がネオに声を掛ける。老齢になった祖父母は、なかなか教会へ足を運ぶことが難しくなっていった。しかし、礼拝日に会えることは変わらない。
「まあ、そこそこ」
「ネオちゃん、顔が赤いわよ。今日は暑いからねえ」
顔が赤い理由を察し、ネオは余計に恥ずかしくなった。
「別に、何でもないよ」
リンゴのように顔が赤くなったネオは、ごまかすようにその場を去った。すると玄関の方では陽気な会話が交わされていた。
「やあハングォ!また腕が太くなったんじゃないか」
「兄さんこそ」
父と伯父は相変わらず仲がいい。しかし、いつもその輪に加わっているジーモ叔父さんが今日は見当たらない。
「ハングォ、ジーモは見なかったか?」
「あれ、まだ着いていないのかい。珍しいなあ、いつも俺たちより先に着いているのに」
ジーモ叔父さんは少し離れた場所に住んでいるが、礼拝の時刻は同じはずだ。しかし、なかなか帰ってこないらしい。
ネオは、同じく暇を持て余した甥っ子と一緒に遊んでいた。
「ネオ兄ちゃん、何かお土産買ってきた?」
「ああ、リンゴを買ってきたよ。あとで一緒に食べよう」
リンゴのことを思い出すだけで、ネオの心臓は早鐘を打った。もう一度会えたらなんて、叶わぬ思いを浮かべていた。
昼食がテーブルに並んでも、まだジーモ叔父さんは来なかった。
「どこで油を売っているんだ、あいつは」
「ねえまだ?お腹空いたよ」
空腹が故の苛立ちが隠せなくなってきた食卓へ、扉が開く音が響いた。
「お待たせ、父さん母さん。ああ、兄さんたちも着いていたんだね」
「遅いぞジーモ、さあ早く」
「すまないね。実は、父さん母さん、そしてみんなに紹介したい人がいるんだ」
大人たちは事態を察してざわつき始めた。ネオはその様子を見てただ戸惑うだけだった。
「さあリプラ。こちらへ」
「お邪魔します、急に押しかけて申し訳ないです」
美しい声が一家の耳に届いた。それは、ネオが先ほど聞いた声だった。
「あら、さっきの男の子じゃない。こんにちは、また会ったね」
眩しい笑顔が降り注ぐ。まさかこんなすぐに願いが叶うなんて。ネオは呆気にとられて何も言えずにいた。
「なんだリプラ、知り合いだったのかい」
ジーモ叔父さんの次の台詞は、ネオを絶望へ真っ逆さまに落とした。
「ああ、みんな聞いてくれ。実は俺、リプラさんと結婚しようと思っているんだ」
その後驚きと祝福の言葉が家中を走っていたが、ネオの耳には一切届かなかった。ネオの初恋は1日として持たなかった。
ジーモ叔父さんの結婚宣言、つまりネオの失恋を告げる調べからネオの記憶は消え失せた。その次の記憶は、もう既に家の布団の中だった。少年にはあまりに衝撃的な感情が2つも押し寄せ、ネオは眠りにつけずにいた。




