『パラス・アテナ』Ⅰ パラス・アテナ③
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「お出ましなすったぜ」
ディーターが、ホールデンと揃いのデザートイーグルに .44 マグナム弾を込めながら呟いた。「アドリアン・ゲオルゲの『分身』どもだ」
港には、やはり大勢の民兵が集っていた。しかし、それらはここまで移動して来る間に制圧してきた連中とは決定的に異なっている。皆、同じ顔をした──ややくすんだ金髪にパンチパーマを掛けた白人の──男なのだ。
ルーマニア本国からのID提供を基に、生体情報IFF──通称BIFF──登録に使用された詳細データをホルスに表示させる。結果は、全員同一人物だった。
「それぞれが本人だとしたら」
カイエンは、あまり考えたくないが、というような顔で言う。
「あの分身一人一人が、また分身を生み出す事も可能って事ですね」
「質より量で勝負するパターンか……けれど、逆に捕獲ならやりやすいかな」
とロバート。
「あの中の一人でも確保すれば、任務完了って事だろう?」
「けれど、遠隔地から能力を解除すれば回収は可能では?」これはベンジャミンの台詞だ。
それなら、とホールデンは言った。「一人を残し、隙を与えずそれ以外の全員を殺す。同時攻撃でだ。再びテンソルが発生する前に、残ったそいつにFC(Fluctuating Connection:変動接続)弾を撃ち込む」
それは特制軍がSディメンショナー制圧に用いる非殺傷武器で、彼らがSDSの使用に際してS器官から発生させる”場”──超次元空間を正常な接空間とアフィン接続し、微分可能化して性質を変化させるものだった。一時的とはいえ、現在確認されているあらゆるSディメンショナーのSDSを無効化し、従来の犯罪者と同様に拘束・連行する事が出来る。これがなければ、ネプチューンや各国政府は彼らを生け捕りにし、「教祖」の情報を引き出す事すら困難を極めただろう。
しかし、ホールデンの口にした作戦内容の”無茶”はそれ以前の問題だった。
「正気かよ?」分隊の中で、唯一自分と階級の同じディーターが無遠慮な言葉を使った。「じきに、ここに大佐たちやチャーリー、デルタも来る。独断もいいとこだ」
「どうしてそう思う?」
「だってよ、これだけの数を同時攻撃で殲滅するって言やあ、その方法は──」
ディーターが何を想像しているのかは明らかだった。彼はホールデンが、ここに爆弾を投げ込むと思っているのだ。
ホールデンは、ゆっくりと首を振った。「いや、ディート。そんなものは必要ない」
「えっ?」ディーターは眉を潜める。「じゃあ、どうやって?」
「やれるだろう、俺たちだけでも?」
「大尉……」リーが、やや恐れを孕んだ声を出した。「あなたは──」
「行こう」
言い、ホールデンは飛び出した。銃はデザートイーグルからM26 MASS(散弾銃)に持ち替えている。ディーターやカイエンらはもう制止は利かないと判断したのか、覚悟を決めたように後から続いて来た。
彼らが自分に対して何を思ったのかは理解していた。凶暴化──大袈裟な言葉を使うとすれば、そうなるだろう。
ホールデン自身も気付いていた。Sディメンショナーを殺す。二ヶ月ぶりに許されたその行為が、アムリタによって麻酔の掛かった脳を支配し、抗い難く誘惑している。
「三叉鉾」の突入に気付いたゲオルゲたちが、一斉にこちらを向いた。四方八方から、何の前触れもなくサブマシンガンの弾が飛来する。ゲオルゲ自身は、分身は死んだとしてもすぐに分身前の個体に統合されるだけなので誤射を恐れる必要はない上、再び次元ワープをすれば武器も複製されるので残弾数は無尽蔵だ。
ホールデンはその弾幕の中へと自ら飛び込み、常人を遥かに凌駕する特制兵の動体視力で数千、否、数万の弾丸の現座標を見切った。
引き金を引く──火薬が爆ぜ、散弾が飛び出す。
それらがゲオルゲの分身たちが放った弾丸に当たり、断続的な金属音と共に無数の火花を散らす。敵の弾があまりにも大量なので、適当な場所に撃ったとしてもこの跳弾は発生したに違いない。
