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それぞれの場所で③〜水編〜

 あと半(30分)くらいかな、と思いながら長脇差を抜いて型の確認をする。腰は落として背中は真っ直ぐ、顎は少し引いて肩は上がらないよう注意する。女の割に長身といえど、男のように力だけでは絶対に勝てない。正しい動作と回転の速い頭が必要だ。あとは自分の体を鍛え、自分を信じること。


 ーー次に、葉名に会ったらどうなるのだろう。あの様子では、話し合いもできない気がした。且元は連れて来いと言うが、そう簡単に葉名が自分に従ってくれるとは思えない。


 それに、城からあまり出ない自分は葉名に出会える可能性はかなり低い。頼むから、誰にも捕まらないで欲しかった。


 水は体の力を抜いてため息を吐いた。考えたって仕方のないことなのに。こういうとき、いったい誰に相談したらいいのだろうーー。


「水さま!」

「!」


 突然、後ろから名を呼ばれて驚いてしまった。桜音の声だ。


 振り向けば、心配そうな表情をした桜音がいる。手元には、お盆に二人分のお茶と、手拭いを用意していた。


 千姫は、桜音に何か伝えなければならないことがあったのだろうか。まさか、桜音と同じ顔である葉名のことが豊臣家に話が上がったりなどしたのだろうか。


 思えば思うほど、息が苦しくなるーー。


「水さま、少し休憩されてください。冷たいお茶、入れてます」


 桜音は、不安そうな顔から打って変わり、水に優しく微笑み掛けた。水は少し間を置いてから、頷いて桜音に近づいた。


 桜音は手拭いを水に差し出してくれた。


「ありがとう……ございます」

「いいえ、良いんですよ」


 桜音は縁側に正座して腰を下ろし、水は草履を履いたままなので、桜音に一言掛けてから縁側に腰掛けた。


「あの……水さま」

「……はい」

「私たちのことなのですが」


 躊躇いがちに桜音が話し始める。「私たち」とは、まさか、桜音と葉名のことか。水の頭に、不安がよぎる。


「千姫さまと、お千代ちゃんに、バレてしまっているようです」

「……えっ」


 予想外の報告に、逆に驚いてしまった。それと同時に、どこか拍子抜けしてしまった。「私たち」とは、桜音と、自分のことかーー。


「はあ、なんだ、それを言われていたんですか?」

「まあ、はい……」


 思わず笑ってしまう。それで自分が千姫に追い出されたのか。水は笑って答えた。


「すみません、もう少し気を引き締めるようにしますね」

「……水さま」


 桜音はジッと水の顔を見てくる。いったいどうしたのだろう。


「何か、隠していませんか」

「えっ……」


 言われて、もっと驚いてしまった。もしかして、こっちが本題か。


 思わず、目を泳がしてしまった。忍びとして訓練を受けているのに、こうして動揺を隠せないなんて、未熟だ。せっかく桜音と気持ちを通わせたのに、その同時期に葉名と再会をしてしまった、自分の運命を呪いたくもなる。

 

 水は言葉を選ぼうとしたが、上手く頭が回らない。


「あ……その……えっと」

「……無理に話してとは言いません。でも、言って、心が軽くなることもありますよ」


 桜音は優しいから、きっと自分の話を受け入れてくれるのだろう。それでも、且元に隠したことを桜音へ言うなど、まるで自分から桜音を巻き込んでいるような気がして嫌だった。


