『パラス・アテナ』Ⅱ カズイ・スチカ④
* * *
「ハング大尉」
HMEでクラインフェルドから呼び出しを受けたのは、泊まり込んでいたサーペンタインの研究所から兵舎に荷物を運んでいる最中だった。いよいよ「特別な任務」を言い渡されるのだな、と思い、やや緊張しながら向かおうとしていると、研究所の前でミアと会った。
「ミア曹長……ご苦労様」
形式的に敬礼をしながら挨拶すると、彼女は敬礼を返しながら
「ミアで結構です」
と言った。「私は待遇であり、正式な軍人ではありませんから」
「そ、そうか。なら、私の事もホールデンでいい。この先、一方通行ではやりづらい」
「やりづらい……ああ」彼女は納得したように肯いた。「大尉──ホールデンさんも、お聞きになっているのですね。”特命”の件について」
「ああ。君も?」
「詳細はまだですが。これから大佐が説明されるのでしょう、HMEを受け取りました」
「私もさっき受け取った。一緒に行こう」
「はい」
ミアは返事をし、さっさと歩き出した。
ルーマニアの戦いでも感じた事だが、彼女の動作は一つ一つがきびきびとしており無駄がない。見方によっては不機嫌そうにも受け止められるが、ホールデンはそこでチャールズの言っていた、彼女には少年兵時代に受けたマインドコントロールの後遺症が残っているという話を思い出した。
無言で移動しながら、ホールデンはこれから彼女とどのように付き合っていくのがベストなのだろうか、と考えを巡らせた。早期に打ち解けるべきなのだろうか。それとも、あくまで作戦行動を行う上でのパートナーと捉えるべきか。
こちらの沈黙に何かを感じ取ったのか、不意にミアが開口した。
「Sディメンショナーと行動する事に、色々と思う事はおありでしょうが」
「ミア?」
「超人兵が良心の限界を迎える事について、ノーマルの方々にリスクが降り掛かる事はありませんのでご安心下さい。皆、下手に特権意識は持たないよう学習していますし、愧死システムが常に体内で働いています。良心の限界を迎え、それに基づいた反逆行動を取れば、ナノマシンがマイクロウェーブを発して全身の細胞乖離を誘発させ、私たちは粉微塵になる事となっていますので」
平然と言うミアに、ホールデンは絶句した。
彼女は自分が凄まじい事を口にしたという実感はないらしく、必要な事を言い終えるや否やすたすたと先を急ぐ。喋っている間も黙っている間も、彼女の視線は徹底して前方に固定されたままだった。
クラインフェルドの執務室まで辿り着くと、室内への呼び掛けはミアが行った。
「ホールデン・ハング大尉及びミア・サーペンタイン曹長、参りました」
「入れ」
失礼します、と断りながら、二人は扉の内側へ足を進める。
クラインフェルドは、デスクに両肘を突いて指を組んでいた。本部に居る間、彼の執務室には常に秘書の女性が控えている印象があったが、今日彼女の姿は見えない。
二人が入ると、大佐は机上のパネルを操作し遠隔操作で入口の扉にロックを掛けた。
「『大教祖』ジョニー・ランドールの顔、及び現在の潜伏場所が判明した」
クラインフェルドは、前置きを排して切り出した。
「一昨日組織の壊滅を受け、米国特制軍に身柄を拘束されたクー・クラックス・クランの幹部──ロビンソン・テラーからの情報だ。大脳皮質のスキャニングによる記憶のモンタージュから、このような顔が導き出された」
机上に、ホログラムの立体写真が投影される。
黒いスーツとネクタイを身に着けた、ラテンアメリカ系の白人男性。年齢はホールデンと同じくらい──三十代前半、行っても後半、四十代ではない──だろうか。これといった特徴もない、ごく普通の何処にでも居そうな男の顔だった。
「昨夜のうちに、ホイスト、トールマンがここまで確認を済ませた。テラーの吐いた情報によると、ランドールは今月の頭に英国からイタリアへ飛んでいるらしい。直前に、奴にスカウトされた英国人のSディメンショナーも一人同様の渡航を行っているという。今日、朝一番でイタリアへ問い合わせ、該当する日時の各空港の映像を調べて貰った。……『大教祖』が国内に居るかもしれないという事で、彼らも必死になり相当なマンパワーを割いたようだ。六月二日、ナポリ・カポディキーノ国際空港にこのモンタージュ写真と九十八パーセント一致する顔の男が見つかった」
「発言、宜しいでしょうか?」
ミアが、不意に口を開いた。クラインフェルドは「何だ?」と促す。
「彼のSDSであれば、瞬間移動能力者と同様の事が可能です。しかし、わざわざ空港を利用したという事は、ランドールの”場”にはやはり一定の制約があるという事を示唆しているものと思われます」
「ああ、その通りだろうな」
「しかし彼はその後、少なくとも一回はイタリア国外に再出国する必要があったはずです。ルーマニアの『一人大隊』、アドリアン・ゲオルゲとのランデブーの為に……そちらの空港に奴の姿は?」
