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それぞれの場所で①〜葉名編〜

 1613年、伏見城。徳川秀忠は今、そこに滞在している。彼は江戸城、駿府城を頻繁に往来し、今回のように伏見城にも足を運ぶという多忙な生活が続いていた。そのせいで、今日は機嫌もあまりよくなかった。葉名は、そんな秀忠がいる部屋の庭へ姿を現した。


「葉名か」

「は。ご報告申し上げます」


 葉名は秀忠の前に進んで跪いた。秀忠の横には家臣が控えている。


「大坂城城下町に控えていた徳川家の密偵は全て引き上げました。例の薬屋ですが、証拠等は何も残っていないと思われます。それとーー」


 葉名は、水のことをどう伝えるか迷った。今回、命令されたのはリクの手掛かりを探せ、ということ。しかし、水の存在に気を取られて、そして彼女のせいで店内に入ることもできなかった。考える葉名に、秀忠が先を促した。


「それと、なんだ」

「……豊臣の忍びが、街へ降りて調べ始めたようです」


 秀忠が重苦しく鼻で息を吐いた。葉名は言葉を続ける。


「リクのことなので、店の中に情報を残していることはないと思うのですが……私が向かったときすでに、豊臣の忍びがいました」

「して、それは本当に忍びか」

「……はい」


 徳川家は今、相当焦っている。どこかに豊臣家との戦いの引き金になる事情がないか、探すのに必死だ。徳川家と豊臣家、どちらが本当の権力者であるかが曖昧なままだからだ。


 実際、葉名は豊臣秀頼を見たことがある。1611年、家康と秀頼が二条城で対面したときだ。長身で礼儀も教養もある美丈夫。秀頼は将来有望な若者であることは誰が見ても分かった。


 秀忠は、難しい顔をしたまま葉名に問う。


「なぜ忍びと分かった」

「……その忍びは、私が共に修行をした女だからです」


ーー水のことなんて、どうでも良いではないか。水がどうなろうと、自分には関係ない。水が徳川家にどう扱われようと、あんな大嫌い女、知ったことではない。それなのに、水のことを話そうとすると、なぜか躊躇してしまう自分がいる。 


 秀忠は葉名をジッと見た。徳川家の家臣たちは、女の忍びの存在を知っている。そもそも、葉名が徳川家に買われたのは、豊臣家の優秀な女の警護人とやらに対抗するためだったのだから。


「そうか。葉名よ、その女はどんなやつだ」

「どんな、とは」

「どんな能力がある」


 秀忠は水を使おうとしているのだろうか。逆らうこともできず、葉名は口を開いた。


「名は水、異国人との混血です。女にしては背も高く、髪と目は明るい茶色で、容姿も特徴的です。戦闘に関しては……ほぼ私より強いかと」


 そう言えば、秀忠は意味深げに何度か頷いて見せる。周りの家臣たちも口々に「例の女のことか」「異国の者だったのか」とヒソヒソと話している。その様子を見て、正直なところ葉名は良い気がしなかった。

 

 秀忠は身を乗り出して葉名に聞く。


「その水という女は、異国語を話せるのか」

「……幼少期、親が残した書物を読んでいたと聞きました」

「ほう、どこの国だ」

「申し訳ありません、そこは存じ上げません。ただ、西洋人との混血であることは確かです。顔立ちが東洋ではありませんので」


 秀忠は腕を組んでしばし考えている。まさか、水を異国との取引に利用するのだろうか。


「葉名、城下町の件についてはもういい。今後、水を見つけたら、必ず連れてくるように」

「あの……水をどうするのですか」

「そのような人材、他にはおらんだろう。徳川家に従えさせても良いとは思わないか」


 秀忠は周りの家臣たちに言う。皆は秀忠に頷いた。


「だが」

 

 秀忠は葉名に鋭い視線を向けた。


「豊臣に忠誠を誓っていれば話は別だ。異国人となれば余計にな」


 つまり、水が徳川家につくと言うのであれば生かしておくが、そうでなければ命はないという事か。


 水の抱える異国の血というのは、そんなにも魅力的なのだろうか。


 葉名は、水が大嫌いだ。それは今も昔も変わらない。再会した水は、以前よりも身のこなしが洗練されていた。そのくせ、葉名に対して殺気はいっさい出さなかった。加えて、忍びのくせに目立った容姿も癪に触る。


 共に過ごしていたときだって、葉名は水に冷たく接していたのに、水はそれを覚えていないのだろうか。


 だからこそなのか、水を追い込むのなら、自分がやりたいーー。


 葉名は深々と頭を下げて秀忠に言う。


「承知しました。……あの、薬屋のリクは」

「あの男は別で差し向けた者で打っている。ところで、先日、奴が言っていた忍びらしき人物というのは水という女か」


 秀忠は、葉名とリクが同じ師匠から教育を受けたことを知っている。そのため、水のことも繋がったのだろう。


「おそらく」

「なぜ水の名を出さなかったのか分かるか」

「……リクの私情かと」

「……そうか。下がれ」

「……は」


 リクが哀れだと思った。私情に任せて水を庇ったのが運の尽きだ。


 秀忠は水を連れてこいと言うが、水を簡単に従わせるのは難しい。豊臣家が滅ぶか、完全に水との対戦に勝利するしかない。負けてたまるものか。水に勝てば、きっと水のことを忘れることも出来るーー。その日がきたら、絶対に水を倒してやるのだ。

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