『パラス・アテナ』Ⅱ カズイ・スチカ②
「大魔導士は二ヶ月前、四月下旬にジョニー・ランドールとコンタクトを取られ、直接交渉を行われた。事前に向こうからアプローチはあり、『ナポリ最後の日』に国内各地で大規模デモを行うのであれば莫大な資金提供を行う、という条件が事前に提示されていた……」
ロビンソン・テラーは、重い口調で訥々と語る。
カイエンとリーは先を促すように無言のままでいるが、テラーが言葉を切った際、何らかの示威を行ったようだった。KKKの男は喉の奥からひっと笛のような音を鳴らし、すぐに咳払いをして続けた。
「結論から言えば、交渉は失敗に終わった……我々は、ランドールの協力を得る事は出来なかった。彼は後に不和の種を残したくないと言い、不法移民出身者による各新人類団体にも同様の支援を行う事を明言した。大魔導士による第四次KKKの規律は厳格だ、如何に当人が中立を謳おうと、敵に与する者から利益を得る訳には行かない。
ランドールは恐らく純血だ、新人類でもある。殊更に我々の敵として線引きを行うべき対象ではない。しかし、大魔導士は我々が組織であるからには、通さなければならない筋があるとのお考えだ」
「それは、まあいいだろう。お前たちは多少のチャンスを逃しただけであり、以前と比べて損害を被った訳ではないのだから」
「その通りだ、ここまではまあいい。だが、ジョニー・ランドール……奴は悪徳商人のような男だった。こちらが取り引きに応じないと分かるや、オールドの連中に我々の潜伏場所の情報をリークした。無論、我々新人類がオールドに滅ぼされる事はない──」
「その『ニューノーマル』『オールド』という言葉をやめろ」
カイエンが、冷たい声で脅しつける。
「──我々Sディメンショナーが、戦闘に於ける行動可能性でノーマルに劣るという事は有り得ない。問題は、この抗争によって特制軍に情報が渡り、奴らの介入によって我々が共倒れになるという事だった」
「そして、事実そのようになった訳だ」
カイエンは大きく息を吐き出すと、「何故だ?」と言った。
「ランドールは何故、交渉に応じなかった貴様らに報復を行った? 交渉の際、貴様らの首魁は何か部外者が知ってはならない情報を知ったのではないか?」
「そ、そうだ……生ける伝説、『大教祖』ランドールを伝説たらしめている理由を。何故彼が世界各国に出現し、『教祖』を操る事が出来るのかを。その力を以て、彼が何をするつもりだったのかを」
「目的の部分は、ノーマルとSディメンショナーによる第三次世界大戦を引き起こそうとしている──という事ではないのか?」リーの声が尋ねる。
「如何にも」
テラーの声音には、恐らく現在自らに行われている拷問に対してではない恐怖が色濃く滲んでいた。
「しかし、その嚆矢とする為に彼はまず『ナポリ最後の日』を再現しようとしている。ランドールが暗躍を始めてから、各国で引き起こされてきた『教祖』による反乱事件はいずれもこの計画を成就させる為の布石だったのだ……ランドールの持つ、特定のニューノーマル──Sディメンショナーに干渉する力がそれを実現した。しかし、彼もまた人間だ。ピックアップ対象の『教祖』が、秘密を打ち明けた後になって”力”の通用しない相手であったと判明する事がある。だがそれも、彼にとっては想定の範囲内だ。
秘密を知った『教祖』がなり得るものは、二通りのみ──駒か、危険物かだ。ランドールはその危険物を処理する事まで、”力”の発動プロセスに含めている。意に沿わぬ形で反乱を起こした『教祖』、彼の意思の通りに動きはしたものの、秘密を知ったままあんた方ネプチューンに囚われた者たち。彼らを口封じする、なかった事にする事によって、結果的に百パーセントの成功率を導く。それが、あの男のやり方だ」
「”力”とは何だ? ランドールのSDSは、次元屈折だったはずだ」
「SDSは関係がない。喩えるのであれば、そうだな……文化依存症候群的な、特定の人種にのみ通用する洗脳の類だ。事実として、我々との交渉中、ランドールは自らにFC剤を導入し能力の使用を禁じていた。その薬品が偽物でなかった事は、一人の我々の同志が身を以て検証したので間違いない。
大魔導士は、条件に当て嵌まらなかった。そして──その”修正”を受けているのが今なのだ。あんた方の司令官が察し良くこの方法を採っていなければ、私は過去にあんた方に捕縛された『教祖』のように、聴取前に牢の中で殺害されていただろう」
ホールデンはそれを聴き、何故このような夜中に、取調室でない部屋を使ってKKKへの拷問が行われているのかを理解した。
テラーが投降したのが、一昨日の昼(ルーマニアで夜間の作戦を行っていたホールデンたちとは七時間の時差があった)。「教祖」派が制圧されてから、彼の身柄がネプチューンに引き渡され、諸々の手続きが終わったのが日付の変わる直前。昨日ランドールが何処に居たのかは不明だが、KKKのSディメンショナーが首魁を含め全滅した事、テラーがネプチューン本部に居る事が彼に伝わるのは時間の問題だろう。
かつて彼と接触を持ち、反乱を起こした末に特制軍の制圧を受けた「教祖」たちが、情報を引き出す前に錯乱し、凄まじい恐怖を浮かべながら口封じされた事は周知の事実だ。クラインフェルドは、それを危惧したのだろう。
──しかし、「ナポリ最後の日」の再現とは?