「私もそのように考え、現在ネプチューンとして向こうの政府機関に調査を依頼している。こちらは該当日時、場所が絞り込めない為、少なくとも三、四日は時間を要するだろう。もしこちらでも奴が見つかれば、各渡航窓口に網を張る事は可能だ。だが、国際捜査にはどうしても時間を要する。関係各所との交渉も、ただ強制力を行使するという訳にも行かないからな。初めに言っておくが、今回の件についてランドール逮捕までのタイムリミットは一ヶ月、正確には二十四日だ」
ホールデンは無意識のうちに拳を握り込み、続くクラインフェルドの言葉を待った。
「ランドールは、ヴェスヴィオ火山で核爆発を起こそうとしている。『ナポリ最後の日』と同日、七月二十日にだ」
「核……ナポリ条約締結後、全ての核はネプチューンに回収されたはずでは?」
「自己申告だから、まだ秘密裏に隠し持っている不良国家はあるはずだ。だが、今回の場合それは関係ない」
クラインフェルドはミアに答え、先を続けた。
「ランドールに先立ってイタリアに渡った英国人Sディメンショナー、デュラン・ヒューズが三要素能力者だ。その男が核燃料を生成し、ランドールが屈折能力を以て反応を起こす。威力から考えて、重水素の融合反応が採用される可能性が高いだろう。
今回の件に於いて、ランドール一味の国際指名手配は敢えて行わない方針だ。事が大きくなれば、奴らが姿を晦ましてしまう可能性も高くなる。『教祖』を操る事の出来るランドールには、決定的なセンセーションを延期したとしても何処かの国で戦争状況を作り出す事は今まで通り可能なのだからな。我々が採るべき作戦は、暗殺、この一つのみだ。
そして、その実行をホールデン・ハング、ミア・サーペンタイン、両名に委ねる」
「………」
ミアは、無言でちらりとホールデンの方を見てきた。引き寄せられるように彼女に視線を向けたホールデンだが、何故かその目を直視する事が出来なかった。
──値踏みされているかのような視線。
ホールデンが刹那に抱いたのは、そのような感想だった。
特制兵、Sディメンショナーを狩る存在。しかし量子化能力者である彼女に比べれば、まだ人間の身体能力の範疇に留まった自分の力など微々たるものに過ぎないという事は、先の戦闘で痛い程思い知らされた。
だがそのような事は、クラインフェルドも重々承知であるはずだ。その上で彼は、ミアと同じサーペンタイン機関の超人兵ではなく、自分と組を組ませようとしている。
「……どうした?」
こちらの沈黙をどう受け取ったのか、クラインフェルドは尋ねてきた。「不満か?」
「いえ、大佐」ホールデンは慌てて答える。上官命令に対して、不満など示していいはずがない。「了解しました」
「イエス、サー」ミアも視線を大佐に戻す。「ゲオルゲへの接触の為に一度ルーマニアに渡ったとしても、作戦決行の際は『大教祖』もナポリ周辺に居る必要がありますね。イタリアへ飛んで潜伏ですか?」
「いや、それはまだだ。まずはプランAを実行し、米国内での奴の討伐を試みる」
クラインフェルドは言うと、ホログラムのランドールの顔写真を横にスライドした。代わりに立体写真に映し出されたのは、独房を斜め上から撮影した画像だ。四肢を拘束された囚人服姿の男が壁際に座り込み、目を閉じている。
ロビンソン・テラー、とホールデンは呟いた。
「そうだ。現在、薬物投与により仮死状態に陥っている。最低でも、明日の夜まで覚醒する事はないだろう。そして恐らく、昨日のうちにKKK『教祖』派の壊滅、テラーの投降はランドールに伝わったはずだ。奴は今日中に、今までのようにテラーの口を封じるべくここに侵入を試みるはずだ」
テラーを囮に使うのか、と、すぐにホールデンはぴんと来た。事実、首魁に近い幹部であった彼はランドールの顔を直接見、「ナポリ最後の日」の再現という目的についても情報を持っていた。「大教祖」としては否が応でも、彼が捕虜となったら可及的速やかに抹殺しなければならない。
そういえばテラーは、ランドールが「教祖」たちを操る”力”を持っていると言った。今まで特制軍に捕縛された「教祖」が取り調べの最中に錯乱したのも、ランドールが自らの情報をネプチューンや各国政府が引き出さないように仕組んだものだったのだろうか。そうだとすれば、”力”が通用しなかったKKKのメンバーがネプチューン本部に引き渡されたという事は相当な痛手であったに違いない。
「ミア曹長の言ったように、ランドールの”場”に制約があるのだとすれば、本部内への空間跳躍を使用するには少なくとも奴は州内に居なければならないだろう。本場の瞬間移動能力でも、有効圏は最大で二州間が限界だ。
時間との勝負になる。奴が情報を得て渡米して来るのと、ネプチューンが米国政府に要求を発し、ニューヨーク全域に州軍の特制兵たちを展開させるのと。米軍との連携作戦だ、奴が発見され次第、貴様たちに”制圧”に向かって貰う。当然ながら本部内でも、『三叉鉾』の人員を控えさせる」
但し、とクラインフェルドは付け加えた。
「ベストは尽くすが、この作戦でランドールを仕留められない可能性も十分にある。敢えて成功率を口にしようとは思わんが、プランB、貴様たちのイタリアへの派遣は迅速に決定される可能性が高い。今日のうちに可能な限り準備を進めておくように」
「イエス、サー」
ホールデンとミアは声を揃え、命令を拝受した。




