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確かめたいこと

 水は桜音を千姫の部屋に通し、襖を閉じた。やはり、距離を取りすぎただろうかと水は思った。水は別に、桜音を嫌っているわけではないし、圧をかけたいわけでもない。桜音が悩んでいる中、同じく水もある思いを抱えていた。そのために水は、他の侍女たちよりも桜音と距離をとっていた。


 水は、豊臣家の忠実な家臣である片桐東市(かたぎりひがしいちの)正且元(かみかつもと)に見染められ、3年前に大坂城に入城した忍びである。


 水は人と違う特徴をいくつか持っている女である。水は戦国の世には珍しく、日本人の母と異国人の父の間に生まれた子供だ。女にしては背が高く、骨格から様相が違っていた。今は袴を腰の位置で締めるようにしているが、それでも長い手足は隠せるものではない。また、髪は明るい茶色で、瞳の色もそれと同じであり、筋の通った鼻は高く、顔立ちからして日本人のそれとはかけ離れていた。


 大坂城へ来てからも、体術や剣術などの稽古は空き時間でこなし、少ない手荷物として持ち込んだ書物や、大坂城で譲り受ける文献にも目を通していた。時折開催される武士たちの剣術の集団稽古にも参加させてもらい、恵まれた長い手足を活かした男顔負けの才能は皆に認められていた。また、気配りもでき容姿も整っていることから茶々から大変気に入られ、大坂城内ではいつも横に控えてさせられていた。この度は、千姫の護衛を強化したいこと、そして大阪城内の侍女たちの長刀稽古の時間を確保するため、茶々の護衛から外れることになったのである。


 そんな水が悩める理由は、まさしく桜音の存在だった。さらに言えば、水が知っている人物と桜音が瓜二つであるため、彼女への身の振る舞いを決めかねているのであった。


 かつて、水と共に、同じく女の身で教育を受けていた者がいた。その人物が桜音とそっくりなのである。水が大坂城へ入る頃、その女はまだ修行中だったため、その後どうなったのかは知らない。初めて桜音を見たのは、茶々の護衛をしている最中にすれ違ったときだった。


 一瞬見間違えたのかと思った。思わずその横顔を凝視してしまった。あの女が侍女として大坂城へ入城したのか、全くの別人なのかが分からなかった。水のことを知らない相手のように振る舞う桜音に、時がくれば確認をしようとは思っていた。ついに千姫の護衛になったため、桜音を観察することにしたのだった。


 一月ほど桜音を見ていて思ったのは、桜音は水の知るあの女とは似ても似つかないということである。共に教育を受けた女は、桜音のように周囲への優しさや気配りなどを好んでする人物ではなかったし、柔らかい女性らしさを纏った雰囲気もなかった。同じ顔のはずなのに桜音には愛らしさがあり、皆に好かれているのが分かる。潜入のために演じているのだろうか、と考えたりもしたが、今日の落ち込み具合を見たところ、本当に別人なのではないかと思った。このまま桜音に距離をとるのも少し可哀想に感じていたので、どこかの機会で彼女の生い立ちを確認すべきだと水は思った。そもそも水は、桜音が例の女ではなく、別人である可能性も視野に入れていた。あの女は、双子の姉がいると言っていたのを水は覚えていた。


 桜音はお千代という侍女と行動を共にすることが多い。お千代に聞けば、きっと桜音のことは間違いないだろう。加えて、お千代は水に対していつも良くしてくれるので、聞かずとも必要な事を教えてくれるに違いないと水は思った。


 その夜、水は千姫が床に入り見張り番と交代したあと、お千代の姿を探した。


 厨房に行くと数人の侍女とお千代がいる。その中には桜音もいた。どうしたものかと水は思う。お千代を待ち伏せるのもいいが、おそらくお千代は桜音と共に厨房を後にするはずだ。お千代だけ呼び止めるのも、さらに桜音を不安にさせるだろうかと考えを巡らしていると、横から声が掛かった。


「あの、どうかしましたか?」


 桜音だった。思ったよりも距離が近い。でも、嫌ではない。あの顔と同じだからだろうか。


 桜音はお千代と一緒ではないようだ。姿を見るに、もう厨房での用は済んだと思われる。突然のことで驚いてしまった。言われてみれば、こんなに近くで桜音の顔を見たのは初めてな気がする。水は思わず桜音の顔をジッと見てしまった。やはり、あの女にそっくりだ。その顔を見ると心が揺らいでしまう。だから、目を合わせるのも避けていた。それなのに見てしまう自分に呆れてしまう。水は、即座に作り笑顔をした。