不規則な軌道と化したそれらを、各々の分身たちが次元ワープによって回避する事は不可能だった。同じ顔をした男たちは皆一様に殉教者の表情となり、頸動脈や眉間、心臓をカオス的な回転の掛かった弾に貫かれて掻き消すように見えなくなった。
一方でこちらも、カオスの洗礼を受ける事となった。弾幕へ自ら突入した「三叉鉾」の特制兵たちは、幾分かスピードを削がれたとはいえまだ亜音速を保った敵の弾丸を間近で受け、布地に覆われていない頰や手の甲の肉を薄く削り取られる。空間にバッと血飛沫が舞うが、アムリタの感覚調整作用の為痛みは生じなかった。
弾幕が散らされ、コンクリートの上に降り積もって沈黙した時、ホールデンの視界に映るBIFFカーソルのうち、敵を示すものが掻き消えていた。無論、自分一人が一発撃っただけでこうはならない。
背後をちらりと窺うと、ホールデンたちブラボーのみならず、エコー、フォックストロット分隊も攻撃に参加していた。それどころか、彼らは既に自分たちの判断で自然に分散し、迷路の如く積み重ねられたコンテナの間に入り込む事すら始めている。彼らの座標の移動は、正確にホルスに映し出されていた。
数秒の後、それらの上に重なるように再び敵の信号が出現した。先程よりも数は少ないものの、今度はより分散し、一対一で「三叉鉾」のメンバーたちに挑み掛かっているらしい。倒されるまでの時間に僅かにでもラグが生じれば、それを察知した個体がその間に新たな分身を作り出せるという事だろう。
しかし、
「一撃必殺を狙え!」
ホールデンは、早くも視界に入って来た一人に銃口を向けつつ皆に指示を出した。
「『一人』の捕獲は俺がやる。皆はとにかく倒す事だけを考えるんだ!」
──やれるだろう、俺たちだけでも?
先程発した言葉の意図は、その瞬間から敵たちにも分かるものとなる。
ネゲヴを構えながら宙を舞った一人のゲオルゲに、ホールデンは再び持ち替えたデザートイーグルを発砲した。射出されたマグナム弾は敵の軽機関銃を手の中で粉砕し、火薬を炸裂させて手首から先を血飛沫へと変える。尚も止まる事なく、ベストに覆われた胸を猛獣に食いちぎられたかの如く抉る。
絶命と同時に再統合され、敵の姿はまた一瞬で掻き消えた。しかし、その時既にホールデンは二人目を射程に捉え、撃ち殺している。一発ずつの射撃であるが故に生じるコンマ数秒のラグも有効活用し、その隙にワープで接近して来た敵を空いた左拳で撲殺し、或いは蹴りで薙ぎ倒す。それが済むと同時に、また遠距離の相手に発砲を行う。貫通した一発の弾丸がコンテナの一つに当たって鋭い破裂音を奏でた。
宣言した通り、ほぼ同じ瞬間に視界に居る分身の大半が駆逐された。それは、ゲオルゲが次元ワープによって増殖するのに要する時間と殆ど差はない。殊更に示し合わせずとも、自分と同じ行動を他のメンバーたちも瞬間的に取っているのだとしたら、今発生している分身全員の同時攻撃による殲滅も不可能ではなかった。秒数でカウントするべき時間が生じるのは、ホールデンの場合デザートイーグルの .44 マグナム弾の装填数である八発を撃ち終えてリロードを行う間だけであり、無論その間にも自由に動く足はほぼ反射的に蹴りを繰り出し続け、迫る分身たちの肉体を破壊している。
「やはりお前たちは化け物だな、改造人間!」
離れた荷揚げ用クレーンの上に居るゲオルゲの一人が、少しでもこちらの集中を乱そうとしたのか声を投げ掛けてきた。
「お前たちと我々Sディメンショナーの間に、どれだけの違いがある!? 自然の摂理に逆らった人体改造を行っている分、そちらの方が野蛮なのではないか?」
無論、ゲオルゲ自身はルーマニア語で叫んでいるのだろうが、世界政府で国際的な活動をする者たちは頭蓋に特殊なデバイスを埋め込んでおり、言語の認識を行うウェルニッケ野への伝達過程で電気信号を書き換え、理解可能な言語へと置換する。これによって、デバイスに採用されているLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)に含まれる言語であれば英語で聞き取る事も、読む事も可能だ。
