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通じ合う想い

「あ〜ん!水様かっこいいわ!」

「本当に!大変凛々しくていらっしゃる」


 剣術稽古を眺めて、複数の侍女と一緒になってお千代が声をあげている。桜音は、皆から一歩引いたところで水を見ていた。


 少し遠いが、水の姿はすぐに見つかった。かなりの数の武士が集まっていても、一人輝いているように見えるた。


 立ち姿、身の捌き、木刀を持つ指、特徴的な肌の白さも茶色い髪も、太陽の光のせいか煌めいて見える。そして、時折見せる鋭い瞳。普段、桜音には絶対に向けない強い瞳を向けられる男たちすら、羨ましい。


 千姫は茶々の隣に立ち、茶々の世間話に付き合っていた。


「水は元気そうじゃな」

「はい。しっかり仕事をこなしてくれて……侍女の皆とも仲良くしていますよ」

「まったく、あれから一度も妾に会いに来ない。そちらがよっぽど居心地が良いのじゃろうな」

「きっと真面目に取り組みすぎなのです。今度、お義母さまへ顔を見せるよう伝えておきますね」


 そう言って二人で笑っている。茶々が水を気に入っていたという話は本当らしい。


 少し前、水が「最近千姫さまが茶々さまに似てこられた」と苦笑いしていた。おそらく、楽しそうに無茶振りするところなのだろう。こんな感じで、茶々は水に、自分のそばについて回るよう言っていたに違いない。振り回されている水の姿が目に浮かんだ。


 男性陣の剣術稽古も、侍女らの集団稽古と同様にいくつかの組に別れて行われていた。水は男たちに混じり、だが劣らない。むしろ、対戦では優勢だった。


 水が唯一負けてしまった相手といえば、先日、長刀稽古で実演の相手になっていた源治だった。悔しそうにしている水へ、源治は熱心に指導している。肩に手を置いたり、腕に触れたりしていた。水はそれを真面目に聞き、頷いていた。


「あのお侍様……この前の実践の方ね」

「青木源治様よ。抜きん出て剣術の才能があるって言われているらしいわ」

「水様へ触れるなんて!」

「羨ましいっ」


 侍女たちが口々に野次を飛ばす。男たちに声が届かないことをいいことに、皆言いたい放題だ。でも、確かに、水に触れて欲しくないのは桜音も同意だった。


 稽古が終わったあと、それぞれが挨拶を交わしている。一通り挨拶が済んだあと、源治が水に話し掛けていた。


 源治は身長が高く、肩幅もある美丈夫である。水は笑顔でその受け答えに応じていた。仲良さげに並んでいる様子は絵になった。そんな二人を眺めて、千姫が茶々に尋ねた。


「お義母さま、あの青木源治という方、水と親しいのですね」

「見れば分かろう、あやつは水に惚の字じゃからな」

「まあ」


 茶々は面白そうに答えた。それを聞いた侍女たちが一斉に「ええ!?」と口を揃える。桜音も思わず、息を飲んでしまった。


 男性にも、人気なんだーー。


「そりゃそうじゃ。水だって一人の女子。それも美人で聡明。男どもに人気もあろうて」


 桜音の心情を読むかのように、茶々は言う。侍女たちの標的は源治に変わって「水様は渡さない」「仕事に専念しなさい」と愚痴を言い出した。

 

 水がこちらにやってきた。侍女たちは、声を控え、それぞれ茶々と千姫の横、後ろに付く。水は二人の姫の前で膝を付いた。


「茶々さま、千姫さま、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「本当じゃぞ水。元気でやっているようじゃな」

「水、たまにはお義母さまへ顔を出してくださいね」

「承知しました」


 水は相変わらず礼儀正しく受け応えに応じる。


「では、失礼ながら戻ります」


 水の挨拶に茶々は満足したように「うむ」と頷き、千姫は「またあとで」と声を掛けた。水は「はい」と再度頭を下げた。


 そして水は、チラリと桜音へ視線を向けたーーバチっと視線が絡み合う。桜音は、思わず目を逸らしてしまった。


「えっ」


 水はそんな反応をされると思っていなかったのか、声を漏らしてしまった。


「どうかしましたか」


 千姫が気付き、水に言う。水はまた千姫に視線を戻した。


「なんでもございません。失礼します」


 水は曖昧に笑うと、女性陣に背中を向けて立ち去った。



 稽古のあと、水は普段通り千姫の護衛に戻ってきた。


 いよいよ、水との関係がおかしくなってきた気がするーー。


 水は冷静で判断力もあるのだろうが、桜音の心まで分かるわけがない。


 まさか、一人の侍女が水を密かに想っていて、葉名という見たこともない自分の妹に嫉妬もしていることなど、伝えられずはずもない。


 侍女の皆や、お千代が水を贔屓にしてはいても、自分とは違う形の好意だ。桜音は、この気持ちの整理の仕方が分からなかった。


 千姫の夜の身支度を終え、桜音はお千代と共に千姫の部屋を後にした。正直、水と顔を合わせずらい。桜音はお千代に続いて水に挨拶をした。水も「お疲れ様でした」と言う。水は、ついに桜音と目を合わせてくれてくれなかった。