 桜音は、黙る水の横顔を見るが、それ以上の催促はしてこない。水の気持ちを尊重してくれているのだと思うと、尚更巻き込みたくなかった。


「水さま、私は聞きたいです、水さまの話なら」



 そう言えば、水は深呼吸をしたあと、水はゆったりと話し出した。


「桜音殿、実は……、先日街へ降りたときのことなんですが」

「えっと、祭りのことですか?」

「いいえ、その後、私が仕事で行くと伝えた日です」

「ああ、はい」


 そこで、また水は口を閉じてしまう。そんなに言いにくいことなのだろうか。水は唾を飲み込んで、息を吐いて桜音の目を見つめて言った。


「……実は、葉名と会ったんです」

「え……?」


 心臓が止まりそうになった。


 ーー葉名。会ったことも、顔を見たこともない、双子の妹。水と時間を過ごした人ーー。


 水の辛そうに話す顔を見ると、桜音も胸の奥が苦しくなった。


「……葉名は、徳川家に買われています」

「……」

「向こうがどのように報告をしているのか分からないですが、葉名はおそらく私のことは、上に伝えると思います」


 水は、そこで一度言葉をまた切った。そして、視線を落とした。そしてため息を吐きながら、項垂れるように言う。


「私は……東市正(ひがしいちのかみ)様へ……葉名という、昔訓練を共にした女と、対峙したことは伝えました。……でも……あなたと葉名の関係のことは、言いませんでした……」


 桜音は、水の言葉の合間に頷いた。


「……私……初めて、……東市正様に、隠し事をしたんです……もしも、あなたの立場がお悪くなったらと想像したら、やっぱり、どうしても言えませんでした」 


 水は今、罪悪感に押しつぶされそうなのだろうか。水になんと声を掛ければ良いのか分からず、桜音は黙って水の顔を見ることしかできなかった。


「……戦国の世です。誰がどう思うか分かりません。葉名がもし豊臣家に捕まるなどすれば、……あなたが内通者、などと言う者も出てくるかもしれない……」


 水は、桜音の身を案じて悩んでいたのだ。そして、桜音を守るために、且元には黙ってくれたのだ。


 そう思うと、水が悩んでいるのに嬉しくなってしまった。このようなことを水に伝えると怒られてしまいそうだ。


「水さま」


 名前を呼べば、水は視線を桜音に戻してくれた。眉間に皺を寄せて、納得のいかない表情で桜音を見ていた。


 水を不安にさせたくなくて、桜音は笑って水に言った。


「庇って下さって、ありがとうございます」


 水の眉間の皺が薄くなる。


「桜音殿……私は、大坂城から基本的に外に出ません。だから、外で、もし葉名が豊臣家に捕まったりしたら……」


 ーー桜音殿が、疑いの目を向けられるかもしれない。


 水はそれを口にはしなかったが、水の目がそう言っている気がした。


 少しだけ、風が吹いて二人の髪を揺らした。中庭に咲く、オモダカの花も風に靡いている。


「水さま、私は大丈夫です。私は私です。伊達に10年も、千姫さまの侍女をしているのではありませんよ」

「……?」


 水は意味が分かっていないのか、「ん?」と桜音に顔を近付けてくる。頭の回転は早いのに、その意味は分からないのか。


「これでも、他の侍女の皆や……千姫さまと信頼関係を結んでいるつもりです。きっと、皆……私を庇ってくれますよ」


 伝えてみれば、水は眉を八の字にして桜音を見た。


「ここは一つ、私を信頼してくださいな」


 言った途端、水は真剣な表情で桜音の手をグッと握った。そして、距離を詰めてくる。桜音は思わず、少し背中を逸らしてしまった。


「必ず、守ります」


 水の目が潤んでいるのが分かった。ああ、本当にそう思ってくれているのだなーー。


 桜音は微笑んで頷き返した。少しの間、そのまま見つめ合う。


 そんなことより、まだ昼間なのに、距離が近すぎないだろうか。こんなところ、誰かに見られてしまったら、それこそ千姫とお千代以外にも関係がバレてしまう。


 ととと、と足音が聞こえた。水はスッと桜音と距離を取り、握っていた手を離した。


 「そろそろ戻りましょうか」


 水が声を掛けてくれたので、桜音は頷きら水と一緒に腰を上げた。


「水さま、私のことをお守りしてくださるのは本当に嬉しいのですが、千姫さまのこともお守りしてくださいよ?」

「分かっていますよ。千姫さまの護衛だから、私はずっと、桜音殿のそばにいられるでしょう?」


 また言葉にされると、嬉しくて頬が緩みそうになった。


 水が、自分から離れてしまうことは、ないーー。

※東市正・・・片桐且元の呼び名。

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