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通じ合えぬ想い

 水は城下町から帰ったあと、城下町に徳川家の密偵が入り込んでいる可能性を片桐且元へ報告した。

 

 葉名が徳川家に買われたことを知っているのが、何よりの証拠だ。リクが水のことを徳川家に報告するのは仕方ない。たが、水は桜音の存在が葉名に知らされないことを願った。


 桜音と葉名に会わせないほうが良い。そう簡単にこの双子が鉢合わせするようなことはないだろうが、その確率は低くしておくべきだ。且元へ、侍女だけで城下町へ行かすことは危険な可能性が高いと合わせて伝えた。後日、城を出る際は厳重注意するよう、全員に呼びかけられた。


 水の今後の予定といえば、大坂城に身を置く武士たちの剣術稽古である。軍力の底上げということで、警護団体と護衛陣の集団稽古が行われる。それに向け、水は空き時間や夜に鍛錬をすることが増えた。


 ところで、城下町での一件のあとから、桜音が何やらぎこちない。人攫いの件は間違いなく問題だろうし、それに加えて、葉名についても話し過ぎたのだろうか。


 思った以上に、桜音は自身の妹のことを把握していなかった。急に沢山の情報を与えてしまい、桜音を混乱させているかもしれない。


 一方で、桜音が怪我をしてしまったのは自分のせいだと水は感じていた。水自身から千姫へ事情を話し、謝罪をしたのだ。


 それから、可能な限り桜音の仕事の手伝いをしている。その際、桜音は水の顔を見ようとしなかった。ーーだが、怪我の件や葉名のこともある。今はそっとしておいたほうがいいだろう。


 ……きっと、時間が経てば元に戻るはずだ。



 水と一緒に城下町へ行った日から、桜音は水に対して素直になれないでいた。


 あの日以降、水はいつも以上に桜音を気に掛けていたし、仕事もほとんどを手伝ってくれる。朝餉の準備で、水が厨房にも出入りするようにもなった。おかげで厨房の侍女たちは大盛り上がりだ。


 その裏で、葉名という妹の存在が脳裏に焼きついている。水にとって、葉名は特別な存在なのだろう。


 葉名は、あの時に助けてくれた人。共に時間を過ごした人。葉名は、水のことをたくさん知っている。


 ーー私は、何もない。


 そう思えば思うほど、自分だけが水を追いかけている。水は自分を見ていない、自分を通して葉名を見ているのだ。そう思えば思うほど、息が詰まりそうになる。


 桜音がそんな態度でも、水は変わらず接してくれる。むしろ、前よりも距離が近い。それなのに、遠く感じた。


 数日が経ち、足の怪我がだいぶ良くなった。一日の仕事を終えた桜音へ水が切り出した。


「桜音殿、申し訳ないのですが、明日はお手伝いができないと思います」

「……え……?」


 今、水はなんと言ったのだろうか。

 

 突然の申し出に、思わず返事に時間を要した。


「足はもう良さそうですし、大丈夫でしょうか」


 水は悪気なく音へ言う。桜音は水の顔を、久しぶりに見た気がした。


 水の手伝いがなくても問題なんてない。そもそも、食事の用意も水汲みだって自分の仕事である。それを無理やり手伝うと言ったのは水ではないか、と心の中で思っても、上手く声に出して言えなかった。


「……別に……そんなの……大丈夫です。……もとより私の仕事ですから……」

「はあ……でも、無理されないでくださいね。何かあったら、ちゃんとお千代殿を頼るんですよ。あなたは少々頑張り過ぎますから」


 水は、桜音の顔を見ると微笑んでいた。その優しい表情を見ていても苦しかった。葉名にはそんな顔をするのか。姿も見たことのない妹に対して、桜音は悔しい思いでいっぱいになり、それすらも嫌になる。


「……大丈夫です、水さまは、自分のお仕事に励んでください」

「ありがとうございます。では、おやすみなさい」

「……おやすみなさい」


 ああ、終わってしまった。このままだと接点も減ってしまう。それを残念に思ってしまうなんて。一緒にいても辛いし、離れていくその姿をみても結局泣きたくなる。



 昨夜の予告通り、翌朝に井戸へ行っても水の姿はなかった。このあと、食事を運びに千姫の自室に行けば、水と顔を合わせることになる。どんな顔をして会えば良いのか分からないまま、桜音は包丁を握っていた。


