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大坂夏の陣〜別れ〜

 城を出れば、千姫は坂崎に連れられ、徳川家の輪の中に引き上げられた。桜音は、周りにいる他の侍女たちに声を掛け、怪我がないか、動けない者はいないかを確認した。幸い、大きい怪我を負った者はいなかった。


「水さま、手を……見てせてください」


 水は大人しく、左手首を桜音に見せた。その場に二人で腰を下ろし、桜音は手持ちの手拭いを細く引きちぎった。そして、その手首に巻いてやった。


 ーー自分と変わらないくらい細い手首で、守ってくれたーー。


 その間、二人は言葉を交わさなかった。赤く燃え上がる大坂城の中から逃げ出した人々が大勢いるが、皆自分のことに必死だ。きっと、自分たち二人のことを気にしている者などいない。


 桜音は、水の顔を再び見た。葉名の攻撃をかわした際にできた左頬の傷。血はすでに止まっているようだった。それでも、桜音はその傷を指でなぞった。そうすれば、水は桜音の指の感触を感じ取るように瞼を閉じた。そして、茶色の瞳がまた桜音を捕らえる。


 これからどうなるのか分からない。豊臣家は終わりなのだろう。先日、水が桜音に言って聞かせたように、茶々と秀頼が生き残ったとしても、ここまで大きな合戦の末に、処刑は免れないと思われた。


 水はどうなのだろう。今、目の前に水がいる。水は、自分は助からないと言っていた。ここまで命を張る人が、どうして処刑に値するのか、誰か教えて欲しかった。水に、どうしたいのか聞きたかった。しかし、ここには豊臣の者だけでなく、徳川の者もいる。色々な想いが胸に渦巻くというのに、軽んじて言葉を発することが出来なかった。


 その中で声を掛けてきたのはお千代だった。桜音と水は少しだけ距離をとって、お千代に耳を傾けた。


「桜音ちゃん」

「お千代ちゃん」

「……さっきの、葉名っていう女……桜音ちゃんにそっくりだったよね……?」


 お千代は不安そうに問いかけてくる。水もお千代の発言が気になったのか、こちらに視線を送ってきた。桜音が水を見れば、水が口を開いた。


「お千代殿、葉名は確かに桜音殿と似ているかもしれませんが、違う生き方をしてきた忍びです。桜音殿のことは、お千代殿が一番知っているでしょう?」


 諭すように言った水の言葉のあとに、桜音が続けた。


「お千代ちゃん、私……生まれた時に生き別れた双子の妹がいたの。それが……あの葉名という娘に当たるみたい」

「桜音ちゃんに双子がいたなんて、私知らなかったよ」

「私も大坂城に入る前に知ったんだ。両親が、隠していたみたいなの」


 お千代はどこか不安そうにしていた。お千代は、信じられないというふうに浅く首を張った。


「水様は知ってたんですか?」

「……私は、彼女と会ったことがあるので」

「だから……、最初、桜音ちゃんのことを私に聞いてきたんですね」

「……そうです、桜音殿に近いのは、お千代殿だと思って」


 お千代は、どこか水を敵視するような視線を送った。水を睨みつけた。


「酷い……!だから、桜音ちゃんに、優しくしてたなんて……!」


 お千代は、桜音を守るように前に立ちはだかった。水は何も言えないようだった。お千代は泣きそうな顔をして、肩を上下に揺らして肩で息をしていた。


「お、桜音ちゃんを……傷付けないでくださいっ……」

「お千代ちゃん、待って……、水さまはそんなことないよ。さっきも私たちを守ってくれたとき、言ってたじゃない」

「でもでもっ……」


 お千代はしゃがみ込んでポロポロと泣き出した。桜音はお千代を宥める。そして水に向かって謝罪した。


「水さま、申し訳ありません」

「いえ……、仕方ありませんよ」

「水!」


 その時、再び葉名が姿を現した。そして水を呼ぶ。こちらに走ってやってくると、水に顔を近付けて話す。水は眉間に皺を寄せて、葉名に耳を貸していた。そこにいた桜音には内容が聞こえてしまった。


「あんた、二位局がどこにいるか分かる?」


 二位局は、茶々に非常に近い侍女の一人だ。生きているとしても、今も茶々のそばにるはずである。当然、彼女の姿はここにはない。


 水は葉名に話しかけられて、どこか苛ついているように見えた。


「この騒動で、どうなっているか分かるわけないだろう」

「最後に見たのはいつ」

「……千姫さまを助ける前だ」

「いそうな場所、案内して」


 水の話し方に、リクという男と会った時のことを思い出した。素の水はこういう雰囲気を纏っているのだろうか。それとも、忍びとしての振る舞いなのだろうか。葉名が一気に走り出すのを、水は溜め息を吐きながら目で追った。そして目を閉じて項垂れたように斜め下を向いた。


 再び目を開けた水は、決意したように深く深呼吸した。そして、桜音に視線を向けて、腰を下ろした。


「桜音殿、すみません」

「いえ……」


 水は、桜音の目を真っ直ぐ見つめてくる。何かを伝えたいようにも見えた。だが、水は口を開かず、桜音の手を握りしめた。水の目は潤んでいた。桜音は、水を抱きしめたいと思った。水は、口を僅かに開けてから、また閉じてしまった。


「……水さま?」


 水は、目を伏せた。そして、また深呼吸をしてから囁いた。


「……では」


 水は桜音の手を離した。一瞬、何が起こったのか桜音は分からなかった。気付いたときには、水は葉名を追って、炎のほうへ走っていた。


「水さま!水さま……!」


 桜音は、こんなに大きな声を出したことがなかった。桜音は、お千代に触れた手を離し立ち上がった。そして一歩踏み出した。


 今度は、お千代が桜音の裾を止めるように引っ張る。


「桜音ちゃん、桜音ちゃん…!」

「待って……!水さま、待ってください……!!」


 桜音はもう一歩踏み出した。お千代は立ち上がり、桜音の腕を思い切り引っ張った。


 このまま終わってしまうのは嫌だった。もう二度と、水に会えなくなるような気がした。桜音はもがきながら、また水の名前を呼んだ。


 喉が痛い。だが、その名前を呼ぶ代償なら、そんなことはどうでも良かった。


「水さまぁーーーっ……!!」


 どんなに名前を呼んでも、水は振り向いてくれることはなかったーー。



 

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