侍女たちの薙刀稽古②
長刀稽古の日がやって来た。今日訓練されるのは、侍女の中でも特定の数十人である。水は普段から侍女たちに声を掛けられることが多く、大体は顔見知りだった。
秀頼の正室・千姫の侍女である桜音の姿は、そのの中でも前のほうにいた。普段は穏やかな桜音も、いつも以上に真剣な眼差しだった。
長刀の稽古は数十人の侍女をいくつかの組に分けて行う。それぞれの組に先生一人が付き、時間を区切って先生を交代させる、というやり方だ。
桜音とお千代は同じ組になれたらしく、桜音の横にずっとひっついていた。桜音の長刀捌きが気になるところではあるが、水は自分の仕事に専念しようと集中した。
水は今、目の前の侍女たちに基本的な型を順番に練習させ、基礎の動きを見直しているところだ。その中に茶々の侍女である稲もいる。稲も真面目に取り組み、助言をすれば素直に従ってくれていた。
しかし、だいたいの侍女は、水に声を掛けられると照れてしまう。そのようなつもりで声を掛けているわけではないのになと思っていると、隣の組から、一際目立った大きな声が聞こえた。驚きで水は声の主を目で追った。
「ええい!!やあ!!まだまだぁ!」
長刀を堂々と振り下ろし、稽古相手を圧倒させているのは、なんと桜音だった。千姫から長刀の扱いは得意ということや、お千代から人が変わると聞いてはいたが、どうやら本当らしい。何事にも一生懸命なのは桜音の美点である。桜音ばかりに気を取られないように、水は今一度気を引き締めた。
ついに桜音の組になった。この組は千姫の侍女をはじめ、秀頼の側室の侍女が中心に形成されていた。よく顔を合わせる者ばかりで、皆が水に惚れ惚れとしているようだったが、桜音は凛々しく水を見ていた。
その姿を見て、また彼女を思い出した。今頃、こんな顔付きになっているのだろうか。桜音を見てあの女を思い出すなんて、桜音に申し訳ない気持ちにもなった。
水は、皆の顔を渡り見る。
「私のところでは、対人よりも基礎的な動きの強化を中心に訓練します。私は女なので、男性よりも体力や筋力が劣ります。その分、姿勢や体の使い方が非常に重要になってきます」
これは本当のことだ。水自身が忍びの師匠に教わったこと、身を持って感じたことである。
「はあ!やあ!」
桜音の筋の良さは思った以上だった。そして、どこか生き生きとしている。侍女たちは武士の娘が多いため、剣術を目にする事は珍しくない。だが、実際に剣を振るうのはまた違う。本人に言うことはできないが、桜音の適正は、おそらく双子の妹も同じだ。さすが姉妹と言ったところだろうか。彼女の妹も、剣の筋が非常に良かった。
無意識に桜音を見てしまう。水は目を瞑って一呼吸したあと、お千代を見た。
桜音と反対に、お千代はいつもの元気がないようである。
「お千代殿、腰の位置が高いので下げて」
「はいっ」
「もっとです」
「は、はい……」
「最低限そこまで必ず下げるように。そのほうが見栄えも良いです。見栄えが良いほど型の形も正しいと思ってください。体勢は辛いですが」
お千代は半泣きになりながら「分かりました」と小さな声で言った。どうやら本当に苦手意識が強いようだ。少し可哀想に感じ、水はお千代の肩に手を置き、落ち着かせるよう努めた。
「もっと肩の力を抜いて。そう、肩の端を下ろす……腰の位置も少し下げて」
「こ、こうでしょうか」
「背中が丸いです。お腹を伸ばすように背筋を正してください」
「はい」
肩に手を置いたのが良かったのか、お千代はさっきよりも集中できているようだった。そのあとも、水は型の基礎練習を中心に稽古をつけた。
桜音へは「悪くないです」と伝えた。皆の前で桜音を褒めたり指導すぎると、特別扱いをしているような気がして、それ以上何も言えなかった。この組の稽古は終えた。
桜音は長刀の稽古は嫌いではない。どちらかと言えば得意分野であることは薄々気付いてもいた。汗をかくと気持ちも爽快になり、前向きになれた。だから、仕事で体を動かすことはどちかと言えば好きなのだ。
だが、今日は何やらモヤモヤとする。スイは、普段から自分のことを気にしてくれているのに、今日は「悪くないです」の一言しか言ってくれなかった。お千代や他の娘には体に触れて教えていたのに、などと欲深いことまで考えてしまった。
結局、水からの指導はその一言だけで終わり、そのあともう一人の先生の指導で打ち込みの稽古をしたあと、集団稽古は終了となった。
「最後に、実演をする。攻撃は青木源治、防守は水で行う」
水が実演ということで、侍女たちは顔を見合わせて「やった」「楽しみ」と小声ながら歓声を上げた。
「鎮まれ。水は皆と同じ女だ。身のこなしが参考になるゆえ、しっかり見るように」
言われなくと、と皆が思っているのが聞こえそうだった。名前を呼ばれた二人は長刀を手にした。皆が見やすいように一同が真ん中をあけ、二人はその中心に足を進める。水と源治は二人分の間合いをとったあと、構えて互いを見つめ合った。
