侍女たちの長刀稽古①
姫たちの午前中は、教養の時間に当てられる、それが終わると、桜音は煎餅とお茶を用意し、お千代とともに千姫の話相手になっていた。水は変わらず、部屋の外に控えている。
一息つくと、千姫は和かに話し始めた。
「ところで二人とも、そろそろ長刀稽古がありますから、心構えをお願いしますね」
「ええ、もうそんな時期ですか……」
お千代は沈んだ様子で千姫に言う。お千代は長刀の扱いが得意ではない。運動神経が良くなく、毎度、指導担当から注意を受けていた。前回は長刀が手元からすっぱ抜けてしまい、茶々の侍女である稲にぶつけてしまった。その後3日ほど、稲は怒ってお千代を無視するほどだった。
前回の失態を思い出したお千代は、項垂れて声を低くしブツブツと非難の声をあげた。
「またたくさん怒られてしまいます……」
「大丈夫よ、今度から、水も先生に加わりますからね」
「え!?」
千姫は楽しそうにニコニコと笑みを浮かべている。水が先生になると聞いて、お千代は食い気味に千姫を見た。
「そうだ。せっかくだから、水も一緒にお喋りしましょう。水、聞こえていますか?」
千姫が廊下へ視線を移すと同時に、「失礼します」と水が控えめに襖を開けた。水は困ったような顔をしていた。
「千姫さま、私はーー」
「さて、水もこちらへ入って来てくださいな」
千姫は水の言葉を聞き入れず、水に部屋に入るように指示した。
「水。お喋りに付き合って」
「はあ」
水は、抵抗しても仕方がないと判断したのか、腰を上げて部屋に入った。千姫は自分の横に水を座らせ、水の横に桜音を、自分の隣にお千代を付けた。そして、千姫は水にも煎餅を差し出した。
「さあ水」
「いけません千姫さま」
「どうして?」
「茶菓子などいただける身分ではございません」
「良いじゃないの、たまには。いつも真面目に護衛をしてくれてありがとう」
「しかし」
「このお煎餅は桜音が用意したものですよ」
水は、千姫の言葉を聞くと「うっ」と押し黙った。
「……では、一つだけ」
千姫の押しにまたも負けた水は、煎餅を一つ摘む。桜音は、自分の名前を出されて顔が熱くなった。満足そうにした千姫は、桜音とお千代にも煎餅を分けた。千姫、桜音、お千代が煎餅を口にしてから、水もそれを齧った。水は本当に良く気遣いができる人なのだと桜音は思った。
「ねえ水、お義母さまの侍女はどうして長刀の扱いが上手なの?」
千姫の横で、お千代が縋るように水を見た。
「茶々さまが、普段から侍女の皆様へ稽古をつけるよう言われるんです。茶々さまは稽古を見られるのもお好きなのか、よく型も見せて欲しいと仰せになりました。甲斐姫様の影響もあるのかもしれません」
「確かにそうね。甲斐姫様の侍女たちも、長刀の扱いが優秀だと聞きます」
水が説明すると、千姫は頷きながら、また煎餅に手を伸ばす。そんな千姫に、今度は水が話題を振った。
「桜音殿や、お千代殿はどうなのですか?」
「お千代は長刀の扱いがいまいちなんです。しっかり見てあげてください」
「承知しました」
「桜音はね、可愛い顔をして、筋が良いとお褒めに預かることが多いのですよ。ただ、周りの人たちはそれにびっくりするみたい」
千姫が、桜音を「可愛い顔」と言ったら、水は桜音へ視線を向けた。ただでさえ、今は顔が熱いのに、こんな話題をされて恥ずかしさが増していく。
「水様、桜音ちゃんは、長刀を手にしてるときだけ人が変わるんです」
「そ、そんなことないっ」
桜音は思わず強い口調でお千代に言い返し、結局3人の視線を集めてしまう。千姫は袖で口元を抑えているが目が笑っている。水はニヤリと笑っていた。
「ぜひ、桜音殿の長刀の腕前を拝見したいですね」
水の悪戯っ子のような表情に、桜音はドキッとした。古のときは、変な目立ち方をしないように気をつけようと誓うのだった。
※甲斐姫・・・豊臣秀吉の側室の一人。武術に長け、茶々の信頼も厚かった人物。秀頼の教育を任されていたとも伝わる。




