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廻り始める運命〜遭遇〜

「稲殿、凄く良いので、もう少しお腹に力を入れましょう」

「はい!」

「お千代殿、背中を伸ばして」

「は、はいっ」


 先日、茶々から長刀稽古を行うようにとの命令が下った。水を始め、源治や他の武士で、侍女の稽古に当たっている。


「やあ!えい!」


 桜音は相変わらず長刀稽古で皆を圧倒させている。水は桜音の様子を遠目で確認したあと、全体を見渡して、皆の動きを確認していく。


 今、大坂城には不穏な空気が流れていた。京都の寺の鐘に刻まれた文字が「豊臣が徳川を呪っている」だの「記載した文字が失礼に値する」だのと、家康に騒ぎを立てられているのだ。


 稽古がひと段落したあと、源治が水に駆け寄ってきた。


「源治様、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。ところで、東市正ひがしいちのかみ様の件は知っているね?」

「あ……はい。例の鐘の件で、徳川家へ弁明に出向いていると」

「そうなんだ。どうやら、そのことで、東市正様から何の伝言もないらしくて」

「そうなんですか」


 且元は、秀頼からの信頼も厚い。徳川家との橋渡し役を長い間担っているが、連絡が一切ないというのは、弁明に難航しているということなのだろうか。



 数日後、水は茶々に呼び出されていた。目の前には茶々の他に、彼女の乳母・大蔵おおくら卿局きょうのつぼね、それから上級侍女が二名。そのうちの一人が、家康と親密と噂の二位局にいのつぼねだ。水はその顔ぶれを見て、例の鐘の事件について話されるのかな、と予想ができた。



「……皆様が駿府すんぷへ、ですか」

「そうじゃ。東市正が帰ってこぬ上に伝達もない。こちらから出向いほうが早いであろう。そこでお前に彼女らの護衛についてもらう」


 茶々は、大蔵卿局と、横に控えている侍女二人を派遣すると言う。現時点で且元から連絡がないのは問題ではある。しかし、ここで新たな遣いをやるのは、話の食い違いを招くのでは、と頭に浮かんだ。水が答えないでいると、茶々は低い声で言った。


「なんじゃ、何か不服か?」

「いいえ、とんでもございません。かしこまりました」

「それでこそ、我らの水じゃ」


 茶々は満足げに笑う。それは横に控えている女たちも同じだ。水だけが、胸中で不安を抱いているようだった。


 ーー外に出るということは、葉名に会うかもしれないということだ。そして、それをどこかで望んでいる。自分以外の誰かに、捕まってもらうわけにはいかない。


 大坂城を出発する前夜、水は桜音と中庭に並んで話した。女の足では長旅になるため、しばらく大坂城から離れることになる。それを桜音に伝えると、寂しそうに呟いた。


「では次に会えるのはかなり先になってしまうのですね……」

「そうですね。先に出ている東市正様からまだ音沙汰がないとすれば、向こうに到着してからも長く滞在する必要があるかもしれません」

「そうですよね……」


 自分と離れ離れになることを、こんなに残念と思ってくれる桜音が可愛らしく思えた。水自身も、桜音と長い間会えなくなることに、寂しさを覚えていた。桜音が、自分と同じ気持ちでいてくれていることに嬉しさも感じた。「手紙を出す」と言えば、桜音は喜んでくれた。



 駿府への旅は、源治も同行することになった。女だけの旅になるため、秀頼の心遣いのようだった。表向きはそうだが、源治は且元の元で普段から働いているからだろうなと水は察した。


 道中、源治が疲れた様子だったので、女性陣が離れた隙に水は声を掛けた。


「大丈夫ですか?」

「……水は凄いな。女性方の相手をするのは大変だろうに」


 自分も女なのだが、と水は思い、源治をジトリと見た。源治はすぐに「違うよ!君が女じゃないっていうわけではない!」と、少し顔を赤らめながら一人でいろいろと弁解している。


「……女性陣からは、発言を求められるまで黙っていれば良いんですよ。聞かれたら、共感しておけば大丈夫です」

「そういうものなのか」

「女の私が言うので間違いありません」


 源治は感心して頷いている。水はそう言いながら、桜音に対して自分は出来ていないかも、とふと思った。帰ったら、桜音の話をたくさん聞いてあげよう。


 

 駿府城に着けば、問題なく中へ入ることができるようだった。大蔵卿局らは、順調なものの運びに何の疑いもないようだが、水は違和感を覚えた。源治と顔を合わせたが、彼も水と同じ思いのようだ。


 城内での警護は源治に任せて、水は城周辺に探りを入れてみることにした。


 まず、辺りの寺を当たってみたが、手掛かりはなかった。近くの街で宿を取っていたのか、それとも駿府城には問題なく入ったは良いものの、やはり協議が難航して出ることが出来ないのだろうか。水は街へ出て、宿を当たる事にした。


 残念ながら、且元がどこかに宿泊した様子はない。彼の様相も、見覚えのある人はいなかった。水が思い悩んでいると、受付の娘が声を掛けてきた。


「あのう、良かったら、ここで休憩されます?」

「ありがとうございます。ですが、お構いなく」

「お団子もありますけど」

「……」


 結局、水は誘惑に負け長椅子に腰掛けた。有難く茶菓子を頂くことにする。駿府城に入った皆には秘密にしなければ。


 且元はいったいどこに行ったのだろう。あの真面目な人が、連絡を一切しないとは珍しい。このような状態であるから、大蔵卿局たちも、なかなか城から出られないかもしれないーー。