桜音は、水の構えに見惚れてしまった。男性と比べて細い線、長い手足、そして高い鼻筋とキラリと光る茶色い瞳。風に揺られて煌めく茶髪にもうっとりしてしまう。「始め」という合図で、源治の攻撃が始まる。
水はまず、足を後ろに捌くことで避ける。第二撃は右へ払い、次は上へ打ち上げた。体捌きは見事なもので、まるで役者の演技を見ているようだ。
絶対に相手には背中を向けず、源治との距離が詰まれば見事な長刀捌きで上下を逆にし、柄の部分での突きを入れるという、実践的な技も披露する。それには皆から声が漏れていた。隣にいるお千代、少し先に見える稲も両手を合わせて、食い入るように見つめている。桜音も夢中になって水の立ち回りを見続けた。
全体稽古が終わったあと、侍女たちは皆、必死にに水へ声を掛けに行く。
「水様、今日はありがとうございました!」
「先ほどの実践、とても素敵でした」
「とっても格好良かったです!」
「次回の稽古も、ぜひお願いします」
侍女に囲まれる水を、実践相手であった源治が笑いながら見ていた。水は、軽く微笑んで「ありがとうございます」と返していた。
その場面を、桜音は遠目で見ていると、お千代がそばに寄ってきた。
「桜音ちゃん、私たちも水様のところ行こう!」
お千代が桜音の腕を掴んで引っ張るが、どうも気が乗らない。水も疲れているだろうし、他の侍女に囲まれて笑っている水を見るのは、あまり気分が良くなかった。
桜音は、侍女たちに囲まれる水に背を向けて桜音に向き直る。
「私は夜に会った時に挨拶するから、お千代ちゃんは行っておいで」
「ええ〜?一緒に行こうよ」
「だってあんなに囲まれて、水さま大変そうでしょう。私たちはあとでも会えるんだし」
「う〜ん、確かにそうだけど」
お千代は腑に落ちないと言った様子だ。何か閃いたのか、拳で掌を叩くと桜音の顔を指差した。
「そっか、桜音ちゃんったら嫉妬してるんだねぇ」
「ち、違うよ!」
「照れちゃって、可愛い〜!」
「お〜千〜代〜ちゃん〜!」
お千代が笑って桜音を揶揄う。桜音は思わずムキになってしまった。嫉妬なんか、と思っても、否定することができない。すると、突然お千代がハッと息を飲み、髪を整え始めた。お千代の頬が微かに赤くなっている。「どうしたの」と聞く前に、桜音の背後から声が掛かった。
「お二人とも、お疲れ様でした」
「す、水様もお疲れ様です!あの、たくさん指導していただいてありがとうございましたっ」
「いいえ、それが仕事ですから」
水だった。お千代がズイッと前に出て、桜音と水の間に入る。水は驚きで少し後ろに体を逸らしはするが、微笑んで言葉を返した。さっきの侍女たちへの反応と同じように。
「お千代ちゃん、落ち着きなさいって……」
「水様、桜音ちゃんが、水様に構ってもらえなくて拗ねてるんです」
「ちょっ、ちょっとお千代ちゃんっ」
この子は、と桜音は思わずお千代の袖を引っ張った。構って欲しかったというわけではない。もう少し声を掛けてくれても、と思っただけと心の中で弁解する。
「す、水さま、お疲れ様でした。すみません、あの、お千代ちゃんが言ってることは気にしないでください」
「ああ……こちらこそ、あまり声を掛けることができず申し訳ありませんでした。桜音殿の迫力が予想以上だったもので」
水はニヤリと笑って言う。桜音は、揶揄われていると思い、水をジロリと見た。そんな桜音を見て、水はクスクス笑っている。お千代は水の表情を食い気味に見た。最も、お千代が水のことを見るときはいつもそうなのだが。
「また稽古があるときは、桜音殿は難易度を高めてやってみましょうね」
「は、はい。あの、ありがとうございます」
「本当のことですから。上手でしたよ」
水が笑って桜音を見る。優しい表情なので、恥ずかしくなり思わず目を逸らしてしまった。それに、水から声を掛けてくれたのが素直に嬉しかった。
「水、少しいいかい」
「はい」
源治が水を呼ぶ。水はすかさず返事をした。
「では、桜音殿、またあとで」
「はい」
「お千代殿も」
「はいっ」
水は微笑んで頷くと、源治のところへ行ってしまった。水と源治は仲が良いのか、会話中はお互いに笑顔が絶えない。他の先生陣に挨拶をしたあと、水と源治はその場を去った。桜音とお千代はその姿を目で追った。
「ねえ、水様っていつもあんな感じ?」
「え、うん、そうだけど」
「へえ。あんなに柔らかい方なんだね。ずっとキリッとしてるのかと思ってた」
「まあ……普段から皆に優しいでしょ?」
「そうなんだけどぉ」
二人は身だしなみを整えに稽古場となった庭を後にした。お千代は「水様と仲良くて羨ましい!」と何度もぼやいていた。
その夜、桜音は水と顔を合わせたときに改めて稽古の礼を言った。水は、個人的な指導ができなかった事を改めて詫びてきた。本心がバレてしまったのかと思ったが、水は「また今度、時間があるときに稽古しましょう」と笑顔で桜音に言ってくれた。皆の前で特別扱いはされなくても、こうして気を配ってくれるのだからいいか、と思った桜音であった。