ホールデンは考える。
ネプチューンに加盟する国々──つまり世界中の全国家──の間で結ばれている「ナポリ条約」という国際条約がある。Sディメンショナーとの抗争に於いて核兵器の使用を絶対禁止とするもので、国連時代から続く核兵器禁止条約への参加国は無論の事、米国を始め核保有国もまたこれは絶対遵守となっている。
その理由が、各国特制軍の発足前、イタリアに現れ世界で最初に「教祖」となったSディメンショナー、ロレンツォ・ザッパの引き起こした大規模反乱だった。イタリア国内には大厄災時代以前からチュニジアで活動する過激派組織の後方基地があったのだが、彼はそこから出現したSディメンショナーグループ「永遠の炎」を味方につけ、従来の装備しか持たない自国軍を瞬く間に駆逐しナポリを占拠した。彼らの目的は、ヴェスヴィオ火山の噴火により周辺のノーマルを虐殺する事だった。
事態を重く見たネプチューンは、テロリストの迅速な殲滅を目的として核弾頭の使用を決定した。当然、住民には使用する戦術核「ANMH - 51 レモラ」のTNT換算で予測された影響圏からの退去の指示を出し、またこれを敢えて大々的に発表する事でザッパらへの投降を促した。
予定時刻になると、現地の様子は一切確認される事なく核ミサイルは放たれた。もしもザッパらが避難し、何処かから様子を見ていたのだとしても、ネプチューンの核使用はブラフなどではなかったのだと示す為だった。
しかし、実際には彼らは避難していなかった。それどころか、テロリストの中に加わっていた屈折能力者が飛来する核ミサイルを、二倍の威力にして跳ね返した。無謀ともいえるその試みは成功してしまったが、この一件に何らかの形で関与した者たちは皆、それが行われた結果何が起こるのかを見誤っていた。
被害は死者だけで、五千万人に達した。後にこの負傷が原因で死亡した者、後遺症に悩んでいる者を含めると、被害者は一億人以上になる。廃墟と化したナポリとその周辺は放射能汚染が著しく、従来の技術では除染が困難と判断され、優に二十年間人の営みから取り残されたように死の世界であり続けた。次元屈折能力を使用した者も含め、爆心地に近い場所に居たテロリストも全員が死亡した。
これが「ナポリ最後の日」であり、この教訓から対Sディメンショナー作戦の際は決して核兵器を使用してはならないというナポリ条約が採決された。人体の限界を試される特制軍の設立と、それを各国に促す為の下地となる管理制への移行はこの事件が端緒だったと言っても過言ではない。
能力を使用したSディメンショナーが誰なのか、未だに特定はされていない。死体が完全に焼失し、イタリア人だった場合戸籍も焼けてしまったので、この先も分かる事は恐らくないだろう。それだけに、次元屈折という能力はある種の神話となった。
そしてランドールもまた、数少ない屈折能力者の一人だ。
「……大魔導士は、自決されたと聞く」
「微分ウイルスを自らに注射したらしい。死体は分解され、三次元世界から排除された為塵すら残らなかったそうだ」
カイエンは、テラーを追い詰めるように言った。
「『大教祖』の意図は、人々に与えるセンセーションが最大になる当日まで各国特制軍を分断する事だそうだ。並行して、例の国際情報収集システムを用い、素粒子使いのうち最も優秀な能力者を探し出そうとしている」
「『ナポリ最後の日』当日……七月二十日か。もう一ヶ月もないぞ」
リーは、嫌な予感がする、というように声を低くした。
「ロビンソン・テラー。ランドールの求めているセンセーションとは何だ? 奴は、何をすれば超次元戦争の火蓋が切って落とされると思っている?」
「ランドールは──」
テラーは言葉を切った後、早く拷問を終わらせたい、というように、或いは結果的に自分一人が抱え込む事になってしまった秘密を吐き出して楽になりたい、というかのように早口でその問いに答えた。
「三要素だ。陽子、中性子、電子を操作しあらゆる原子を生成するSディメンショナーを確保し、核燃料を作り出そうとしている。ヴェスヴィオ火山を融合炉とし、七月二十日にそれを爆発させるつもりだ」
「………!」
ホールデンは、思わず鋭く吸気の音を立てそうになり、慌てて息を止めた。
中でも、カイエン、リーが同じ反応をしたのがまざまざと感じられた。
「口から出任せだったら承知しないぞ」カイエンが、動揺を隠すように先程と同じトーンで言う。「ランドールは、一協力者──貴様の言葉を借りれば『駒』──に、そこまで計画の全貌を明かしはしないだろう」
