↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/28

『パラス・アテナ』Ⅰ パラス・アテナ⑥


          *   *   *


「──こちらミア。ゴッドファーザー、聞こえますか? ……はい、情報を」

 手負いのアルファ、チャーリー分隊をアルゲンタヴィスに回収して貰うと、クラインフェルドとホールデンたちはミアに先導されるように観光港へ引き返した。彼女は移動中、直接戦場に赴いて来たらしいマンダリニアのサーペンタイン博士と頻りに連絡を取り、情報の授受を行っていた。

「到着し次第、我々はエコー、フォックストロットの生存者発見と救出を行う」

 クラインフェルドは、移動開始前にホールデンたちに命じた。

「超人兵の戦闘力は、シミュレーション上ではオリジナルのSディメンショナーに匹敵するものだった。特に量子化能力者(クアンタマイザー)のそれは、ゲノム編集ではなく、世界で過去に数人しか例のないオリジナルの保有者から直接S器官の移植を施されたものだそうだ。過激派の制圧はミア曹長に任せて問題はないだろう」

 敵の上陸を待たず、海上で迎撃するならばこちらには攻撃手段がない。クラインフェルドの判断は至極妥当なものだったが、皆の感情は違った。カイエンが代表するように「納得が行きません」と抗議した。

「何故、Sディメンショナーの力を借りねばならないのです? 彼らの能力は強力だ、けれど良心の限界がある以上、それを利用する訳には行かない。だからこそ我々特制軍が存在するのではありませんか。本末転倒です!」

「その件については、作戦終了後に総員に説明する。ともかく、超人兵としてサーペンタイン機関に属する者たちについては、良心の限界が我々に対して襲い掛かる事はない。そうなった時は、彼らの最後なのだから」

「……やはり、分かりません」

 カイエンは苦々しげに、皮肉っぽく吐き捨てた。普段であれば、彼の毒のある態度が司令官に対して取られる事はないが、今回は余程特殊なケースだった。

 しかし、クラインフェルドは殊更(ことさら)に彼を叱責するような事はなかった。同時に、最早それ以上の事について何かを言う事もなかった。

 皆不信感を拭えないままだったが、直属の上官がこう言っている以上逆らう事は出来なかった。沈黙し、ただミアと彼の後に続いて走る。

 その一連のやり取りはミアにもはっきりと聞こえるような場所で行われたのだが、彼女自身はというと、そのような反応がされる事など想定の範囲内だ、と言わんばかりに黙ったままだった。傷つくような素振りも見せず、怒る事も、ホールデンらを軽蔑したような目で見る事もなかった。

 ただ一言だけ、命じられた事のみを確実にこなせばいいのだ、というように「お話はお済みですか?」と言い、さっさと先に立って移動を開始した。

 これにはディーターもカイエンも、何も言えなくなったようだった。

「……はい、ゴッドファーザー。了解しました」

 通信を終えたミアが、ちらりと頭を動かしてクラインフェルドを振り返った。

「危惧が的中しました。瞬間移動(テレポーテーション)により、黒海上の過激派のフェリーが沖合一キロメートルの地点まで接近して来ました。既に敵方も、『教祖』との連絡が取れなくなっている事から状況を把握しているはずです。MPADS(Man-Portable AirDefense System:携帯式防空ミサイルシステム)等により、沿岸部及びアルゲンタヴィス、マンダリニアが攻撃される可能性が高いかと」

「防げるのか?」大佐の問いは簡潔だ。

「間もなく、私のSDS有効圏内がフェリーを捉えます」

 ミアが言い終わらないうちに、観光港が目の前に現れた。その惨状に、ホールデンたちは言葉を失う。

 焼け野原だった。陥没し、海との境界が半ば溶け合い泥濘と化している船着き場のコンクリート。巨人に蹴り飛ばされたかの如く無秩序に散(・)ら(・)ば(・)る(・)コンテナ。荷揚げ用のクレーンは半ばから折れ、拉げたコンテナの一つに逆さに突き刺さっている。

