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忍びと侍女、城下町の祭りへ①


 ある日の午後、千姫の弾んだ声色が部屋から聞こえた。水はいつも通り待機しながら、聞こえてくる話に耳を傾けた。千姫たちは年頃の娘だからか、話を聞いているだけで面白かったりするのだ。


「今日は街でお祭りがあるそうですね」

「はい。きっと活気に溢れていますよ。美味しいお菓子もあるんだろうなあ」


 千姫に応えるのはお千代だ。お千代と桜音は千姫の話し相手として入城している。ところが、こうして会話を聞いていると、お千代の話し相手をしているのが千姫に見えてくる。それを見守っているのが桜音、という構図が水の頭の中で出来上がっていた。


 この時代の祭りでは、高級な反物や武具が、町人でも手に入れることができる機会であり、砂糖をふんだんに使った菓子を購入することもできた。部屋の中から、お千代の「行きたい」という声が聞こえた。


「お千代は去年行ったでしょう?今年は桜音に行ってもらいます」

「え〜」

「良いのですか?」


 なんだ、去年行ったのかと思うと、おかしくなって水はフッと口角をあげてしまう。いけないいけない、仕事中だ。順番に侍女を祭りに行かせてやるとは、千姫は器の広い姫君なのだなと水が感心していると、千姫が水を呼ぶ声が聞こえた。


「水、聞こえてますね。桜音と一緒に行ってくださいね」

「え?」


 水は思わず、腑抜けた声を出してしまった。



 部屋の外から、珍しく腑抜けた水の声が聞こえた。まさか声を掛けられるなど思っていなかったのだろう。


「水、襖を開けて構わないから、聞いてくださいな」


 千姫が言う。桜音は襖を開けようかと思ったが、水の行動の方が早かった。桜音は水と目があったが、水はすぐに千姫へ視線を合わせた。


「水ったら、自分は関係ないと思ったでしょう」

「大変失礼いたしました」


 水は真面目に謝罪するが、千姫はフフッと笑う。こんなに楽しそうな千姫を見るのは珍しい。横に控えているお千代は恨めしそうな顔をしている。


「桜音が街へ降りるから、一緒に行ってくださいね。桜音の事を任せましたよ」

「あの、千姫さま。ありがたいのですが、何も水さまでなくとも」

「何言ってるの、嬉しいくせに」


 千姫がニヤニヤと笑いながら桜音に耳打ちする。そして片目だけ瞬きして星まで飛ばしてきた。なんて分かり安い合図なのですかと突っ込みたくなる。水に全て見られているし、聞こえているかもしれない。桜音は耳まで熱くなった。


「良いですね、水」


 真っ赤になっている桜音を放って、千姫は水へ言葉を投げかける。お千代は「水様とお出かけなんて羨ましい!」とぼやいていた。


 だが、当の本人である水は難しい顔をしていた。


「千姫さま……お心遣いは大変嬉しいのですが、その間の護衛はどうされるのですか」

「そのために長刀稽古を、お千代や侍女たちへしてもらっているのですよ。あなたもたまには、羽を伸ばして」

「ですが……」

「どうしました、何か不満ですか?」


 千姫の言葉には、水の気を休ませようという気遣いが見えた。それを水も理解しているはずだが、水はなかなか首を縦に降らない。


「……千姫さま、差し出がましいようなのですが、私の髪色や顔が目立ってしまっては……桜音殿に迷惑が掛かるかと思いまして」


 桜音たち城の者はすっかり水という存在に慣れているが、日本人離れした水の容姿は、街の中で目立ってしまうのだろうか。だが、それほど心配することなのだろうか、と桜音は思った。


 千姫は水を安心させるように温かく言う。


「何言ってるのですか、水。今日はお祭りなんです。皆祭りと自分のことに夢中ですから大丈夫ですよ。金平糖を買って来てくださいね」

「……分かりました」


 水は渋々と首を縦に振った。


 水はあのような様子ではあったが、桜音としては嬉しかった。こうでもしないと二人で出掛けるなど出来ない。


 千姫から、二人でお茶でも飲んで来てとまで言われた。桜音と水は、それぞれ一度自室に戻ってから待ち合わせをして、言い付け通りに祭りへ向かった。



 城下町は、城内と違って賑やかで、声を張らないと隣で歩く水との会話もできなさそうだ。しかし、今は水の声が聞こえないのではなく、一言も話していない。水は周りを警戒しているのか、城を出るときに「行きましょうか」とだけ口にしてから、ずっとだんまりを決め込んでいる。


 自分だけ紅など刺してきて馬鹿みたいだ。しかも、水は顔が見えないように笠を深く被って、髪は団子にしてまとめている。そんなに顔を隠したかったのかと残念に思った。せっかく二人でお出掛けなのに。


「水さま、見てください、お神輿ですよ」


 少しでも明るくしようと思い、桜音は男たちが運ぶ神輿を指差した。普段は触れることができない、城下町の雰囲気や熱気に桜音は純粋に楽しみを覚えた。


 しかし、水は神輿を見ても「そうですね」と相槌だけ打って会話は終わってしまった。千姫からの言い付けなのだから、そこまで反抗心を出さなくても、と思いながら桜音は下を向いた。


 そうしながら歩いていると、誰かに手を引かれたーー。

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