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大坂夏の陣〜終焉〜

 水は、あっという間に葉名に追いついてきた。あれだけ呼び止められたのだから、素直に欲望に従えば良いのに。それでも、こうして葉名の隣で走る。これが忍びの水の姿なのだろうか。不機嫌そうに水は言う。


「どういうことだ、説明しろ。適当に走って遠回りになったらどうするつもりだ」


 葉名とて、適当に走り出したわけではない。大坂城の本丸の奥の方に淀殿や秀頼が待機していることくらい、徳川軍だって検討はつけていた。家康が二位局は救出するよう命じていたようだが、まだ城から出ていないらしい。


「大御所様が、二位局は救出しろと仰ったみたいだけど、どこにもいない」


 水は何も返事を返さなかった。それだけで、水は全てに納得したようだった。


「で、どこ」

「最後に見たのは本丸の奥……そこからまだ奥に続く通路と部屋があるみたいだったから、もっと北側に行くはず」


 二人は焼け崩れる大坂城を走った。その中を突っ切って行くのが近道だった。いつの間にか、水の方が葉名の先を走っている。実力の差を見せつけられている気がした。やはりこの女の方が才能があるんだなと葉名は思った。


 不思議なことに、今は彼女に対する嫉妬が湧いてこない。先ほどの炎の中で一緒に燃えていったのだろうか。そう考えているうちに行き着いたのは、大坂城の北側に位置する櫓だった。まだ徳川軍の足軽などは辿り着いていないようだ。櫓の中から、一人の女性が這うように出てきた。


「お、お助けを……」

「……葉名、あの方だ」

「分かった」


 葉名を先に行かせ、水は後ろから付いてきた。二位局の着物はところどころ焼けており、炎の中を逃げて来たことが分かった。煤埃が酷く、咳き込んでいた。そしてたくさんの涙の跡があった。


「ああ、水……お前は……無事だったのですね……」

「二位局様……立てますか」


 水は名前を呼ばれ、葉名より先に手を伸ばした。水はおそらく、密偵ではなく城内の警護に当たっていたのだろう。通りで、重要な人物たちと親しいわけだ。


「淀殿と、若様が……」


 二位局は声を震わせながら言った。続きは聞かなくても分かった。水は咄嗟に、中を見に駆け寄った。中に入ることなく、そこに立ち尽くした。


「淀殿と、若様が……ああっ……ああーっ……!」


 二位局は声をあげて泣き出した。葉名は中を見なかった。水の反応を見れば、その中はどうなっているのかは想像できた。二位局を支え、立たせる。救出させてもらえると約束したのはいいが、上手く事が運ばなかったのだろう。


 ここにも徳川軍の兵が集まり始めた。葉名は水に声を掛ける。


「水、あんたも付いて来な」

「……私は……ここから逃げるよ」


 水は心あらずといったふうに呟いた。


「……二位局様を一緒に助けたんだ。言えば処刑は免れるかもしれないだろ」

「水……私も、そのように大御所様へ伝えますから……」


 二位局が家康を「大御所様」と呼ぶ時点で、全てが明らかになった気もした。大御所様と呼ぶのは徳川家の人間なのだから。


「……いいや、私は豊臣家に尽くした。それに、私……自分がどうなるか、分かってるよ……」

「……」


 葉名は、水の発言を否定することは出来なかった。


「……どうするのさ」

「私のことは……殺さないのか。最後の機会だぞ」

「……」

「殺されるなら、葉名が良い」


 水がやっとこちらを見た。どんな心境なのか全く読めない。再会してからこれまで、勝てないと分かっていても、殺してやろうかと度々思った。それでも、炎の中で怒る彼女を見て、人としての彼女を見て、そんな気は失せてしまったように思う。


 水は、瞳を揺らしながら、命乞いのように言った。


「だから、桜音殿は殺さないで」


 そこにいるのは、葉名の知らない水だった。そこまで言われてしまうと、もう誰かを憎もうとか、恨もうとか思えなかった。


「……あんたのことは、炎の中で殺したよ」


 そう言えば水は驚いたように、目を見開いた。そして、納得したのか穏やかな顔で軽く頷いた。


 殺したのは、水ではない。葉名が抱えた水に対する想いだ。その残火なのか胸が熱くなった。水とこうして分かり合える日が来るとは思っていなかった。いいや、誰かと分かり合える日が来るなど、そんなことができるとは思っていなかった。


「桜音殿に……ありがとうと伝えて欲しい」

「分かったから、……行きな」


 水は頷くと、そのまま姿をくらました。



 二位局は集まった武士の一人に背負わせ、共に大坂城本丸の前へ向かう。同時に、淀殿と秀頼が自刃したことが広まった。徳川軍は歓声を上げていた。項垂れる人々は、豊臣家の者であることが見てとれた。葉名は桜音の元へ向かった。


 葉名がその場に現れると、周りの侍女たちは怯えていた。桜音の横にいる侍女も、葉名を見て震え上がっていた。それは、自分が徳川の忍びだからかのか、双子という不吉な存在を目にしているからなのかは分からない。


 桜音だけは、真っ直ぐ葉名を見た。自分と同じ顔ーーそれでも、全く似ていない双子の姉。水が守りたかった、この桜音という娘。


「……水は……炎の中で死んだことにしてるから」

「……水さまは……どこへ」

「さあね。……ありがとう……だってさ。あんたに」


 小さい声でそう伝えてやった。一瞬で、その瞳が揺らいだのが分かった。桜音は静かに泣き始めた。安心か、不安か、悲しみか、それは分からない。あんなに名前を呼んだのに、立ち止まってくれなかった水への怒りかもしれない。


 葉名は侍女たちを背に、秀忠の元へ急いだ。大坂城はすでに焼け落ちているというのに、葉名の胸の中は熱かった。葉名は、水が上手く逃げられることを祈った。


 1615年6月4日、この日、大坂の陣は徳川軍の勝利で幕を閉じた。長期に渡った日本の戦国時代は、彼女たちの想いを残したまま、終焉を迎えた。

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