想いと不安
千姫の部屋から出ると、水が夜の見張り番と言葉を交わしていた。どうやら次の集団稽古についてらしい。自分と歳が変わらないであろう水が、男に混じって剣術稽古をするのは凄いと思う。
そういえば、水の年齢は侍女の間でも話題になったことがない。大人びて見えるので、桜音はいつも年上だと思っているが、同年代であるのは間違いない。
桜音が襖を閉めると、水はそれを見届け、夜の見張り番に「失礼します」と挨拶をする。そして自然と桜音の横に並んで歩き出した。
この流れも、いつの間にか出来上がった習慣である。千姫は、水が自分に心を開いているというが、本当にそうなのだろうか。
「あの……、水さまっておいくつなんですか?」
そう質問すれば、水は驚いたように桜音を見た。年頃の娘に年齢を聞くべきではなかっただろうか。やはり水も娘なのだなと桜音は内心焦った。
「す、すみません、失礼でした、ごめんなさい」
「あ、いや。あれ、言っていませんでしたっけ」
水は笑顔で答える。
「はい、ごめんなさい、突然。気になってしまって」
「千姫さまと同じ歳ですよ。桜音殿の一つ下です」
「ええ!?」
普段の凛々しさからは、まさか年下と思わず、声を出してしまった。水は珍しく肩を上げて驚いていた。
「桜音殿驚きすぎです……それに一つしか変わらないじゃないですか」
「すみません……普段の振る舞いから、てっきりお姉さんかと」
桜音の反応が面白かったのか、水は一人でクスクスと笑っていた。今日は人に振り回されてばかりだ。桜音は話を変えたくなった。
「……そういえば、今度、剣術のお稽古があるのですか?」
「え?」
思わず口に出してしまったことを後悔する。水の仕事に、勝手に関わろうとするのは良くなかっただろうか。それに、水が取り組む稽古で力になれることはないに等しい。せいぜい、稽古後に手拭いを渡したり、水を提供するくらいだ。
「……余計なことを言ってしまいました」
「そんなことありませんよ。稽古は私ではなく、桜音殿たちです」
「え?」
桜音の頭に疑問が浮かぶ。まさか、今度の女性陣の長刀稽古は水が見てくれることになったのだろうか。
大坂城で仕える侍女たちは、長刀で戦えるように稽古する。それは自分の身を守るためというより、自身が仕える主人を守るためであった。
驚いている桜音に、水が笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「まだ聞かれてなかったんですね。侍女の皆さんへの稽古ですが、次回から私も教える側として参加することになりましたので、よろしくお願いします、桜音殿」
「え、え〜」
緊張してしまう。嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになるが、よく考えれば稽古の対象は桜音だけではない。お千代もそうだし、千姫付きだけでなく、他の姫君の侍女たちも一緒だ。
長刀稽古を水が担当するとなれば、おそらくお千代は大喜びだろう。むしろ侍女全員が大喜びだ。せっかく水と仲良くなったのに、侍女たちに囲まれている水を想像すると、少しだけ複雑な気持ちになった。
水が長刀の先生になったことを、千姫を差し置いて先にお千代に言うわけにはいかない。千姫からお知らせを受けるまで、お千代には秘密にすることにした。
「では、また明日、桜音殿」
「はい、おやすみなさい」
水は桜音を部屋まで送ると、夜の挨拶をして去っていった。
長刀稽古のこと、双子の妹のこと、水と話したいことはたくさんある。桜音は部屋から顔を覗かせて、水の背中を見送った。
※長刀・・・薙刀のこと。昔の表記。




