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桜音の昔話

 薬屋で怪我を診てもらったあと、桜音は水と一緒に金平糖を買って、帰り道の途中にある茶屋へ入った。


 金平糖は、千姫と他の侍女の分を購入した。水の分も買おうとしたが、「そういう身分ではないから」と水に断られてしまった。


 その分、団子は好きなものを食べてくださいと言えば、謝罪と共に「団子2串とお茶を」と売り子の娘に頼んだ。桜音はおはぎとお茶を頼んだ。


 団子が運ばれてくるまで、水はソワソワしているように見えた。意外と子供っぽいところがあるようだ。接客をした売り子が、水に惚れ惚れとしていたのは言うまでもない。


 桜音がおはぎを口にするまで、水は団子に手は付けなかった。共に千姫に仕えている身として、ここまで身分を弁える必要はあるのだろうか。それでも、水は必ず守った。団子を口にすれば「美味しい」と満面の笑みになった水を見て、桜音は思わず笑みが溢れた。水は「すみません」と口にしていつもの凛とした表情に戻ってしまった。


 今日は、普段見られない水の顔をたくさん見ることができて嬉しい。水と親しく話すリクが、羨ましいと思ったのはここだけの秘密である。


 できれば、水へ自分のことを話したかった。もし水が自分の妹を知らず、全て桜音の勘違いだったとしても、自分のことを知って欲しかった。ゆっくり話せる時間は城に戻ればないかもしれない。


「水さま、あの……」

「はい、なんでしょう」


 話しかければ、口に入れた団子を飲み込んでから礼儀正しく返事をする。串に団子が2つの残っているが、水は一度それをお皿へ戻した。そういうところが、水の魅力だなと桜音はまた思った。


「その……」


 なんと切り出すのが良いのだろうか。いざとなると続きが出てこない。困っている桜音に、水は申し訳なさそうに言った。


「……すみません、今日は……、私のせいで怪我をさせてしまい、私のつまらない過去の話まで……」

「いいえ、そんなことありません。話してくれて、私は嬉しいのです」

 

 思わず強く主張してしまう。水は少し驚いたようで、「そうですか」と大根役者のように答えた。桜音は、今一度深呼吸をした。


「その、えっと……私の話を、しても良いでしょうか」

「もちろんです」


 水は、和やかに応える。きっとこの人は、私ではなくても誰にでもそうやって対応するのだろう。それでも、今だけは自分の話を聞いて欲しい。そして自分を知って欲しいと願って、語りかけた。


「私の家族の……姉妹の話なのです」


 続けて言えば、水は少し固まったように見えた。桜音は構わず続ける。


「誰にも言っていないことなんですが、実は私には、双子の妹がいるんです」


 水は手に持っていた団子の皿を長椅子の上へ置いた。そして、桜音の目を見る。水が何を考えているのか分からず、桜音は戸惑って視線を逸らした。


「会ったことはないんですが……知ったのも、私が大坂城へ入る直前のことだったので」

「……では、それまでご親族からは秘密にされていたのですね」

「はい……。それも、どの親族が知っているのかも私は分かりません。他言はせぬようにと言われました。多分、私が妹と会うことを恐れて、打ち明けられたのだと思うんです」


 水は桜音の話を黙って聞く。そして、時たま頷きながら、丁寧に耳を傾けていた。


「結局、私は妹と思われる娘に会うことはありませんでした。よく考えたら、妹が生きているかも分かりません……。双子は昔から忌み嫌われていて不吉だから、占いで決めて、妹を家から出した、ということでした」


 水は表情を変えず、桜音の話の続きを聞く。


「……妹のことはここまでしか知らないのです。名前も知らない、生きているかも分からない。手がかりと言えば、双子である私の容姿だけなんです」


 桜音はそう言って、水の顔を見た。水は、この顔を見たことがあるのではないか、そう思いながら。


「桜音殿」


 水が優しく桜音に声をかけた。


「桜音殿のご両親が、あなたへ話したとき、どんなご様子でしたか」

「それは……とても反省してるようでした。酷いことをしたと悔いていました」

「そうですか……。なら、ご両親はあなたにも申し訳ないと思っているはずです。桜音殿が気に病むことはありません」


 水はそう言って桜音を励ます。桜音は浅く頷いた。


「私がさっき話した、共に修行をしていた娘の話ですが」

「はい……」

「おそらくその娘……葉名が、あなたの妹だと思います。というより、そうだと私は思っています」


 やはり、水は知っていたのだ。知っていて、今日までいたのだ。


 どうしてーー。


 桜音は唾を飲み込んだ。酷く喉が渇いていた。


「……どうして教えて下さらなかったのですか」


 桜音は、ギュッと拳を握った。水に対する自身の想いと裏腹に、悲しみなのか、怒りなのか、暗い感情が押し寄せた。


 水は、フワリと桜音の手に自身のものを重ねた。桜音は思わずドキリとしてしまった。


「申し訳ありません。あなたが、ご自分に双子の妹がいるという事実を、知らない可能性もありましたので」


 水にそう言われると、桜音は言い返せなかった。信じて欲しいというように、水は見つめてくる。


「双子は忌み嫌われるもの、だから占いで妹が手放されることになった。殺すことができなかったから、両親に手放された、と。それを拾ったのが、私たちの師匠なんです」


 水は優しい口調で言う。まるで、桜音に罪はないと伝えるように。


「私は、葉名にその話を聞きました。葉名は実際に今どうしているか分かりませんが、忍びとして買われ、師匠の元を出たと聞いています」

「……では、生きているのですね」

「私が知る限りですが……。だから私は……あなたを初めて見たとき、葉名なのか、それとも、話に聞いた双子の姉なのか、どちらか分からなかったんです。申し上げにくいのですが……やはりお顔が似ていらっしゃったので」


 そういうことだったのか。自分がその葉名ではないと判明したから、親切にしてくれるようになったのか。


「……そうですか」

「隠していて申し訳ありませんでした」

「……いいえ……良いんです」


 水の中で、自分と妹が重ねられていたのかと思うと、胸がキュッと苦しくなった。胸の痛みを抱えたまま、桜音は残りのおはぎとお茶をいただいた。


 帰り道、水はずっと桜音を気遣った。荷物は全て水が持ち、桜音は小幅で足を進める。段差があるときには水が手を差し出して桜音を支えてくれる。嬉しいはずなのに、桜音は水の顔を見ることができなかった。

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