「桜音ちゃん」


 こんな気持ちになってしまうくらいなら、水に対して中途半端な態度を取るのではなかった。今更何を思っているんだろうと、桜音はため息を吐く。


「桜音ちゃんってば」


 水を運ぶのは重いし、こうして野菜を切ることも今は億劫になっている。


「桜音ちゃん!」

「きゃっ……な、何よお千代ちゃん。びっくりしたじゃない」


 お千代に大きな声を出され、桜音は我に返った。仕事中だ、こんなのでは千姫の食事が遅れてしまう。それにしても、突然話しかけられて、包丁で指を切ってしまうところだった。


「びっくりしたじゃない、じゃないのよ。何回呼んだかと」

「ごめん、ボウッてしてた」

「やっぱりまだ足痛い?」

「そんなことないよ、大丈夫」

「本当〜?水様、桜音ちゃんのこと心配してたよ?」


 お千代が本当に心配そうに言う。水がいつそんなことをお千代に伝えたのだろう。お千代はまたふざけているのだろうか。


「……どうして水さまが出てくるの」

「だって、今朝会ったとき言われたんだもん。桜音ちゃんが足痛そうにしてたら手伝ってあげて欲しいって。自分のせいだから何かあったら教えてまで言われたんだから」


 お千代はやれやれといった様子で作業に戻る。本当に水がそんなことを言ったのだろうか。それに、お千代は朝に会ったと言うのに、なぜ自分とは会ってくれなかったのだろうか。


 これでは、避けられているのは自分ではないかーー。


「しかもさ〜、水様ったら、私の荷物運びは手伝ってくれなかったんだよ」

「……水さまなら、持ってって言えば良かったのに」

「言ったよ〜。でも今日は急いでるから手伝えない、だってさ。水様って本当に桜音ちゃんのこと気に掛けてるよね、羨ましいよぉ」


 桜音は、お千代に笑って誤魔化した。


 そのことは、事情が複雑なのでお千代に説明出来ないのが心苦しい。ただ、水が女性陣の頼まれごとを断るのは珍しい。そこに、茶々付きの侍女である稲が口を挟んできた、


「あら、二人とも知らないの?今日は警護隊と護衛陣が、まとまって剣術稽古されるのよ。水様もそれに参加するんだって」


 そのようなことは、桜音もお千代も初耳だった。さすが茶々付きの侍女、城内の情報は知り尽くしているのか。


「茶々さまったら、そのお稽古を覗きに行かれたいって昨日仰っててね、私もできればついて行きたいなぁ」

「そうなの?なら私も行きたい!」


 稲の情報に、お千代が食いついた。


「私ではなくて千姫様に言ってみることね!」

「え〜、千姫さまは絶対に剣術には興味持たれてないよぉ」

「じゃあ私が水様の勇姿を見届けるわ!」

「ずるい!私も見たい!」

「ちょっと二人とも、仕事しなきゃ……」


  桜音が声を掛け、侍女たちは朝餉の用意に急いで取り掛かった。


 午前の千姫の教養の時間が終わると、お千代がソワソワして話しだした。


「今日は剣術稽古があるそうですね」

「そうですね。見に行きたいの?」


 その言葉に、千姫は悪戯っぽく笑いながらお千代に尋ねる。これでは、誰が誰を世話しているのかが不明である。お千代は、構うことなく茶々と侍女たちが見学に行くらしいことを千姫に伝えた。


「水も出ていますし、私たちも行きましょう。きっと長刀稽古の参考にもなりますしね」


 千姫が見に行くならお供すると桜音は言った。千姫に「素直じゃないのねぇ」とクスッと笑われた。恥ずかしくなり、言い返す言葉がなかった。


 本当のところ、水は自分のことをどう思っているのだろう。水の、剣を振るう姿は見たい。きっと、誰よりも格好良い。水と知り合う前の自分なら、素直な気持ちで見ることができたのにーー。

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