 3人で廊下を進む。千姫の部屋から少し離れたとき、水が静かな声で言った。


「桜音殿、夜に申し訳ないのですが、少し良いですか」

「えっ……」


 予想外の言葉に、桜音は体が固まった。水は目を合わせてくれない。胸がドキドキした。お千代は何とも思わないのか、口を尖らせ、いつもの口調で水に駄々を捏ねた。


「ええ〜、桜音ちゃんだけなんてずるいです」

「すみません、ちょっと相談があって」

 

 お千代は、「仕方ないですねぇ」と言いながら「おやすみなさい」と部屋へ行ってしまった。


 桜音は動けなかった。体が熱くなる。それなのに、寒気がする。水は黙って、桜音たちの部屋とは反対方向へ進む。


「桜音殿、こちらへ」


 水は優しい口調で言う。背中越しに首を向けてはくれるが、表情は見えなかった。なんとか付いて行く。だが、何を言われるかが分からず怖かった。


 少し歩いて、月の明かりで互いの表情が見える中庭まで出て来た。そこで水は足を止めた。水は庭のススキを見つめている。ススキは夜風に揺られていた。桜音からは、月明かりで照らされる水の横顔が見えた。


 やっぱり綺麗だな、と思った。強く綺麗で聡明な彼女と並ぶ、源治を思い浮かべてしまった。お似合いだと思ってしまう。それが嫌だった。


 次は、会ったこともない自分と同じ顔の双子の妹を思い浮かべた。見ず知らずの妹が水の横を歩く。それだけで胸が張り裂けそうになる。今まで、誰かを想ってこんな気持ちになったことはない。それなのに、この感情が何であるかは分かるーー。


 気持ちが溢れて、胸が悲鳴を上げている。涙が出そうだった。先に口を開いたのは水だった。


「……今日、稽古覗きに来られてましたね」

「あ……は、はい……」


 普段のように、優しい口調だ。それに、どこか緊張が混じっているように聞こえた。そうだと分かるのは、これまで水とたくさん言葉を交わしたからだ。桜音は、返事をするだけで精一杯だった。


「お千代殿が行きたいと仰ったんですか」

「いえ、その……厨房で、お稽古があると聞いて……茶々様や、皆が行くということで……」

「……そうでしたか、それは……残念です」


 水は寂しそうに笑って答えた。水はまだ、中庭を眺めたままだ。いったいどういうつもりでこの質問をしてきたのだろう。いったい何が残念なのだろう。


「あの」

「……はい」

「私、桜音殿に何かしてしまったでしょうか」


 核心に迫られ、声が出なかった。代わりに唾を飲み込んだ。なんと答えれば良いのか分からない。


 水への気持ちを打ち明ければ、どんな反応をするのだろう。もういつものように話してくれなったらどうしたらいい。それはもっと辛いし、悲しい。


 答えずにいすと、水は笑顔はなくして語り出した。


「……街でのことは、反省しています。私のせいで怖い思いをさせてしまいました。それに……葉名のことで……突然たくさんのことをお伝えして、追い詰めてしまったのかと」


 水は本当に悔いているようだった。改めて謝りたくて、こうして声を掛けてくれたのか。ーー自分が、葉名の姉であるから。 


 みるみると涙が目に溜まる。


 駄目だ、何か言わないと、これまでの関係も壊れてしまう。


「い、いえ、水さまは何も……何も……悪く、ないんです……」


 言えば、涙声になってしまった。このままだと、気持ちが溢れてしまう。桜音の答えに、水はついに桜音に向き合った。


「じゃあ……どうして、私のことを避けるんですか?」


 水は眉間に皺を寄せていた。水が感情的になっているのが桜音でも分かった。そう言われても、本当のことは言えない。言えるわけがない。


 桜音は水から視線を逸らし、水の足元を見た。それでも、水は桜音を追い詰めていく。


「……あなたには、……好かれていると思っていたんですが」


 当たり前だろう、あなたを好いてない人間はいないと言ってやりたい。


「桜音殿」


 その、高過ぎず、低過ぎない魅力的な声で、「葉名」と呼んだのだろうーー。


 名前を呼ばれて、桜音の胸の中で我慢の糸が切れた。


「そんなの」


 声に出せば、案の定、涙は頬を伝って流れてしまった。


「そんなの、水さまに、私の気持ちが分かるわけありませんっ……、せっかく、せっかく水さまと仲良くなったと思ったのに……」


 声が大きくなってしまう。桜音の気持ちは止まらなかった。


「私を通して、葉名とやらを見ていたんでしょう……!」

「……ええ?」


 水は最初、桜音が何を言っているのか理解できなかったのか、間を置いてから反応した。


「わ、私ばっかり水さまとのを時間を楽しみにしてっ……馬鹿みたいですっ……水さまに、私の気持ちなんか分かりっこない……」

「桜音殿」


 流れる涙を自分で拭いながら、水を非難する。ずっと下を向いているため、水の表情は分からない。水が近付いて来た。落ち着かせようとしているのか、背中を優しくさすってくれる。