「確かな情報だ! 無論、ランドール本人から聞いた訳ではないが……例の英国のエシュロンから、国内の三要素使いのIDと行動履歴が数人分ピックアップされた。そのうち一人が、ランドールの接触を受けた後でイタリアに出国している。情報のソースは、英国に居る我らが同志だ……大厄災時代以前から、あの国には派生組織があっただろう?」
「社会情勢に影響を与える程ではなかったがな」
「彼らも『教祖』派だ……グラストンベリーは、シェードコアの落着地点の一つだから──」
「何をしているんだ?」
突然、背後から至近距離で囁かれ、ホールデンはぎょっとした。危うく叫びかけたが、両手で思い切り口を押さえ、何とか声の漏出を抑える。
振り返ると、ディーターが立っていた。
「ディートか……驚かすなよ。どうしたんだ、こんな夜中に?」
「見張りだ。今『海蛇組』が仕事中だ、夜中とはいえ誰かが近づくかもしれないからな。でもまあ、ハリーなら別にいいや」
彼に「聞いたか?」と尋ねられ、ホールデンは肯いた。
「大佐が、俺に特別な任務を与えると仰った。あの、サーペンタイン機関のミアって女の子と……あのKKKの男と、何か関係のある事なのかな?」
「分からん」
ディーターは両手を軽く上げ、肩を竦めた。
「けどまあ、俺たちの最近の任務の中心にはいつも『大教祖』が居る。そういう意味では、全く関連がないという方が可能性は低いんじゃないか?」
「そうか……」
「それにしても──」彼は、ふと真面目な顔になった。「ミアか……可愛い子だったな。あれでSディメンショナーでさえなけりゃ、お前もきっと役得だって俺に自慢したりしたんだろうなあ」
「おい、俺を何だと思っている?」
思わずたじろいでしまう。
「それに、俺の死んだ娘もSディメンショナーだった」
「いや、お前さ、だからこそあいつらの事を憎んでいるんじゃないか。Sディメンショナーでなかったら、カミさんも娘──サラちゃんも死ななくて良かった、ってさ。……娘か。確かにサラちゃんが生きていたら、あの子と歳は近いんだろうな」
ディーターは呟くと、「大丈夫なのか?」と尋ねてきた。
「何だっけ、敢えてトラウマに近づいて慣らして克服していく──」
「エクスポージャーか?」
「それだ。エクスポージャー法として、お前は『三叉鉾』に居る。けど、相手が二十歳にもなっていない女の子とくりゃ、嫌でも思い出さずにはいられないだろ?」
「それはまあ……そうかもしれないけどさ。けど、俺はここで博士の治療を受けているとはいえ、”お客さん”じゃないんだ。上官からの命令があれば、活動に支障を来す程でもないなら従うのが仕事だ。それに……精神的な面なら、特制軍に居る限り幾らでも薬物コントロールが出来る」
「全く、お前って奴は……」
彼は呆れたように首を振ったが、そこで一瞬間を置き、ふっと息を吐いた。微かに面を背け、やや言いづらそうに再び開口する。
「まあ、俺が大佐に意見するなんて、怖くて出来ねえと思うけどさ……何か知らんけど、うちには中佐も少佐も居ねえんだ、お前と階級同じなの、俺だけだし……じゃない、俺はお前のバディだ、二人組でペアじゃなくなっても、同じ部隊で戦うのは変わらねえ。話聞くくらいなら出来るから、色々独りで抱え込むなよ」
「ディート──」
ホールデンはやや驚いて彼を見、数瞬の後ふっと自然に笑みを浮かべた。
彼らしい気遣いがありがたかった。
「ありがとう。じゃあ、そういう時は遠慮なく甘えさせて貰う」
ディーターは軽く後頭部を掻いてから、「戻ろうぜ」と背中を叩いてきた。そこでホールデンは、自分が起き出してきた理由を思い出す。
「そうだ、トイレに行こうとしていたんだっけ」
彼に軽く手を振り、「おやすみ」と言ってから小走りで扉の前を通過する。
行き過ぎる瞬間、最後にもう一度カイエンの声を聞いた。
「ご協力どうも、テラーさん。……それじゃあもう、貴様に聞く事もない。あとは治療を受けて、裁判まで大人しくしていて貰おう──と言いたいところだが、悪い。我々は大佐から、もう一つ指示を受けていてな」
「何だ? とりあえずもう、取り調べからは解放して貰えるんじゃないのか?」
ロビンソン・テラーの声に、恐怖と狼狽がはっきりと浮かぶ。
「お、おい、何をするつもりだ? 待て、やめてくれ……やめろーっ!!」
ホールデンには、カイエンたちが男に何をしたのかは分からないままだった。が、自分には知る必要がない事だろう、と思い深く考える事はしなかった。