「……いえ、ちょっと人を待ってて」

「そうですか。……なら、呼んできますよ。誰でしょうか」

「……」


 あの女と違って、桜音はお人好しなんだなと水は思った。お千代をこのまま呼んでもらおうか。特に親しくもないのに、突然お千代を呼ぶのは不自然だろうか。


「ここで待つので大丈夫です。どうも」

「……そうですか」

「はい、ありがとうございます」


 水が言えば、桜音は少し頭を下げて去っていった。寂しそうにも見えたのは、おそらく自分に嫌われていると感じているからなのだろう。これまで冷たく当たってしまったことに少し反省しながら、水はお千代が出てくるのを待った。


 この城の侍女たちの面白いところは、自分を美化して見てくることだった。自分が中性的に見られていることも理解しているが、大坂城の侍女たちの反応はどうも面白い。桜音の後に出ていった数人の侍女たちは、水の存在に気付くと自分の髪を撫でつけたり頬を赤らめたりする。それはお千代も同じだった。


「わっ、私にご用ですか!?水様が!?」


 この有様である。忍びである水は‘様’をつけられる身分ではないが、おそらく侍女らの間で呼ばれているあだ名なのだろうなと容易に想像できた。


「聞きたいことがありまして」

「何なりとどうぞ!」


 食いついてくるお千代の声がとても大きいので、水は思わず周りを見渡してしまった。「少し場所を移しましょう」と提案すれば、やはり大きな元気な声で「はい!」と返事をされてしまった。



 二人は場所を移し、厨房の裏にやってきた。密かに憧れていた水に声を掛けられて、お千代はすっかり浮かれていた。思わず跳ね上がるように返事をして、水に連れられて歩いてしまった。月明かりに照らされる水も綺麗だな、などとお千代が見惚れていると、背を向けていた水が振り返った。


「お千代殿」

「なっ、ななな何でしょうか」


 水に名前を認識されていたことだけでもお千代にとっては大変喜ばしいことだった。そして、こうして改めて対面すると、水の容姿の良さが際立った。すらりと長身で、顔が小さい。その顔も目が大きく鼻が高い。それだけでお千代は顔が火照りそうだった。あとで絶対に桜音に自慢するのだとお千代は心に誓った。


「いつも一緒にいる娘のことで聞きたいのですが」


 水に言われて、お千代は思考が固まってしまった。いや、表情も固まったに違いない。いつも一緒にいる娘とは、おそらく桜音のことだ。なんだ、自分ではなく桜音に興味があるのかと気持ちが一気に冷めてしまった。


「あー、えっと、桜音ちゃんのことでしょうか」

「はい。あの娘はずっと千姫さまに仕えているのですか」

「そうですけど。桜音ちゃんがどうかしたんですか?」


 水は少し考えるように、黙って視線を横に流した。これが流し目か、と思っている間に、水は瞬き一つしてお千代に視線を戻した。


「はい。ちょっと気になって。いつから千姫さまに付いているのかと」

「えっと……私と一緒に、子供の頃から大坂城に入りましたね。千姫さまがご結婚された時なので、私たちも子供でした。そろそろ10年になると思います」

「そんなに長くでしたか。では、ずっとこの城にいるわけですね」

「そうですね。私と桜音ちゃんが、千姫さまの話し相手として付けられたんですけど、年齢が上がるにつれて、自然と侍女という役割が板についてきたって感じです」


 そう言えば、水は微笑んで「そうでしたか」と答えた。いったい水は、桜音の何が気になっているのだろうか。桜音は仕事も良くできるし、粗相などもしたことがない。いわゆる忍びに目をつけられるような要素が桜音にはないと思っているので、少し心配にもなった。


「あの……桜音ちゃんがどうかしましたか?」

「いえ、ちょっと気になっただけです。皆さん仲がよろしいですから」


 水は「遅い時間にすみませんでした」と頭を下げた。水が終始煌びやかに目に映るので、時間が遅いなどは正直どうでも良かった。せっかくなので、自分の部屋まで水に送ってもらうことにしたお千代であった。

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