 未だ立ち込め続ける黒煙の中、焼けた蛋白質と土埃の混ざり合ったような異臭が濃厚に漂っていた。……呻き声が、随所から聞こえる。

「生きている……!」

 リーが、ホルスに映っているBIFFのカーソルを確認しながら声を上げる。負傷した者たちからもこちらの到着が確認出来たらしく、インカムからフォックストロットの分隊長が『大尉……』と呼ぶ声が届いた。

『海上に、新手の正体不明(アンノウン)反応が……』

「やっぱり、過激派がすぐそこまで来ているのか」

 その呟きは回線の向こうの隊員に応じてというより、ホールデン自身の独白に近しいものだった。

 クラインフェルドも誰かから何らかの通信を受け取ったらしく、「分かった」と低く呟いた後、ホールデンらに指示を出した。

「時間がない。直ちに救助に当たれ。私も直接加わる。……ミア曹長」

「イエス、サー」

 ミアは答えると、泥濘の中に軽やかな足取りで駆け下りて行った。海上には、黒く無骨な軍船のシルエットがぽつりと浮かんでいた。

 ホールデンたちは慎重に瓦礫の中へと進み──不発の爆薬がまだ残っているかもしれない為だ──、IDが生存を示している者たちへ歩み寄って行く。

 通常であれば重傷者から救助するのがセオリーだが、爆発を至近距離で喰らった今回の場合の「重傷者」は、殆(ほとん)どが「まだ死んでいない」というだけの状態に他ならなかった。実際にBIFFの詳細情報に表示されるバイタルサインの弱い者から、見ている前でカーソルは徐々に消滅していく。

 アムリタの効果が切れつつあった。ナノマシンは既に急拵えの強化筋肉を壊死(アポトーシス)させ、乖離させる方向に動き始めている。痛覚調整の規定値外にある微かな痒みと共に、自らの四肢が痩せ細っていく様がありありと分かった。

 同時に、戦闘時に最適な精神状態を生み出されていた反動が、どっと情動の波となって押し寄せて来る。ホールデンの場合、それは仲間の死を悼む気持ちとして強く意識の表層を支配した。

「ハング大尉──」

「しっかりしろ、もう大丈夫だ。……アルゲンタヴィスに戻ろう」

 左腕を巨大なコンクリート片に圧(お)し潰され、身動きの取れなくなっている隊員の一人を、ホールデンは消滅する前の最後の強化筋肉の力で引き摺り出した。背中に担ぎ上げるだけであれば、本来の自分の筋力だけでも差し支えはない。

 隊員は、ホールデンの耳元で微かに言葉を発し続ける。

「お願いです、我々の事よりも、海上のアンノウンを……過激派の船を……」

 ホールデンは、「もう無理に喋るな」と囁いた。

「心配は要らない。あの子が──あの超人兵が、何とかしてくれる」

「超人……兵?」

 ホールデンの視線の先で、そのまま海岸の泥濘へと特攻を掛けるかのように向かって来る船に対し、ミアは毅然と仁王立ちで向き合っていた。

 さすがに軍艦をまるまるせしめる事は難しかったのか、フェリーから対艦仕様の砲塔(ターレット)がこちらを狙っている、という事はなかった。だがホールデンの超視力は、ミアの予想していた通り甲板上で手持ちミサイルの砲身を構えるアジア人たちの姿を捉えていた。

 ──撃ってくる。

 そう思うか思わないかのうちに、過激派がミサイルを射出した。ホールデンの少し先でカイエンと共にコンテナの残骸を──強化筋肉でも、重すぎるものは二人掛かりでなければ動かせない──持ち上げていたリーが、反射的に「危ない!」と警告の声を発する。

 が、ミアは動揺を一切見せなかった。

 空間が、またもや揺らぎを見せる。その中で彼女の姿が、またもや複数の時間的階層(レイヤー)に分かれて投影され、海上に跳躍して停止したミサイルの上に着地、ゼロ距離射撃で破壊すると、それが誘爆を起こす前に再び跳躍──という一続きの動作(アニメーション)を表した。