「桜音殿、頼みます、顔を上げてください」

「……」

「すみません、あなたの気持ちに気付いてあげられずに……」


 伝わってしまったのだろうか。片思いだったのだ、言うんじゃなかったーー。


 足の力が入らなくなり、桜音はしゃがみこんだ。水も腰を下ろし、背中をさする。桜音の涙が一度落ち着くと、水が言った。


「葉名のことは関係ありません。そりゃあ……初めはもちろん……あなたを見て驚きました。それで最初、桜音殿に対して、あんな態度をとってしまったのはこの前お話しした通りです。本当にごめんなさい」

「……私を見る度に、葉名を思い出したのでしょう」

「……申し訳ありません。でもね、桜音殿……葉名は私にとって、やっぱり大事な思い出なんです……」


 水は、桜音の反応を待っているようだった。


 やっぱりーー。


 水にとって、葉名が思い出なのは仕方がないことだ。人攫いに襲われたときに助けてくれた人を、忘れられるはずなどない。そんなことは分かっているのに。


 桜音が何も反応せずにいると、水が話し出した。


「……確かに……あなたを見て……葉名のことを思い出すことは……ありました……」

「ほら……」

「……傷付けてしまって……本当にごめんなさい」


 やっと、水の顔を見ることができた。水はバツが悪そう表情をする。参ったな……というふうに、耳の下を掻いていた。


 自分がこんなに面倒臭い女だったなんて、信じられなかった。


 また、涙が流れた。水が必死に桜音に語りかけた。


「桜音殿、泣かないで……そんなふうに泣かれたら、私……勘違いしてしまいます」

「……何が」

「特別に想っているのは、……決してあなただけではありません」


 そう言われ、頭が真っ白になった。考えすぎて、涙を流しすぎて、感覚がフワフワしているせいなのか。


「私は、桜音殿を桜音殿として見ています。あなたといる時間は、私だって楽しみにしてるんです」

「……そんな、まさか……水さまの言う気持ちは、きっと私とは違う意味です。……水さまに、私の気持ちなんか……分かりませんよ」


 勢いに任せてそう言った。


 水に何かが響いたのか、水はムッとした。そして、こちらに身を乗り出してきた。


「なら、どうして桜音殿に私の気持ちが分かるんですか」

「……だって……」

「だって、何?」

 

 こんなに強い話し方も初めてだった。先ほどまでの優しさと打って変わっていた。


「私が葉名に抱いている感情と、あなたに持っている気持ちは、全く別です」


 そんなことを言われると、勘違いしてしまいそうになる。


「ま、さか……水さまが……?」

「まだ言いますか」


 反論すれば、ジトリと睨まれた。そして、水は左手で桜音の右手を軽く握った。


「桜音殿に私の過去を話したのは、知って欲しかったからです。今日だって稽古を見に来てくれて嬉しかったのに……皆に連れられて仕方なく、なんて」

「し、仕方なくなんて言っておりませんっ」

「私にはそう聞こえました」


 水は怒っているようにも見えた。


「だから……寂しくなるじゃないですか」


 水の気持ちと、この行動に驚きが隠せない。おかげで涙は引っ込んでしまった。


「私のこの髪と瞳を、美しいと言葉にしてくれたのは、あなただけです」


 ジッと互いを見つめ合う。今、ここには自分たち二人しかいない。水の目が潤んでいるように見えた。


「桜音殿」

「……本当、ですか」

「本当です」


 徐々に、その綺麗な顔が近付いてくる。


「いいですか」


 水が小さい声で聞いてきた。夜でも、ここまで近い距離で水の瞳を見れば、潤んで揺れているのが分かった。水はずっと緊張していたのだ。体がこわばっているのは、桜音だけではなかった。


 桜音は返事はせず、目を閉じた。自分の唇に、柔らかく、温かいものが優しく触れる。そして離れていった。


 目を開けて水を見た。水は桜音と目線を合わせると、優しく微笑んだ。


「信じてくれましたか」

「……はい」


 返事をすれば、水は嬉しそうに笑みを深くした。こんなふうに笑うのか。なんて可愛らしいのだろう。葉名も誰も知らない、水のこの嬉しそうな顔は、自分だけが知っているーー。


「部屋まで送ります」


 そう言って、水は桜音に改めて手を差し出した。桜音はその手を取って、一緒に立ち上がった。何度もこの大坂城を並んで歩いているが、手を繋いで歩くのはこれが初めてだった。

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