「千姫様はもう帰ってこないのかねえ」


 水は、近くから聞こえた話に耳を済ませた。


「仕方ない、豊臣に嫁いじまったんだから」

「子供はいないんだろう?家康様がどうにかするんじゃないか」


 一通りその話を聞いたあと、水は宿の娘に礼を行って出た。少し歩いてから、水は立ち止まって周囲に気を配った。


 ーーやはり、誰か付けているな。

 

 水はまた少し歩いてから、建物の隙間が見えた瞬間にそこに入り込んで走り出した。駿府城から離れるのは良くないと思い、城へ戻る方向へ足を進める。


 街中の乱闘ほど目立つものはない。しかもここは徳川領だ。水はどこか廃寺はないか探すため、屋根に飛び上がった。


 振り返れば、そこにいたのは葉名だった。ずっと付けて来ていたのか。葉名は水を見るなり、口角を片方だけ上げた。


 互いに声を掛けることはしなかった。水はすぐに方向を確認し屋根の上を走る。廃寺と思われるほうへ向かった。足の速さも体力も、水が一枚上手だ。廃寺に誘い出し、それからなんとかしよう。


 案の定、葉名は水の足の速さには付いてこれなかった。水が廃寺に入ると、葉名は躊躇わず飛びクナイを放ってくる。水は難なく交わした。そして葉名は打刀を抜き、水に刃を向けた。


「ここは徳川領だが……、まさかあんたが本当に来るとは思ってなかったよ」

「見てたのか」

「淀殿の乳母たちが来るのをね。門前で張ってたから、私だけあんたを付けて来たってわけだ」


 水は長脇差に手を伸ばす。葉名には膝を着いて貰おうと思った。


 何度か刀を互いに打ち合う。武士ではないので、たまに殴ったり蹴り合ったりもした。水は葉名の打ち込みを流し、左に大きく踏み込んだ。そして右足で葉名の右膝の裏に蹴りを入れる。崩れたところで左首筋に刃を向けて止めた。砂埃が舞い上がった。


 ぶつかり合うからこそ分かる。今の葉名からは、殺気は感じられない。刃を首筋に向けられた葉名は、水に言う。


「殺さないのかい」

「殺す前に連れてこいと言われているけど、生憎ここは徳川領だから」

「ふん、甘いことだ」


 このままどうしようか、と水は思った。葉名は斬られることに恐怖はないのか、余裕そうに水に言った。


「殺せないのなら、話すかい」

「話す?」

中井なかい藤右衛門正清とうえもんまさきよ様と」

「……」


 水が考えていると、葉名は半笑いで言葉を足してきた。中井正清は、家康の重鎮な家臣だ。


「言っておくけど、これは力尽くだから」


 そう言われたので、水は刀を納めた。力尽くなら、抵抗しても意味はないだろう。水は大人しく葉名に付いて行くことにした。水の態度に、葉名も刀を納めた。


 葉名は屋敷の正面ではなく、人通りの少ない裏側の扉を開けた。水が入るのを躊躇っていると、葉名が苛ついて水を急かした。


「早くしろ」

「敵陣にやすやすと入る者がいるか」

「あんたね、冗談でもそれ言っちゃだめだろ」


 葉名は水の肩を小突いて叱る。「先に刀を抜いたのは葉名じゃないか」と言ってやりたかったが、水はムッと口を噤んだ。そんな水の様子に、葉名は大きくため息を吐いた。再度「早く!」と言ってきたので、水は渋々裏口から中井屋敷へ入った。ここで引くのは良くないというのは、分かっている。


 葉名に続いて屋敷の庭に行けば、中井正清と思わしき人物と、その家臣がいた。


「藤右衛門様」


 葉名が跪いたので、水も念のためそれに従った。


「葉名、そやつはもしや、上様が言っていた忍びか」

「はい。連れてまいりました」


 正清は、まじまじと水を見た。上様、ということは、葉名と接触したことは徳川秀忠にまで報告をされているようだ。


「名は」

「水と申します」

「お前が水か。噂通り、麗しい女じゃないか」


 水はその言葉を聞き流すだけにした。葉名はどこかピリついたように思われた。葉名の感情に気付いたのは、おそらく水だけだ。


 正清は、しばらく黙ったまま水を見据えていた。


「……どうじゃ水、……徳川の密偵として働かんか」


 水は下を向いたまま、眉を潜めた。正清は何を言っているのだろうか。自分に、豊臣を裏切れと言っているのか。


 水は反応せず、話の続きを待った。水が何も言わないことを理解し、正清は続ける。


「豊臣はいずれ滅ぶだろう……その時はお前も死ぬぞ」


 こうして豊臣家の内部を掻き乱そうとしているのかもしれない。且元や大蔵卿局も、何か吹き込まれてしまっているのではないかと水は思った。


 水は顔を上げて、声を低くして言った。


「誠に恐れ入りますが、私は豊臣家に仕える身。いずれ私が死ぬというのであれば、どうぞここで殺してください」


 跪いたまま水が言った瞬間、正清は機嫌を悪くしたように思われた。だが、惑わされるわけにはいかないのだ。正清はジッと水を見ていた。暫しの沈黙のあと、正清は笑い出した。


「ふははは!冗談だ、冗談……。さて、大蔵卿局殿が駿府城に来られているようだが、そろそろ終わる頃だろう。今晩は街の宿に泊まってから帰ると良い。大御所様もそう仰るだろう」


 葉名は、水を連れてくるよう命じられていたということだ。徳川家としては、水を密偵として使い、豊臣家が滅んだ後は、貿易に利用したかったのだろうか。


 水は解放してもらい、裏側から屋敷をあとにした。葉名が水を誘導したが、目が合っただけで何も言ってくれなかった。その目は「馬鹿なことを言ったな」と語っているようだった。

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