 その、未来の自分への量子テレポーテーションが行われる”一瞬”の間、ミアがどのように外界を知覚しているのか、アニメーションという比喩を引き摺るのであれば幾つのフレームレートがあるのか、恐らく本人以外にはどれだけ考えても想像も出来ないだろう。しかし、彼女は本来なら自由落下が始まる、という直前で更に座標を変更する事で、空中を移動する事も可能なようだった。丁度子供がプールでしようとする「右足が沈む前に左足を出して水の上を走る」という動作が実現したかのようだ。

 ミサイルの群れを一瞬で撃墜し、尚も彼女は止まらない。放物線を描くような軌道で空を翔け、接近する過激派のフェリーに肉薄すると、呆然としているアジア人兵士たちの手からMPADSの砲身を奪い、真上から船のエンジン部へと狙いをつけた。

 兵士たちが固まっているのではなく、これもまた空間上に未来の次元のミアが一瞬のうちに出現した事による見え方だった。

 放物線の最高到達点に描出(レンダリング)されたミアは、既に過去のものとなった自分たちを、ストロボを解除するように連続的に回収し、引き金を引いた。

 一瞬の間を置き──恐らく一回の能力使用で移動出来る次元(フレーム)数が限界になった為、発動し直したのだろう──、船の直上から海岸に戻って来るまでの動作が投影される。再び最後の座標で”回収”が行われた直後、スクリーンの役目を果たしていた空間の揺らぎが修正された。ここで、ようやく体感で一秒が経過した。

 爆散──閃光と化し、跡形もなく沈んでいく船。

 それを覆い尽くすように、極太の水柱が宙空に高々と立ち昇った。

 過激派の者たちから悲鳴や怒号が上がる事はなかった。彼らも何が起こったのか分からないようで、フェリーに乗っているはずの瞬間移動能力者も仲間たちを船上から避難させる暇(いとま)はなかったらしい。

 ミアは振り返る事なく、肩越しに手持ちミサイルの筒をぽいと海へ放り捨て、爆風で膨らみかかった後ろ髪を手で押さえる。

 まさに、いみじくも彼女自身の肯定した「後始末」という言葉に相応しい、害虫駆除を済ませたかのような明瞭さだった。しかし彼女の表情に、実際のそのような場面で湛えられているであろう清々しさはない。最初から最後まで徹底して無表情で、どちらかといえばそれは与えられたアルゴリズムを終了した機械に似ていた。

 しかし、ホールデンが彼女の戦いぶりを見ながら気にしていたのはそこではない。

 普段なら考えもしない「もしも」が心に浮かんできた。

(もしも、あの子に──)

 脳裏で、あのトラウマがフラッシュバックしようとしている。その原因となった特制軍の中に身を置く事によって、克服までは行かずとも徐々に意識の奥底に押し込められつつあった記憶の中の光景に対し、思いがけなく現れた量子化能力者(クアンタマイザー)は誘因(リリーサ)となるには十分だった。

 アムリタは完全に、体内から代謝されたようだった。

(あの子に、ここまでのSDSの制御が可能だったら──)

「任務完了《ミッションコンプリート》」

 ミアの呟きが、ホールデンの思考を中断させ、あまりに常識外れの戦闘力に処理が停止していた皆の思考を再び動き出させた。

「な……」

 耳元で、手負いの隊員が掠れ声で呟いた。

「何なんですか、彼女は……?」

 その問いに、ホールデンは答える事が出来ない。

 彼女が何(・)で(・)あ(・)る(・)の(・)か(・)──それが、本当に分からなかったのだ。

 奇(く)しくもそれに答えるかのようなタイミングで、ホールデンと同じく負傷した隊員を背負っていたベンジャミンが開口した。

「アマゾネス、みたいだ……」

「ああ──」

 彼の口に出したのは、ギリシア神話に登場する蛮族の女戦士の名だった。組織や武装、作戦やコールサインを世界各地の神話や伝承から名付ける傾向があるネプチューンに所属していると、皆否応なくそういった名称が口から飛び出しがちになる。

 視認出来る範囲に居るディーターやカイエン、リー、ロバートも、言い得て妙な形容だ、というように大きく肯いている。

 しかし、ホールデンの受けた印象は、彼らのそれとは異なるものだった。

(──違う。彼女は戦の女神……パラス・アテナだ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。