殺人鬼の正体
「しくじった! 手の空いている奴は、東に五ブロック進んだ街道まで行って救援してきてくれ。まだ奴がいるはずだ」
それだけでも自警団には伝わっていた。酒を飲んでいた者でさえ一瞬で酔いを消し出て行く。
薫もそれに続こうとしたが、化野の手当てを頼まれた。薫としては何としても殺人鬼とコンタクトを取るなり始末するなりのアクションが欲しい所だったが、状況的に諦めるしかない。
「怪我は? 手当てしますから見せてください」
彼女には複数の傷があった。顔や足にも浅いがいくつもあったが、中でも最も深いのは左腕。まずは左腕からの治療を始める。
「油断した。証拠が挙がって浮かれていたのかもしれない。不意を突かれて私はこの様、団員は身体を張って私を逃がした。……なにが、団長は生き残る義務がある。だ!!」
消毒の後に包帯を巻く。
治療が終わる頃には落着きを取り戻したので、気になっていた事を聞く。
「その証拠ってなんだったんですか?」
「それについては後で話す。今は全員が帰ってくるのを待とう」
しかし、団長を逃がす為に身体を張って足止めした団員四名は、全員の死亡が確認された。
仲間が殺された。この事実は団員全員に精神的に負担を与えた。皆一様に無言で、昨日の経緯も証拠の話も出ない。
そして化野は、謝罪も弁明も無く強く有った。その姿勢を理解できない者はいなかった。薫もまた無言で本部にいたが、ミルが突然外に出ろと言いだした。
『薫、調査に行きましょう。私が気付いた事を話します』
案に、この場から離れろと言っているミルの言葉に従うのは気に食わないが、何時にも無く真剣そうな表情で告げてくるので従う事にした。
本部から出て行こうとする薫に気付いた化野が、何処に行くのかと聞いてきたので、殺害現場を巡ると伝えた。
「それで? ここまで来たんだからちゃっちゃと話せ」
場所は最初に薫が遺体を見つけたビルの一階。
『一昨日、私が行った事を覚えていますか? この殺人鬼は、腕は有るがセンスが無いって話です』
確かに言っていた。適当な妄言だと思って真剣では無かったが取りあえずは聞いていたので覚えている。
『昨日の化野の傷を思い出して下さい。細かい傷がありましたよね? アレは有り得ない傷だとは思いませんか? 人に襲われたら大抵は抵抗します。でも、どの死体も解体した時の傷だけでした』
何が言いたいのかわからず首を傾げているとミルが言う。
『一撃で相手を殺せる腕を持っているのに、化野が逃げ切れるはずが無いんですよ』
そこまで説明されると薫にもわかる。
今まで殺人鬼の年恰好もわからずにいたのは、確実に獲物を殺してきたからに他ならない。
化野は今までの被害者の中で、逃げのびた唯一の人間なのだ。
これは偶然で有り得る事なのか?
「どうだ薫。何か見つかったか?」
背筋が凍る。声は化野だが雰囲気は今までとはまるで違う。本当に冷たい、突き刺さる様な雰囲気。
「お前は他が気付かない様な事に気付いたんじゃないかと思ってな。追いかけて来たんだよ」
確かに、薫は殺人鬼の正体に気付いている。という事は、殺人鬼は薫の口封じに来たのだろう。
「アンタだったのか。無差別に人を殺して団員まで殺して!」
「お前の勘違いを正してやろう。殺人鬼事件が始まって三件目までは私じゃない。本物がいたんだよ。まぁ、三件目の終わりに私が殺したんだけどな。それからが私だよ」
「なんで殺人鬼を殺して成り代わった」
「美しかったんだよ。死体に魅了された。自分でもやってみたくなったんだ」
「そんな理由で人を殺せるのか」
化野は、人の物とは思えないような優しい笑みを浮かべて言った。
「楽しいんだ。人を斬る瞬間の表情、声。何としても続けたいんだ。だから悪いけど、死んでくれ」
スルッとナイフを抜く化野。
『薫、何としても逃げてください。死なれたら困ります』
ミルに言われなくてもわかっていた。逃げ切る算段を考えるが糸口が見えない。
動かなければ死ぬ。それはわかっていたので、手近な物を投げてみるが意味がない。響くのは投げつけたスタンドが割れる音のみ。だが、そこに人影が現れる。
「化野、見つけたぜ」
顔中血だらけだが、聞き覚えのある男性団員の声だった。
振り返る化野に対し、薫は走り出す。恐らく彼は殺人鬼によって殺されるだろう。だが、薫は走るのを止めなかった。
何とか建物の裏口から外に飛び出す。
『薫、安心なんてしないで、もっと遠くに逃げてください』
「うるせぇ、わかってる。一先ず本部へ行く」
そう言って走り出して直ぐ、違和感を覚える。なんでさっきの団員は血まみれで化野を追いかけていたのか。
嫌な予感が巡る。
一歩二歩と本部へ近づき、扉を開ける。
薫が望んだのは、アルコールが充満した部屋で、酒を飲んで酔っ払った大人が転がっている光景。
しかし、現実は違った。空気に溶けているのは血肉の匂い。転がっているのは十数人の身体のパーツ。それが真っ赤に染まった部屋を埋め尽くしていた。
「――――ッ!」
今度ばかりは薫は嘔吐した。
「クソ! なんなんだこの世界は。狂気に充ちてるなんてもんじゃねぇぞ。完全に狂ってる」
「そうか。完全に狂っているなら私の所業も許されるかな?」
振り向かずに肉塊が敷き詰められた部屋に逃げ込む。本音が言えるなら、こんなところには入りたくないだろう。しかし、間合いを取らなければ死ぬ事は避けられなかった。




