下校
帰り道、空き地で同級生の姿を見かけた。
「なあ、こっち来てみろよ」
工場長の息子は、蔑むような目をしている。その視線の先には、少し背の小さな少年がいた。名前はクッロだったか。
「やだよ」
「うるせえなあ、来いって言ってんだよ!」
そのとき、クッロの背中を別の少年がドンと押した。情けない叫び声を上げながら、クッロは地面の下へと落下した。
「あっははは、落とし穴作戦成功だ!こりゃ面白い」
「俺は王様だい、どうだ悪者、参ったか」
少年たちがケタケタと笑い声を上げながら穴の中のクッロを見下ろしていた。
「くだらない」
ネオは危うくそう言いかけた口を押さえた。まだ穴から這い上がれないクッロを見ないふりして、家へとまっすぐ歩いて行った。
「ただいま」
「おかえり」
母と父から同時に返事が来る。
「祈りの曜日」は嫌いじゃない。その前日は父の仕事が早く終わって家族で夕飯を食べられるからだ。普段は泊まり込みで仕事をすることもある父だから、こういう日でないと満足に話せない。
「なあネオ、今週の学校はどうだったんだい?」
子どもの時学校へ通えなかった父は、学校の授業や様子に興味津々だ。毎回聞いてくるので少しうざったいが、子どものようなきらきらした瞳に負けて話してしまう。
「相変わらず周りはうるさいよ」
「そういうのはいいんだ、どんな話を先生から教えてもらったんだい?」
「黒い穴の話、だったかな」
「黒い穴?なんだそれは。父さんも仕事で穴掘りばかりしているぞ」
ガハハ、と豪快な笑い声をあげる。お酒も少し回ってきたらしい。
「その黒い穴に落ちると誰も帰ってこれないんだって。それで、敵を穴に誘い込んで落としちゃうんだ」
「ほう、その穴はどこにあるんだい?今度行ってみるか?」
「え?」
「あれ、近所の話じゃないのかい。てっきりどこかの炭鉱にあるのかと」
会話のリズムが崩れた。幼いネオには、まだ「伝説」という言葉の定義がはっきりしていなかった。それは現実を意味するのか、はたまたおとぎ話を意味するのか。
「うーん、わかんない」
「そうか、まだまだ分からないことはあるものだ。また教えておくれ」
そう言うと、父は肉をガツガツ食べ始めた。
「ネオは先生の話をちゃんと聴いているのね」
同じく学校に通った経験のない母は、周りのやんちゃに流されずにきちんと授業を聴いているネオを誇らしく思っているらしい。
「別に……そんなんじゃないさ」
素っ気ない振りをしたネオの口元は、少し上を向いていた。
夕飯後、ネオの頭の中では、「伝説」の定義を巡る論争が起きていた。
「帰ってこれない穴なんてあるわけない。あったらみんなの噂になってるさ」
「でも先生は、嘘を話しているなんて一言も言っていないぞ」
独りで考えていても答えは一向に出なかった。
「まだ起きていたの。明日は早いんだから、もう寝なさい」
そう言うと、母は布団に潜り込んだ。気付けばネオの口からあくびが飛び出ていた。
ネオは布団に横たわり、目を閉じた。そして眠りに落ちた。