──煩わしい。ホールデンは思考でブレイン・マシン・インターフェースを操作し、自動翻訳用ソフトウェアを終了させる。ゲオルゲはこのデバイスの存在を理解した上で声を掛けてきたのだろうが、こうしてしまえば習得していない言語は動物の鳴き声と大差ない。
ホールデンは無言で、クレーンの上の敵を撃ち殺した。
最早敵も、残り少ない。
(潮時だな)
思いながら、デザートイーグルをホルスターに戻し、代わりに掌に収まる程の拳銃を引き抜いた。中には既に、FC弾が五発装填されている。
その時、HMEに着信があった。クラインフェルドからだ。指揮官権限により、こちらが開くのを待たずしてホルス画面にメッセージが映し出される。
『リヴァイアサンからブラボー、エコー、フォックストロット各分隊長へ。
コンスタンツァ役所公園、反乱軍キャンプに大量のゲオルゲの分身が潜伏していた。観光港に繋がる全ての道路を封鎖中、奇襲によりデルタ分隊が分断。通信途絶者多出。観光港突入中の三分隊は、挟撃されるリスクを鑑みブラボーのみ応援に向かうべし。アルファ、チャーリーと共に包囲網を構築せよ。 Col. Kleinfeld』
「どうした、ハリー!?」
ディーターが、こちらの手が一瞬止まった事を咎めるように叫んできた。ホールデンは彼に視線で合図すると、自らの分隊メンバーたちにインカムで──少人数で双方向的な通信を行う場合、こういった旧時代のアイテムの方がスピーディーな事もある──クラインフェルドからの命令を伝達した。
「こちらクラーケン。………」
メッセージを読み上げると、皆が鋭く息を呑む音が回線を通じて耳に届いた。
『そうか……まあ、そうだよな』
ディーターの呟きが、肉声と回線越しの音声両方で聞こえた。
『SDSである以上、”場”も無限じゃない。世界中何処にでも分身を作り出せるなら、それは間違いなく世界最強クラスのSディメンショナーだろう。そう思っていたからこそ、SDSの作用圏を見誤ったな』
『自分も、現在次元ワープが可能なのは港の中のみだと思っていました』とリー。
「恐らくここから役所公園──せいぜい二、三百メートル圏内が奴の”場”なのだろう。可及的速やかに大佐の命令を遂行する。そうしなければ、ここを制圧したところで俺たちの戦いは意味がなくなってしまう」
『ハーヴグーヴァ、クラーケンに発言許可を求める』
ディーターが改まった調子で言った。ホールデンは即座に「許可する」と応じる。
『ゲオルゲの分身どもが二箇所に分かれて集まっている状況って、マズいんじゃないか? 奴にとってはどれが統合後の本体になってもいい訳だから、片方を切り捨てる事も容易い。最初から今の状況が奴の狙っていたものなら、どちらかを囮に俺たちの半分を殲滅……そうだな、爆破なんかする可能性がありそうだが』
『買い被りすぎじゃないですか?』カイエンが、疑わしげに容喙した。『相手は昨日今日決起した民兵──烏合の衆ですよ』
「いや、そうとも言い切れない」ホールデンは言った。言いながら、また増えて接近して来た分身を殴り飛ばす。「中東の過激派から武器を輸入している辺り、準備は綿密だ。キャンプのテントに港のコンテナ、何らかのトラップを仕掛けられそうなものは幾らでもある。……ディート、フォックストロット分隊各員に俺の名前で伝えろ。もう敵への同時攻撃は意識しなくていい、BIFFで識別可能な敵を排除しつつ、コンテナの捜索を行うように。不審物を発見した場合、すぐに内陸へ撤退」
『ハーヴグーヴァ、了解』
「『大教祖』の見込んだSディメンショナーだ、決して気は抜くなよ」
言いながらもホールデンには、この時点ではまだアムリタのもたらす陶酔──圧倒的な力を以てSディメンショナーを狩れるという状況を楽しむだけのゆとりはあった。
困難を極める戦いではあるが、今まで幾度も死線を掻い潜って来た自分たち「三叉鉾」であれば何とかなる──何とか出来る。
根拠のない自信がそこにあったが、その「根拠のない」という点に思考をフォーカスさせる事は、敢えてしなかった。




